マイケル・ナイマン・レーベル最新盤
オペラ『ゴヤを見つめて』
18世紀スペインの画家、ゴヤをめぐる奇妙な物語
ピーター・グリーナウェイ監督のための映画音楽で一躍有名になり、後に同監督と喧嘩別れしてしまったマイケル・ナイマン。
ヒット作「ピアノ・レッスン」や「ガタカ」「髪結いの亭主」などでは以前とは大きく趣の異なる叙情的な音楽を書いていましたが、本作『ゴヤを見つめて』では、久々に以前のヴァイタリティが蘇ったかのような鮮烈な音楽を聴かせてくれます。
ナイマン自身が“an opera that isn't an opera”と呼ぶこの作品は、1994年に東京、グローブ座で世界初演された『テンペスト〜物音、音楽、美しい調べ』以来、久々に取り組んだオペラ作品であり、2000年8月3日にスペインのサンチャゴ・デ・コンポステラ(キリスト教3大巡礼地のひとつ)で世界初演された後、ナイマンが大幅な改訂を加えて本盤の録音に臨んだというもの。
作品のキーワードはズバリ、ゴヤ、頭蓋骨、ナチ、DNA、クローンといったところ。
異常な執念で画家ゴヤの頭蓋骨を捜し求めるひとりの女性が、ナチの人種差別主義者、現代の遺伝子学者などがゴヤの絵画そのままに入り乱れる危険な世界に足を踏み入れていくという一種のスリラー・オペラともいうべき筋立てで、物語は19世紀に始まり、なんとゴヤのクローンに成功した遺伝子学者が表彰される2001年のノーベル賞授賞式で結末を迎えるという人を食ったものとなっており、おまけにクローンのゴヤには才能が無いというオチまでついています。
かつての名コンビ、グリーナウェイ監督の作品を彷彿とさせる重厚でグロテスクなストーリー展開ですが、ナイマンも久々に本領を発揮できる題材にめぐりあったというべきか、1980年代のナイマン・バンドそのままのビビッドでノリの良いビートや、強烈なハイトーンを聴かせるソプラノ・ヴォイスを取り戻し、高貴と通俗が混ぜこぜになったナイマンならではの強烈なミニマル・ワールドを展開していきます。
魅力的な不協和音を繰り返し響かせて独特のパワーを見せつけるバンド演奏、クルクルと楽想が目まぐるしく変わる独特のスタイル、「コックと泥棒、その妻と愛人」(傑作!)をはじめとする自作や、ベートーヴェンの『レオノーレ』序曲第3番にまでおよぶ引用の数々など、「ピアノ・レッスン」よりも前の、古楽ロック(?)ともいうべきスタイルに惹かれるナイマン・ファンにも充分納得の内容となっています。
楽器編成は、ソプラノ・サックス2人、アルト・サックス、バリトン・サックス、フルート、ピッコロ、ホルン、ワーグナー・テューバ、トランペット、バス・トロンボーン、ユーフォニアム、ピアノ、キーボード、ギター、エレクトリック・ベース・ギター、パーカッション、ヴァイオリン2人、ヴィオラ、チェロ、コントラバスというもので、これに、ソプラノ2人、コントラルト、テノール、バリトンという5人の歌手たちが加わって演奏をおこなっています。
このオペラが生まれたきっかけは、1870年に発達した頭骨測定器についてナイマンがひそかに、しかし情熱をもって調べていたこと。「ゴヤの頭蓋骨が見つかって、ゴヤがクローン技術で再生されたら、どうなるか?」ドライなミニマル・ミュージックの音楽にのって歌手たちが人間の醜さをまるだしにしたような表情で歌うアリア、思いもかけず清らかな歌など、すべての人がもつ心の闇と優しさ、様々な感情が入り乱れた世界が広がっています。
CD1、CD2は、ワーナーからリリースされていたものと同内容です。(HMV)
【収録情報】
CD1, CD2
・ナイマン:歌劇『ゴヤを見つめて』(全4幕、台本:ビクトリア・ハーディ)
ウィニー・ボウ(ソプラノ:美術評論家、優生学者、頭骨測定家)
マリー・アンジェル(ソプラノ:頭骨測定家助手、美術評論家、検査医)
ヒラリー・サマーズ(アルト:美術収集家、未亡人)
ハリー・ニコル(テノール:頭骨測定家助手、優生学者、バイオ工業会社の取締役)
マイケル・ナイマン・バンド
マイケル・ナイマン(指揮)
録音時期:2001、2002年
録音場所:ロンドン
録音方式:デジタル
原盤:Warner(0927453422、廃盤)
CD3
・ナイマン:オペラ『マン・アンド・ボーイ』、『ラブ・カウンツ』のハイライト集