IRON MAIDEN
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IRON MAIDEN (アイアン・メイデン) プロフィール

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IRON MAIDEN

アイアン・メイデンは77年、イギリスはロンドンのイースト・エンドでスティーヴ・ハリス(b)を中心に結成された。そして幾度かのメンバー・チェンジを経てポール・ディアノ(vo)、ディヴ・マーレイ(g)、ドウグ・サンプソン(ds)を加える形で本格的なバンドとしての活動を開始した。

彼らは製作したデモ・テープを当時「バンドワコンサウンドハウス」というディスコでDJを務めていたニール・ケイにデモー・テープを渡し、それを気に入ったニールが頻繁にディスコでメイデンの曲をプレイしバンドの評判はクチこみ的に広まっていった。その評判を聞きつけたEMIは『ヘヴィ・メタルへの招待 – Metal For muthas』というタイトルのもと、New Wave Of British Heavy Metalと呼ばれたイギリスでのヘヴィ・メタル・ムーヴメントの渦中にいたバンド、プレイング・マンティスエンジェル・ウィッチサムソンなどのバンドの楽曲を収録したオムニバス・アルバムを発表する。その中でも一際目立ったいたメイデンは見事EMIとの契約を勝ち取り、80年にデビュー・アルバム鋼鉄の処女 – Iron Maidenを発表する。

鋼鉄の処女の発表直前には元サムソンのメンバーがバンドに加入しているが、ここでエイドリアン・スミス(g)が加入することになる。そして翌81年2作目のKillers - キラーズを発表。この頃にはイギリス国内だけでなくヨーロッパ各国、そして日本にもツアーで廻るなどメイデン人気は確実に高まっていった。そしてここで長年バンドの顔として活躍する事になるブルース・ディッキンソン(vo)が加入する。

前任のポール・ディアノのガナリ声と比べ、かなり「歌う」事の出来るシンガーの加入によってバンドは更なるパワー・アップを果たし、82年には魔力の封印 - Number of the Beastを発表。大胆なメロディの投入は当時の熱心なファンには問題視されたものの、結果イギリスとフランスでは見事チャート1位を記録している。83年には元トラストのニコ・マクブレインが加入し、最強のラインナップが揃い、頭脳改革 - Piece of Mindを発表。アメリカでもチャートトップ20圏内にランク。その後もツアーを繰り返し84年パワースレイヴ – Powerslave、85年ライヴ・アルバム死霊復活 - Live After Death (The World Slavery Tour)、86年サムホエア・イン・タイム - Somewhere In Time、そして88年第7の予言 - Seventh Son Of A Seventh Sonでは遂に全米チャートでナンバー・ワンを記録する。名実共に最強のヘヴィ・メタルとして世界に君臨するのである。結成から世界中でのブレイク、とりあえずここまでがアイアン・メイデンの第一期といえるだろう。

この後バンドは度重なるメンバー・チェンジに悩まされる事になる。90年1月新作のレーコーディングに取り掛かるのと同時にエイドリアン・スミスが脱退。93年には長年バンドのフロント・マンとして活躍してきたブルース・ディッキンソンが脱退。誰もがメイデンは終わったと存続の危機を危ぶんでいたがバンドはウルフズベインのブルース・ベイリーを加入させる。95年Xファクターを発表。98年にはヴァーチャルiron maiden - Virtual XIを発表している。しかし悲しいかなブルース・ディッキンソン在席時のような勢いは感じられない作品にファンもソッポを向けはじめる。ブレイクから迷走、ここまでが第2期と言えるだろう。

新しい世紀を迎えようかとしてる時は世紀末、誰もが驚く噂が立ち始める。エイドリアン・スミスとブルース・ディッキンソンがバンドに戻るという、信憑性を持って囁かれたものではなかったが2000年噂は現実となる。ヴォーカルに再びブルース・ディッキンソン、更にギターにエイドリアン・スミスを加える6人編成でブレイヴ・ニュー・ワールドを発表する。前2作での足踏みがウソのような「勢い」を取り戻した力作で往年のファンから若いHMファンまでを唸らせたのも記憶に新しい。

2003年には前作と同じラインナップにて死の舞踏 – Dance Of Deathをリリース。先行シングルこそあからさまなキャッチーさで、一瞬危惧を抱いたが、アルバムの内容は文句のつけようのない素晴らしい出来だった。2004年2月には来日公演を慣行。「アイアン・メイデン・フェスティバル」なるイベントにヘッドライナーとして出演する。

またここで少しアイアン・メイデンが及ぼしてきた影響に触れたいと思う。生粋のNWOBHM馬鹿がメンバーにいるメタリカは当然として、サウンド面ではメイデンの持つ様式性(ある種のクサさとも言い換えられる)を引き継いでるのが初期ハロウィンをはじめとしたジャーマン・メタル勢。極論するとドラマティックな展開を持つHM系のバンドでメイデンから影響を受けていないバンドなんて皆無とも言えまいか。面白いところではコーネリアスこと小山田圭吾氏はメイデンからの影響を認めている。実際自身のツアーTシャツ(byエイプ)でもロゴの書体を引用したり、コーネリアスのセカンド・アルバム『69 / 96』(2003年2月の時点では廃盤)では曲解した(?)ヘヴィ・メタルとも言うべきサウンド展開している。

20余年に渡るバンドの歴史のなか、全盛期はもしかしたらやり過ごしてしまっているのかもしれない。しかし2000年に入ってからのこの展開は無論成功している、やはりこの男達は揃ってアイアン・メイデンとしてプレイする運命の元にあるのではなかろうか、誰でもいいのではなく。「復活」から始まったアイアン・メイデンの第3期の未来は明るいハズだ。

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