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2013年5月16日 (木)

連載 鈴木淳史のクラシック妄聴記 第47回

「物静か」で「冗舌」なツェンダーのドビュッシー

 近頃、ドビュッシーの管弦楽作品に聴くべき、というか、聴かないと損しちゃうよなと思わせてしまうディスクが毎年のように出ているような気がする。
 クリヴィヌとルクセンブルク・フィル(どちらかというとリュクサンブール・フィルと呼びたい気分)、カンブルランと南西ドイツ放送響、準・メルクルとリヨン国立管との全集。いずれも細部に渡る丁寧な表現を行いつつ、色彩コントロールに優れた解釈が光る。
 そのなかに、また加わったのが、ツェンダーとインマゼールのディスクだ。さらに、悦ばしいことに、フランソワ=グザヴィエ・ロト盤の発売も間近らしい。

 ツェンダー盤は、南西ドイツ放送響との演奏。このオーケストラは、近いところではカンブルランともドビュッシーを録音しているが、比べてみると、カンブルランが明るく鮮やか、ドビュッシーの色彩感を開放的なまでに描いたのに対し、ツェンダーはそれぞれの楽器の絶妙なブレンドによる中間色を穏やかに息づかせる。

 それにしても、相変わらずの品の良さげな、落ち着き払ったスタイルだ。決して冷たくならず、分析的な方向にも片寄らず、さりとて派手なパフォーマンスなんぞ一切無しに、心地良く広がっていく響きの妙。
 なかでも、交響的組曲《春》は、いかにもツェンダー好みの作品なんじゃないか。初期作品であり、また本人のオーケストレーションではないので(オリジナル版スコアは火災で失われたらしい)、それほど頻繁に演奏される曲ではないものの、後年のドビュッシーならではのトリトメの無い展開をしっかと先取りしていて、なかなか興味深い音楽なのである。

 これをツェンダーの演奏で聴くと、彼の得意とする初期ロマン派の爽やかな色彩をベースに、ときおりワーグナーや新ウィーン楽派の初期作品、そしてレーガーを思わせる音楽がふつふつと立ち上がる。おかげで、何か新しいことやってやろう(と、そのあたりのものを掴みつつ、恐る恐る一歩脚を前に出す)、というドビュッシーの意気込みが生々しく伝わってくるのだ。ウェーベルンの《夏風の中で》と組み合わせて演奏すると、相乗効果でなかなか面白いんじゃないかな。春と夏という組み合わせも悪くないし。
 
 しかし、このツェンダー盤の最大の魅力は、彼が編曲した《前奏曲集》からの抜粋だ。ピアノを原曲とした《前奏曲集》のオーケストラ版は、マシューズとブレイナーがそれぞれ全2巻すべてを完成させている。マシューズ版はムード音楽風の気配が濃厚なのだけれど、ブレイナーはなかなか内容に踏み込んだ編曲で聴かせる。しかし、このツェンダー版は、ブレイナー版をベースにしつつ、それも凌駕する大胆な代物なのだ。

 そう、シューベルトの《冬の旅》で明らかになったように、ツェンダーのオーケストラ編曲といえば、これがなかなかクセモノというか、管弦楽の可能性をフルに使って、呆れかえるくらいに懇切丁寧にその音楽を示すものを余すところなく表現してしまうのだ。
 この《前奏曲集》も、さすがに前作ほどコンテンポラリー方面には突っ走ってはいないものの、完全に編曲という枠を超えた創造的な作品に仕上げている。
 ピアノでは再現できない超絶のアーテキュレーション。金管楽器や打楽器を効果的に使い、この曲の可能性を存分に引き出す。それが、もう諧謔的というほどに原曲の標題性をしつっこく「再現」しているのだから、たまらんのですわ。5曲だけの抜粋なのが実に惜しい。

 それにしても、ツェンダーといえば、解釈の思い入れや物語性とはスッパリ無縁の演奏スタイルだし、作曲も枯れた達観系ばかりなのに(仏教をテーマにした作品が多い)、既成曲の編曲になると、これほどまでに賑やかで、やたらに説明的になるのか。物静かな高僧が、特定の話題になるとやけに冗舌になるような、禅問答な心地。いや、この「大乗仏教的」な振る舞いにこそ、ツェンダーという音楽家のユニークさが潜んでいるのかもしれない。無口を貫くのも、冗舌が過ぎるのも、作品に真正面から向かい合った結果から出てるものだろうから。

 一方、インマゼール盤は手兵アニマ・エテルナとの演奏。オリジナル楽器による演奏だから、ドライでサクサク飛ばした演奏だと値踏みされる方も少なくないだろうが、これがまったくシットリ系なのだから驚いてしまう。
 うねうね感がよく伝わってくる《海》がいい。まさしくオリジナル楽器にしかできない細やかな抑揚、そして妙にオシャレに決まるリズム。第二楽章のハープのグリッサンドなど、これまで聴いたことがないような不思議な響きだ。

 《牧神の午後の前奏曲》を先のツェンダー盤とで比べてみよう。ツェンダーは最初のフルートの主題をまるで尺八のように、ヴィブラートを強調するように吹かせている(これは、ツェンダーの東洋趣味というより、主題として明確に表示しようという意図なのか?)。そのあとの展開でも、空間性を重んじるように音楽は伸縮を繰り返し、最後は空気中に煙が溶け込んでいくようにそっと消えてゆく。
 一方、インマゼールの冒頭のフルートは、実に滑らかだ。さらに、弦楽器は20世紀初頭に流行したノン・ヴィブラートでのポルタメントをここぞという場面で決めてくる。古雅な趣き。セピア色の牧神。時代の雰囲気が伝わってくるような心地。
 そういえば、このような時代様式を強調するのは、ロトとレ・シエクルが得意とするスタイルでもある(《火の鳥》は凄かった!)。今度リリースされる彼らのドビュッシーにも期待せずにはいられない。

(すずき あつふみ 売文業) 

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