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【連載】転校生の『オモイデ地獄絵図』(3) 転校生の『オモイデ地獄絵図』へ戻る

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2012年6月7日 (木)

生まれた時から転校生だった、と彼女は言った。
教室のざわめきを遠くに聞きながら、カーテンの揺れる窓の向こう、校庭をぼんやり眺めて。
「普通の未来」は最初からあきらめていた。
小さな部屋でゲームとネットとアニメだけを友達に、息を潜めて暮らしていた女の子。
学校にも行かず、アルバイトも続かず、膝を抱えながら、でも彼女はひそかに歌を歌っていた。
歌うことで初めて世界と繋がれた。
ある日、彼女は夜行バスに乗った。キーボードとPSPだけを持って――


キリンジ、相対性理論・西浦謙助らも賛辞をおくる、女性シンガーソングライター・水本夏絵によるソロユニット “転校生”が、1stアルバム『転校生』を5月2日にリリース。 キラキラとせつなく眩いメロディー、そして危うさの漂う歌詞世界がポップスとして奇跡的な調和をみせる 本作の輪郭をなぞるべくスタートした、彼女自身によるエッセイ的連載企画『オモイデ地獄絵図』。 今回はその第3回、いよいよ最終回となります。



【第3回】 「I ちゃん」


友達を作ることの苦手なわたしではありましたが、小学校高学年になるとすこしはつくろうことも上達し、クラス替えを終えた小学五年生の夏の林間学校で、カレー作りや夜のレクレーションでがんばった結果、とあるグループに所属することに成功しました。リーダー格で素行の悪いI ちゃんを筆頭に、気の強いYちゃんと八方美人のYちゃん。林間学校を終えたあとの学校生活のすべてはこの三人と過ごすことになりました。登下校も移動教室も、もちろんトイレにもいっしょに行き、交換ノートに授業中の手紙のやり取り、そして休み時間にはI ちゃんの席に集まり昨晩放送されたドラマや男性アイドルの話など、他愛のない話をして過ごしました。

それまで友達のいなかったわたしは、休み時間に話し相手がいなかったり、ペアを組む時に自分だけ余ったり、悪い意味で目立ってしまっていました。でも、これでやっと平穏に学校生活を送れることがとても嬉しく楽しい反面、どうにかしてこの現状を維持しなければ、I ちゃんに気に入ってもらわなくては、と取り繕うことに必死でした。 というのも、グループのリーダー的存在のI ちゃんの言うことは絶対であり、I ちゃんが誰々が嫌いと言えばわたしたちもその人を嫌わなければなりません。

当時、わたしのクラスには、いつも一人でいる大人しいRちゃんという女の子がいました。ある日から、I ちゃんはRちゃんのことを「あいつキモくない?」と嫌うようになり、Yちゃんたちも「キモイよねー!」と言うようになりました。わたしはRちゃんのことを他人事には思えずにいましたが、しかしそれと同時に(I ちゃんがRちゃんを嫌いなうちはわたしが嫌われることはない。)と安心感を覚えてしまったのです。
I ちゃんは毎日毎日休み時間の度にRちゃんの陰口を話題にし、みんなで笑い者にしました。はじめは戸惑っていたわたしもだんだんと罪悪感がなくなっていき、洗脳されたようにRちゃんのことを嫌いました。理由は「I ちゃんがRちゃんを嫌いだから」、ただそれだけでした。そのうちに陰口だけにとどまらなくなり、嫌がらせをするようになりました。「いっしょに遊ぼう」と誘いだし直接嫌味を言って泣かせ、悪口を書いた手紙を渡し、家にいたずら電話をかける。「いじめ」以外の何物でもありませんでした。本当に嫌うべき人はRちゃんではないはずなのに、わたしは何よりも自分がRちゃんのように嫌われることを恐れ、(いじめられないように努力をしないRちゃんが悪いのだ。)と泣いている彼女を横目に、自分のやっていることの正当化をしていました。

そんな毎日を過ごしていたある日、わたしたち四人は一人ずつ先生に呼び出されました。 Rちゃんのお母さんから学校に連絡があったようでした。慎重に、探るように、担任の先生はわたしに聞いてきました。「Rちゃんをいじめていましたか?」
そう言われた途端、いままで正当化し続けたこの行為はみるみるうちに罪悪感に変わっていき、わたしは涙を流しながら正直に今までやっていたことを、こと細かく話してしまいました。先生は怒る様子もなく、ただそれを静かに聞いていました。
後日、わたしたちはそれぞれ自分の親といっしょに、Rちゃんの家に行き、Rちゃんに謝りました。Rちゃんは今まで見たことのないほっとしたようなおだやかな表情で「いいよ。」と許してくれました。

