Blu-ray Disc 輸入盤

『トリスタンとイゾルデ』全曲 ティーレマン&バイロイト(2015)

ワーグナー(1813-1883)

基本情報

ジャンル
:
カタログNo
:
0735254
組み枚数
:
1
レーベル
:
Dg
:
Europe
画面サイズ
:
ワイドスクリーン
:
カラー
フォーマット
:
Blu-ray Disc
その他
:
輸入盤

商品説明


リヒャルト・ワーグナー:『トリスタンとイゾルデ』全曲
クリスティアン・ティーレマン&バイロイト 2015
ワーグナーのひ孫、カタリーナ・ワーグナー演出


全体の印象がモノトーン近代系という視覚要素に助けられてか、近年、物議を醸すことも多かったバイロイトとしては、問題の少ない演出に数えられた舞台。とはいえ、カタリーナのことですから、仕掛けはなかなかのもので、筋書きに寄り添わないアイデアは面白いともいえます。
 ティーレマンの指揮ぶりは戦後の伝統を大事にした重厚なもので、スティーヴン・グールドのトリスタン、エヴェリン・ヘルリツィウスのイゾルデ、クリスタ・マイヤーのブランゲーネ、イアン・パターソンのクルヴェナール、そしてゲオルク・ツェッペンフェルトのマルケ王というそれぞれ存在感のある歌手陣も朗々と歌って作品にふさわしい音の流れを感じさせてくれるのはやはり見事。音質も良いので、目を閉じて聴くだけでも非常に手ごたえのある演奏といえると思います。(HMV)

【収録情報】
● ワーグナー:楽劇『トリスタンとイゾルデ』(全曲)

 スティーヴン・グールド(トリスタン)
 ゲオルク・ツェッペンフェルト(マルケ王)
 エヴェリン・ヘルリツィウス(イゾルデ)
 イアン・パターソン(クルヴェナール)
 ライムント・ノルテ(メロート)
 クリスタ・マイヤー(ブランゲーネ)
 タンゼル・アクゼイベック(牧人、水夫)
 カイ・シュティーファーマン(舵手)
 バイロイト祝祭管弦楽団&合唱団
 クリスティアン・ティーレマン(指揮)

 カタリーナ・ワーグナー(演出)

 収録時期:2015年7、8月
 収録場所:バイロイト祝祭劇場(ライヴ)

 画面:1080i / 60i / 16:9
 音声:PCM Stereo / DTS-HD Master Audio 5.0
 字幕:English、German、French、Spanish、Chinese、Korean

ユーザーレビュー

総合評価

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ティーレマンとツェッペンフェルトが楽しみ...

投稿日:2016/07/16 (土)

ティーレマンとツェッペンフェルトが楽しみで、演出はハナから諦めて音楽だけでも堪能しよう、と楽しみにしていたんですが、ヘルリティウスにはやはり、私の好きなイゾルデではありませんでした。数年前のテオリンもそうでしたが、一緒に愛の二重唱を歌いたいとは思えなかったです。フリッカなら合うと思うんですが・・・・  ツェッペンフェルトNHKホールで聴いたルネ・パぺと同じくらい忘れられないマルケ王となりそうです。グールドはちょっと歳をとった感もありますが、健闘というところでしょうか。 さて、演出は、私は「一幕まではなんとか許せるレベル」。 音楽への感動を帳消しにしてくれるほどのシロモノでした。せっかくのお刺身をウスターソースで食べさせられる気分。 管弦楽は極上といってよかったと思います。ティーレマン先生にはW・マイヤーかシュヴァネヴィルムスで録ってもらいたいなあ。。。商売の邪魔するわけではないですが、オーソドックスなトリスタンには「飽きてうんざり」な方にしかお勧めできないなあと思います。 

TOCHIPAPA さん | 広島県 | 不明

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ティーレマンの素晴らしい指揮、しかし舞台...

