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【連載】転校生の『オモイデ地獄絵図』(1) 転校生の『オモイデ地獄絵図』へ戻る

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2012年4月26日 (木)

生まれた時から転校生だった、と彼女は言った。
教室のざわめきを遠くに聞きながら、カーテンの揺れる窓の向こう、校庭をぼんやり眺めて。
「普通の未来」は最初からあきらめていた。
小さな部屋でゲームとネットとアニメだけを友達に、息を潜めて暮らしていた女の子。
学校にも行かず、アルバイトも続かず、膝を抱えながら、でも彼女はひそかに歌を歌っていた。
歌うことで初めて世界と繋がれた。
ある日、彼女は夜行バスに乗った。キーボードとPSPだけを持って――


キリンジ、相対性理論・西浦謙助らも賛辞をおくる、女性シンガーソングライター・水本夏絵によるソロユニット “転校生”が、1stアルバム『転校生』を5月2日にリリース。 キラキラとせつなく眩いメロディー、そして危うさの漂う歌詞世界がポップスとして奇跡的な調和をみせる 本作の輪郭をなぞるべく、彼女による全3回のエッセイ的連載企画がスタートします。
タイトルは『オモイデ地獄絵図』。ごゆっくりお楽しみください。



【第1回】 「なっちゃん」


幼いころ、わたしは自分の「なつえ」という名前が好きではありませんでした。
通っていた保育園には元気で明るい人気者のなつみちゃんという女の子がいて、その子はみんなから「なっちゃん」と呼ばれ、親しまれていました。わたしはというと、そのころから激しい人見知りで、人気者どころか遊び相手は2つ上の兄しかいません。
家族からはわたしも「なっちゃん」と呼ばれ、同じ保育園に通う兄ももちろんわたしのことをそう呼んでいました。いつもだれかが「なっちゃん」と呼ぶたびに、反射で返事をしてしまい、「あなたのことじゃないよ〜」と笑われていました。
けれど、なつみちゃんはそんなわたしをみんなといっしょに笑ったりしませんでした。
人気者なのでいつもではないけれど、たまにわたしと遊んでくれたり、とてもやさしい子でした。同じあだ名なのにわたしとは正反対で、わたしは“なつみちゃんのようになりたい”と憧れるようになりました。
しかし、小学校に上がってすぐ、なつみちゃんは他の学校へと転校してしまったのです。やさしくて明るいなつみちゃんのことが密かにだいすきだったわたしは、(迷惑じゃないかな…)とすこし心配しながら、引っ越し先宛てに手紙をかいて送りました。なつみちゃんはちゃんとお返事をかいて送ってくれました。とてもうれしくて、わたしもまたお返事をかきました。そうして2、3回文通のようなやりとりをしたのですが、そのうちに、そんな返事も届かなくなりました。
なつみちゃんはやさしい子でした。でもそれはわたしだけに特別やさしくしてくれるわけではありませんでした。みんなに同じくらい、なつみちゃんはやさしい子でした。

「なつみちゃん、元気ですか?わたしは元気です。」

なつみちゃんがいなくなった学校で、「なっちゃん」というあだ名の女の子はわたしだけになりました。明るくてやさしいなつみちゃんにあこがれていたわたしは、なつみちゃんのような子になりたい!と、つよく思っていました。
わたしは「明るく元気な女の子」として、休み時間や昼休みにおこなわれる「鬼ごっこ」や「かくれんぼ」といった遊びに積極的に参加することにしてみました。
(きっといままでは、自分が積極的じゃなかったから仲良くなれなかったんだ。みんなといっしょに遊んで、なつみちゃんのように明るくふるまえば、わたしにも友達がたくさんできる!)
と、信じて疑うことはありませんでした。
しかし、「鬼ごっこ」や「かくれんぼ」で元気に走り回るには、すこしだけ問題がありました。わたしは、3歳ころからぜんそくを発病していて、入退院をくりかえすほどとっても病弱な子供でした。すこし運動するだけで咳が止まらなくなり、発作がおこるのです。
そんなひ弱なわたしが、そうしてみんなと鬼ごっこやかくれんぼで元気にあそべるはずもなく、案の定、毎回発作をおこしてしまい、みんなの貴重な昼休みの遊びの時間を中断してしまっていました。
わたしはそれでもめげずに参加しつづけました。なぜなら、わたしは「明るくて元気な女の子」だったから。
あるとき、いつものように鬼を決めるためのじゃんけんで、わたしがさいごに、負けてしまいました。すると、「え〜、わたし1抜けた〜」とだれかが言ったのを皮切りに、みんなが次々と、その場を去って行ってしまいました。わたしはだれかを追いかけることも、逃げ回ることもないまま、教室にもどりました。



