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2012年6月11日 (月)

連載 鈴木淳史のクラシック妄聴記 第37回

「調和と不調和が調和する? シュタイアーのディアベリ変奏曲」

 先月は良い演奏会がいくつもあった。ベザイデンホウトのリサイタルは、そのなかのひとつ。彼の奏でるフォルテ・ピアノは、サクサク系という先入観が強かったのだけど、それを覆すような、緩徐楽章での表現力の見事さなのだった。
 ハイドンとモーツァルトであっても、彼の弾いた音楽からは、シューベルトの香りがしたのが印象的であった。
 そもそもモーツァルトのソナタは、突然何の前触れもなく、世界が一変してしまうような瞬間に満ちた音楽だ。一方、シューベルトにも、突如として旋律が翳りを帯びるような瞬間がある。
 両者が違うのは、前者が夢のなかで起きるような変異だとすれば、後者は日常的な感覚のもとでの変化だ。
 夢のなかでは、登場人物がコロコロ入れ替わる。さっきまで小学校の同級生と話していたかと思ったら、突然その人物が会社の同僚に変わっていたりする。あるいは、朝起きて出社すべしと思って玄関を開けたら眼前にサハラ砂漠が広がっている、といったように。
 モーツァルトの音楽には、そうした夢そのものを体験するような、唐突な変調が行われ、新しい楽句も容赦なく飛び込んでくる。それでも、あまりに流れがいいので、ボーッと聴いていると、何の不思議も引っ掛かりも感じない。夢のなかで理不尽なことに遭遇しても、「これは論理的におかしいぞ」と深く考え込まないように。
 それに比べると、シューベルトの音楽は、もっと現実世界での感覚に寄り添う。 
 さんさんと輝く太陽のもと、まばゆいばかりの姿を見せていた光景が、一瞬にして、黒い雲が空を覆い、その色彩をモノクロームに塗り変えてしまうような転換が、彼の音楽にはある。気温が急激に下がり、どこから吹いてきたのだろうか、冷たい風が頬を撫でる。
 極端な言い方をすれば、モーツァルトの場合、その音楽が始まれば、すでにラリラリパッパーな幻想世界に入り込んでるわけで、その点シューベルトは、あくまでも日常感覚。内省的な思いが、魔境への扉を開く、といった具合だ。
 その見方でいうと、ベザイデンホウトのモーツァルトは、決してラリってはいない(サクサク系と思ったのもそのせい)。しかし、その音楽が世界が一変してしまうような瞬間に達したとき、そこには非日常的な現象がそこにパックリと口を開けるというわけなのだ。
 最初から非日常の世界にいるより、日常で非日常に出くわしたときのほうが、衝撃は強い。彼の弾くモーツァルトのアダージョに、わたしは恐怖した。

 逆に、シューベルトを弾いてもモーツァルトのように聴かせてくれるのが、シュタイアーだ。音色の大胆で頻繁な変化が、シューベルトの音楽を「夢のなかの出来事」に変えてしまう。フォルテ・ピアノならではの音色操作を生かした、ほとんど反則技といっていい、サイケデリック・シューベルトだ。

 そのシュタイアーの新譜は、ベートーヴェンの《ディアベリ変奏曲》。以前インタビューで録音したい曲の一つと彼自身語っており、その変幻自在な演奏スタイルにピッタリではないかとわたしも鶴首していた録音だ。
 ベートーヴェンの作品の前に、アントニオ・ディアベリが自作の主題の変奏を50人あまりの作曲家に委嘱した作品の一部が収録されている。ブッフビンダーが全曲録音したのを聴いたことがあるが、さすがにボリュームあるし、もちろん全体的な構成感も緩いので、聴き通すのに困難したという思い出がある。
 しかし、今回何曲か抜粋したものを聴いてみると、それぞれの作曲家の個性が強く出ていて面白い。モーツァルトはモーツァルトだし、シューベルトはシューベルトなのだ。
 そのディアベリの主題によるカタログ(抜粋)のあと、箸休めにシュタイアー自らが作曲した《イントロダクション》なる作品が演奏されている。いわば、シュタイアーによるディアベリ変奏曲だ。ただ、次に弾かれるベートーヴェンを意識したのだろう、彼のソナタを思わせるようなスタイルに仕上げられている。

