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2013年3月25日 (月)

連載 鈴木淳史のクラシック妄聴記 第45回

「こんなベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲が好きだ!」

 幾年も昔のこと。某所で住む家を探しておって、ある賃貸住宅を内覧した。その部屋は二階にあり、そのとき一階に住んでいる大家さんと話したのだけど、彼は自分がクラシック音楽を聴くから少し騒がしくなるよ、などとおっしゃる。そして、好きな音楽はベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲であると。
 ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲は、どちらかと言うと苦手な曲である(それについては「わたしの嫌いなクラシック」という本で書いた)。部屋を借りに来ただけなのに、こんな予想外の展開に、わたしは「はあぁ、なるほどー」みたいな曖昧な反応しかできなかった。コミュニケーション能力上々なる人であれば、そこで「あの優雅なニ短調がたまらんですよね。やはりシェリングかな、グリュミオーかな。恥ずかしながら、わたくしはシュニトケのカデンツァなんてのが好きでして(笑)」などと場を和ませることができたのだろうが。
 結局、その家を借りることはなかった。「あちらがベートーヴェンを大音響でカマしてくるなら、こっちはベルクのヴァイオリン協奏曲をお見舞いしちゃれ。それが店子の務めじゃ」みたいに、愉快痛快な音楽ライフを送れたことは間違いないのだけど、音楽とまったく関係のない他の条件のほうが合わなかったのだ。
 それにしても、「バルトークの《中国の不思議な役人》が好き」という大家さんより、「ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲が好き」という大家さんのほうが、いい人そう、家賃を納めるのが少し遅れても見逃してくれそう、に見えるのは何故なんだろう?
 そのベートーヴェンの協奏曲のドコが苦手かといえば、明るく爽やかで、上品ぶった素振りにある。この時期のベートーヴェンなら、持ち前の主題を執拗にこねくり回したくなるものなのに、それをあえて封じてますというポーズがその音楽から滲み出てくるようで。
 さらに、「えっへん。これはあのベートーヴェン様々の音楽なのだゾ」といった上滑った意識で演奏されることで、そのポーズがますます際立ってしまう。最近では、ピリオド派の台頭により、そんな意識も薄れてきたのがありがたいのではあるけれど、このジル・コリアール盤はさらに上を行ってる。
 トゥールーズ室内管の弦楽器に加え、バルバロック四重奏団によるバンドネオン、ティンパノン、自動オルガンなどが加わる伴奏なのだ。まさしく、ストリート系、ワールドミュージック調のベートーヴェンなのである。
 出だしのティンパニのリズムは、ティンパノン(ツィンバロン)で奏でられ、バンドネオンとオルガンで主題が楽しげに出てくる。なんと、打ち解けたリラックスした雰囲気なんだろう。こうした雰囲気が、作品の「貴族に媚びたような、上品ぶった素振り」を打ち消し、音楽そのものの魅力を伝えてくれる。こういう演奏ならば、この曲だって好きになっちゃう。
 ヴァイオリンのコリアールは、さすがに超一流のアーティストという演奏ではないけれど、この和らいだアンサンブルに溶け合う、まずまずの独奏を聴かせてくれている。

 これは昨年リリースされた盤だけど、同時期に、もう一枚注目すべきベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲が出ている。
 ツェートマイアー独奏、ブール指揮アンサンブル・モデルンによる演奏だ。この名称を出しただけで、現代音楽ファンなら色めきたつような一枚なのであるけれど(こんな演奏が残されているなんて知らなかった!)、これが予想以上に興趣に富んでいたのだった。
 ディスクには、最初にクセナキスの3群のオーケストラによる《アラクス》が収録されている。ブールらしい透明感と鋭さに加え、そして絶妙な滑らかさで奏でられるクセナキスの珍曲だ。
 そして、ベートーヴェンなのであるが、冒頭楽章最初の小節のティンパニが、これまで聴いたことのないようなリズムに驚いた(譜面では4分音符のところを、付点8分音符と16分音符に分割して演奏しているように聴こえる)。装飾的、即興的な趣向というわけなのか。
 なによりも、この「タン、タン、タン、タン」と始めるところを「タァタ、タァタ、タァタ、タァタ」と急き込むように開始されることにより、まるでオペラの序曲さながら、引き込まれていくような高揚感がある。
 例によって、テンポはすいすいと速く、透明度抜群で、適度に引き締まっているが、聴き手をせっつかせるような違和感はない。どちらかといえば、妙にコミカルな印象。まるで、回転数が速めな無声映画を見ているかのごとく。いやいや、これが実にキュートな音楽なのですよ。
 第一楽章の再現部では、冒頭のティンパニのリズムがトゥッティで鳴らされるけれども、ここでは冒頭のように音符を割らず、譜面通り。そのせいか、堂々とした再現部が実現する。なるほどなるほど。当時若かったツェートマイアーの柔軟なヴァイオリンもすばらしい。
 こんな演奏ばかりだったら、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲が苦手、なんて思わなかったんだろうなあと、しみじみ過ぎ去りし我が年月を振り返る春なのであった。

(すずき あつふみ 売文業) 

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