投稿日:2016/07/16 (土)

ティーレマンの素晴らしい指揮、しかし舞台上は目を覆わんばかりの惨状というコントラストは毎度おなじみのパターンだが、今回は夢も希望もない、酷薄(したがって非ロマンティック)な、しかし最初から最後まで首尾一貫したカタリーナの過激かつ徹底した読み替えを受け入れるならば、非常に水準の高い上演と言えるだろう。指揮は例によって、いやこれまで以上に見事だ。ほとんど拍節感を感じさせない流動性の高い指揮で、ここぞという所でのテンポの動かし方も堂に入っている。ティーレマンが演出に合わせて演奏を変えるとは考えにくいが、第2幕幕切れの遅いテンポによる悲劇性の強調、第3幕での恋人たちの再会場面でも最後に大きくリタルダンドするといった仕様は結果的に演出の絶望的な雰囲気にマッチしている。歌手陣もなかなかの水準。ヘルリツィウスは表現主義的な歌い方をするので、時に美観を欠くこともあり、スタミナ的にもやや苦しいが、演唱のコンセプトは好ましいと思う。ウェストブレークのように声は立派だが頭カラッポの歌手より遥かに良い。グールドは柔らかい、細やかな歌い口で、テノール殺しと悪名高い第3幕の「狂乱の場」もいたずらに絶叫に走らず、的確に言葉の意味を伝えてくれる。悲劇的な陰影の濃さはまだ乏しいが、見た目(かなりの肥満)に目をつむれば近年出色のトリスタンだと思う。ツェッペンフェルトはまたしても標準イメージと真逆のキャラクターを演出に押しつけられたが(この人、こんな役回りばっかり)、歌、演技ともに大変すばらしい。  さて、問題のカタリーナ演出。『トリスタン』を観る人は、恋人たちが媚薬を飲む前から愛し合っていることは百も承知だと思うが、エッシャー風の迷宮を舞台にした第1幕では、演出家はそれをくどいほど強調する。ところが最後では、二人に媚薬を飲ませない。シェロー演出が描いてみせた通り、媚薬は「ただの水」で構わないのだが、二人がそれを毒薬だと思って飲むことに意味がある。まさにここで死への恐怖が愛に反転するという絶妙のアイデアなのだが、カタリーナはこれを放棄してしまった。完全な確信犯だと思う。つまり、愛=死によるカタストローフというオペラの根本思想を全部ひっくり返してしまったのだ。異性愛など人間を惑わすだけで虚しいものだという、いわば『パルジファル』の視点から見返した『トリスタン』、それがカタリーナ演出だと思う。バイロイトにおける一代前のマルターラー演出と似たテイストではあるが、マルターラーのような多義性はなく、すべては明確に割り切られている。第2幕、クプファー演出でのマルケ王は老人ではなく、むしろ感情の起伏の激しい男盛りのオジサンだったが、この演出のように悪辣な暴君として描かれるとさすがに衝撃的だ(やはりフェミニストか)。言葉としては彼の台詞は全部嘘ということになるわけだが、はたして演出が音楽を裏切ることができるか。私はなかなか面白い結果になったと思う。第3幕での再会場面、クライマックスなのに数秒にわたって舞台真っ暗という作りもプロの演出家としては大失態と言われかねないが、これもまた(相変わらず素人っぽいとも言えるが)確信犯だろう。

村井 翔 さん | 愛知県 | 不明

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昨年、実際にバイロイトで本演奏を観ました...

投稿日:2016/07/10 (日)

昨年、実際にバイロイトで本演奏を観ましたが、映像作品としてリリースされるとかなり印象が異なります。もちろん歌手の出来やティーレマン先生の紡ぎ出す音は生演奏と同じく感銘を受けましたが、平土間の2列目という舞台がよく見渡せる席で見たにもかかわらず、その時は気付かなかった細かい歌手の表情、動作まで明瞭に提示してくれるのはやはり映像作品の強みですね。映像では、実際の劇場ではとてもここまでは見えないという細部まで見えてしまい、イヴリン・ヘルツゥイスさんもさすがにお年相応に見えてしまいますが、実際の舞台ではそのような音楽以外の要素はまったく気なりませんでした。それに舞台が実際よりも明るい。第二幕の「夜」もこんなにはっきり見えてしまうのはいかがなものか。第三幕も紗幕があってよく細部が見えなくてもどかしい(以前のハイナー・ミュラー演出をおもいだしました)実際の舞台よりもよく見えます。やはり映像作品は舞台とは別物と考えた方がいいなと思います。 第二幕、マルケ王に囚われたトリスタンが目隠しされて跪かせられる姿は否が応でも昨今の、テロリストによって処刑される直前の人質を連想させます。一貫してマルケ王は悪役にされています。フンディング並みです。一般に不倫の話は妻に裏切られる立場の人が高潔であればあるほど、モラル・ジレンマは大きくなり、主人公たちの悩みも深くなるわけですから、私はこういう演出は如何なものかと。カテリーナにしては極端な読み替えはありませんが、全てが終わって最後にトリスタンの亡骸と当惑するブランゲーネだけが舞台に残るという演出は初めてです。

John Cleese さん | 静岡県 | 不明

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