I ちゃんがRちゃんをいじめることはなくなり、Rちゃんは相変わらずグループからあぶれてはいるものの以前よりは、平和そうに過ごしていました。
一方、わたしは、I ちゃんから「お前が話したせいで、いじめのことがバレた」と、ハブられるようになりました。あとからわかったのは、他の三人は、先生にいじめの事実を否定していたのです。みんなと同じことをしなかった罪は重いのです。わたしは以前のRちゃんと同じように悪口を言われ無視されるようになりました。仕方のないことなのです。I ちゃんの言うことは絶対なのだから。

中学にあがっても、I ちゃんとは同じ学校でした。ある選択授業で先生が出席を取るために順番に名前を呼び、わたしの番になったときに、ぼーっとしていたため返事をせずにいたら、他のクラスの男の子が「水本さんってだれ?」と言いました。I ちゃんは「あはは、水本さんってだれー?」とわたしのことを笑いました。
結局、中学三年間、I ちゃんたちの目に留まらないように、こそこそ息を潜めて、ただ時間が過ぎていくのを待っていました。

おおかみがひつじを食べるのはごく自然なことなのです。わたしはひつじとして、おおかみに食い散らかされる側として、生きていかなければならないのでした。わたしは学校が嫌いでした。わたしはずっとおおかみになりたかった。





 転校生 『転校生』  [2012年05月02日 発売]

“転校生”でありつづける、という茨の道を歩む水本さん。
ソフトだけどヘヴィな、ダークだけどスウィートな音楽だと感じました。
- 堀込高樹(キリンジ) -

切実で内省的な言葉たち。なのに彼女が歌うと親しみやすく響いてくる。なんでだろう!?
- 堀込泰行(キリンジ) -

どろどろの現実にしか紡げないキラキラの魔法がある。
優等生でも不良でもない女の子にしか辿りつけない場所がある。
ひとりぼっちの君に世界は耳を傾けてる。
- 夢眠ねむ(でんぱ組.inc) -

東京シティ、気に入りました。いい曲。
何故だかわかりませんが東京メトロのテーマソングとかにピッタリなのでは、と思いました。
曲にキラキラが詰まって見えました。 東京へ おこしやす
- 西浦謙助(相対性理論、誰でもエスパー、SKAFUNK、進行方向別通行区分、etc.) -

生まれた時から転校生だった、と彼女は言った。
教室のざわめきを遠くに聞きながら、カーテンの揺れる窓の向こう、校庭をぼんやり眺めて。
「普通の未来」は最初からあきらめていた。
小さな部屋でゲームとネットとアニメだけを友達に、息を潜めて暮らしていた女の子。
学校にも行かず、アルバイトも続かず、膝を抱えながら、でも彼女はひそかに歌を歌っていた。
歌うことで初めて世界と繋がれた。
ある日、彼女は夜行バスに乗った。キーボードとPSPだけを持って――
今にも壊れてしまいそうなギリギリのバランスで、水本夏絵は歌っている。かなしみもさみしさも怒りも、そしてほんのちょっとだけある希望も、全部そのままにつめこんで。透明で嘘がない彼女の歌は、きっと他の誰かにとっても自分の歌になるだろう。これが転校生のファースト・アルバム。




【PV】 「空中のダンス」




【収録曲 & 試聴(soundcloudリンク)】

  • 01. 空中のダンス 試聴
  • 02. 人間関係地獄絵図 試聴
  • 03. 東京シティ 試聴
  • 04. エンド・ロール
  • 05. ほうかご
  • 06. 家賃を払って
  • 07. ドコカラカ
  • 08. 傘
  • 09. パラレルワールド
  • 10. きみにまほうをかけました

※1stアルバム『転校生』前半ダイジェスト 試聴
※オフィシャルサイトでの試聴はコチラから 試聴


【プロフィール】

熊本県出身埼玉県在住、水本夏絵によるソロ・プロジェクト。
「わたしの音楽がひつじなら、わたし自身はオオカミだ」

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