世界には嘘しかありません。わたしも嘘、みんなも嘘。でも、この世界でいちばんさいしょに嘘をついたのは、わたしです。
わたしは本当はなつみちゃんのことがきらいでした。おなじ「なっちゃん」というあだ名なのに、自分とは正反対の女の子のことが。
でも、きらいだとおもってる自分がもっときらいだから、わたしは嘘をつきます。やさしくて明るいなつみちゃんのことが“すき”。
それでも、この道はずっとまっすぐつづいていくのです。間違ってない、登場人物がだれもしあわせじゃないのに、間違っていない。だまっていれば、だれもこの嘘には気付きません。だれにも嫌われることなく、生きていけます。だけど、もう、つかれてしまいました。

何年かたったある日。教室の窓の外では、じめじめとなまあたたかい雨がぽとぽと、降っていました。
わたしはお母さんと並んでソファーにすわって、困惑した表情の先生に向かって、高校をやめることを告げました。

わたしが転校生として音楽をつくり、歌をうたうのは、いままでついたすべての嘘から、報われたいからかもしれません。



幼いころ、私は毎晩枕の下に「なつみちゃんのような子になれますように」と書いた紙をしいて、わくわくしながら眠っていました。
住所と名前とお願いを、心の中で何回も何回もつぶやいて、なつみちゃんに手紙を書いたように、神様に何度も手紙を送りました。
その手紙が宛先不明という、赤いスタンプを押されて、ポストにぎゅうぎゅうにつめこまれていることにも、気付かずに。





 転校生 『転校生』  [2012年05月02日 発売]

“転校生”でありつづける、という茨の道を歩む水本さん。
ソフトだけどヘヴィな、ダークだけどスウィートな音楽だと感じました。
- 堀込高樹(キリンジ) -

切実で内省的な言葉たち。なのに彼女が歌うと親しみやすく響いてくる。なんでだろう!?
- 堀込泰行(キリンジ) -

どろどろの現実にしか紡げないキラキラの魔法がある。
優等生でも不良でもない女の子にしか辿りつけない場所がある。
ひとりぼっちの君に世界は耳を傾けてる。
- 夢眠ねむ(でんぱ組.inc) -

東京シティ、気に入りました。いい曲。
何故だかわかりませんが東京メトロのテーマソングとかにピッタリなのでは、と思いました。
曲にキラキラが詰まって見えました。 東京へ おこしやす
- 西浦謙助(相対性理論、誰でもエスパー、SKAFUNK、進行方向別通行区分、etc.) -

生まれた時から転校生だった、と彼女は言った。
教室のざわめきを遠くに聞きながら、カーテンの揺れる窓の向こう、校庭をぼんやり眺めて。
「普通の未来」は最初からあきらめていた。
小さな部屋でゲームとネットとアニメだけを友達に、息を潜めて暮らしていた女の子。
学校にも行かず、アルバイトも続かず、膝を抱えながら、でも彼女はひそかに歌を歌っていた。
歌うことで初めて世界と繋がれた。
ある日、彼女は夜行バスに乗った。キーボードとPSPだけを持って――
今にも壊れてしまいそうなギリギリのバランスで、水本夏絵は歌っている。かなしみもさみしさも怒りも、そしてほんのちょっとだけある希望も、全部そのままにつめこんで。透明で嘘がない彼女の歌は、きっと他の誰かにとっても自分の歌になるだろう。これが転校生のファースト・アルバム。



【先着特典】

転校生『転校生』をお買い上げの方に先着で“「人間関係地獄絵図」デモバージョン入りCD-R”をプレゼント。
※先着ですので、なくなり次第終了となります。ご了承ください。
※特典の有無は商品ページにてご確認ください。


【収録曲 & 試聴(soundcloudリンク)】

  • 01. 空中のダンス 試聴
  • 02. 人間関係地獄絵図 試聴
  • 03. 東京シティ 試聴
  • 04. エンド・ロール
  • 05. ほうかご
  • 06. 家賃を払って
  • 07. ドコカラカ
  • 08. 傘
  • 09. パラレルワールド
  • 10. きみにまほうをかけました

※1stアルバム『転校生』前半ダイジェスト 試聴
※オフィシャルサイトでの試聴はコチラから 試聴


【プロフィール】

熊本県出身埼玉県在住、水本夏絵によるソロ・プロジェクト。
「わたしの音楽がひつじなら、わたし自身はオオカミだ」

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