 変奏曲の帝王ベートーヴェンを代表する変奏曲であるディアベリ。
 ほとんどの変奏は一分程度の長さで、ベートーヴェンらしい押しの強いリズムを持った曲がこれでもかこれでもかと続き、聴き手をクラクラさせてしまう。ときには、集中力を寸断させてしまうことも。
 まったく帝王ならではのアクの強さだ。モーツァルトやシューベルトといった繊細な音楽にはない、強靭さ。これこそベートーヴェン! なのではあるが、もう少し別の角度からこの作品の魅力を引き出すことはできないのかね、と思うとき、このシュタイアー盤の出番となる。
 この演奏を一言でいえば、それぞれの変奏に適度な差異を与え、なおかつ羅列するような印象を与えない構成。
 たとえば、地味な印象の第2変奏はより色彩的に弾かれ、第19変奏と第20変奏のカノンのコントラストはくっきりと強調される。さらには、第24変奏はよりバッハらしく、第31変奏は、ショパンを先取りするような多感な表情で聴かせる。
 それら、すべて「やりすぎてない」ところがミソだ。あまりにも個性が強いとカタログ化してしまう。フォルテ・ピアノならではの大胆な音色の切り替えに加え、微妙に移ろいゆくグラディーションとして、この作品を聴かせる。
 しかし、一部だけ、あえて「やりすぎた」箇所がある。

 第22変奏と第23変奏だ。前者は、モーツァルトの《ドン・ジョヴァンニ》からの引用で知られている音楽。「どうして、こんなところで《ドン・ジョヴァンニ》なのだ?」といつも首を捻ってしまう箇所だ。
 だいたい、モーツァルトの旋律がそこにあると、全体から浮き上がることは必至なのである。武骨でちょっとダサい(けど熱っぽい)ベートーヴェンの音楽のなかに洒落たモーツァルトがあるのは、全体の調和を損ねてしまうんじゃないかと常々思っていたのだった。
 シュタイアーのピアノは、この箇所で奇妙な音を立てるのだ。販売元の資料によると、ヤニチャーレン・ペダルという特殊な装置を使用と書いてあるが、この変奏で聴こえてくるのは、いわゆるプリペアド・ピアノの音。弦に紙を挟んだような音だ。
 続く第24変奏は、間違いなく冒頭の和音が大砲のように響くヤニチャーレン・ペダルを使っている。
 変奏曲はここに来て、奇抜な細工が続けて登場。これからどうなってしまうのかあ、といった不安と期待で胸がぐんぐん高まりますわな。
 のであるけれども、この特殊音響作戦は、この二曲だけなのだ。あとは、これまでの繊細なグラディーションを作品は描き続ける。
 シュタイアーは、こうした特殊なペダルを持ったフォルテ・ピアノを弾くことも多く、最後の和音で突然どかんどかん太鼓が鳴り響き、聴き手を唖然とさせる、なんてこともお手の物なのであるが、どうしてベートーヴェンの大曲のこの箇所だけなのか、という疑問が残る。こんなことをしたら、全体的な調和が台無しになってしまうではないか。それでもいいんか、シュタイアーッ(とはいえ、全て特殊な音響使われても、ちょっと困っちゃうなあという気はするのだけど)。

 シュタイアーは、これでいいのだ、と思ったのだ。たぶん、この曲にモーツァルトという異分子を入れて活性化したかったというベートーヴェンの意図を強調させたかったのだ。だから、特殊な奏法やペダルで、あえて異化効果を狙う。
 曲がそこで断絶しているなら、そこは断絶していることをぐりぐり強調し、作曲家が悪戯をしたかったのなら、演奏家もとことん遊んでやらあ。古楽奏者には、そういうことを考える人が多い。代表選手はアーノンクール。
 説明的すぎるんだよね、という意見もある。イタリア人奏者は「そんなのダッセーなー」と思っているのか、あまりこういった強調はしない。
 でも、わたしはシュタイアーのそんな生っぽい真面目さが好きなのだ。ヨーゼフ・ボイスの社会彫刻を目にしたときのように、「調和を犠牲にしてでも訴えかけたい」という「ほころんだ美」にリリシズムを感じてしまうのだ。
 
 ディアベリ変奏曲は、後半に向かって、内省的な音楽が増えてゆく。ベートーヴェンの後期様式に則った作品なのだ、ということに改めて気づく。
 第32変奏の激しいフーガのあと、最後の変奏は気抜けするようなメヌエット・テンポの曲で作品のフタがひっそり閉じられる。後期ソナタを思わせる脱俗した足取りで。
 シュタイアーが描くベートーヴェン後期の世界は、まだまだ始まったばかり。

(すずき あつふみ 売文業) 


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