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2013年11月18日 (月)

連載 鈴木淳史のクラシック妄聴記 第51回

「サヴァールのケルト、ヤーコプスのマタイがじわじわ来る」

 名だたるオーケストラの来日公演が連日続いて賑やかな11月だが、わたしのようなド貧民自由業者にとっては敷居お高きイベントでありまして、と書いてしまうと最近とみにクラシック音楽からビンボー臭さを排除したがり風の業界からさらに忌避されて仕事がみるみる激減、ますます窮地に陥るのはほとほと困るので、「おほほ、オーケストラは現地の定期公演で聴くのが一番ざますわよ」などとウソぶきでもせにゃならぬの、などと画策に余念なき日々である。風がまた一段と冷とうございますな。
 あるいは、毎日コンサートに通ってばかりいると、一つの演奏会をじっくり思い返して味わうなんて時間も余裕もなくなりますよね、なんて言い訳じみるのもいいかもしれぬ。実際、わたしなどは、9月のジョルディ・サヴァールの来日公演を今でもちょくちょく思い出し、じわじわと味わっている。牛のごとき反芻。まったく経済的でこざいますな。

 サヴァールは最近なかなか来日してくれない演奏家の一人だ。かつて北とぴあ音楽祭の全盛期には、彼が率いるエスペリオンXX(そう、当時はまだ20世紀だった)が東京都北区の小中学校を巡回したり、ホールのロビーで無料コンサートに出ていたのが懐かしい。
 今回は念願のソロ。アンサンブルも聴きたかったけど、彼のヴィオラ・ダ・ガンバをじっくり堪能できるいい機会だと思って、東京公演の他に西宮にも足を運んだ。
 脈々と旋律を歌うのと空間をふんわり満たすことを同時に成り立たせるガンバの響き。すこぶるアイディアに満ちていて、官能的なニュアンスもぷんぷん香り立つ。
 前半のアベルやマレも当然すばらしかったけど、後半のケルティックの音楽を予想以上に楽しんだのだった。ああいう自らの原点の一つに行きあたる音楽をするときに、ホンモノの音楽家の才覚が如実に出るってわけだ(ちなみに、東京でも西宮でもアンコールは3曲演奏されたが、後半の二曲は東京はフランス系だったが、西宮ではケルト系だったのが対照的だった。コンサート全体の出来も西宮のほうが良かった)。
 
 改めて、サヴァールのケルティックの音楽が収録された「ケルティック・ヴァイオル2」を聴いてみると、その表現力には恐れ入るばかり。彼がマレを演奏しているときの、あの纏わり付くようなエロティシズムとはいささかばかり違って、素朴な旋律に染み入るように歌い、そしてひたすら高揚に向かって推移する音色とリズムの切れ味がなんとも眩いのだ。
 このディスクの録音にはハープや打楽器がさりげなく加わっており、来日公演ではこうした曲もガンバのみで演奏したのだけど、さすがサヴァール、この高揚感はソロでも充分に味わえたのだった。もちろん、打楽器のマグワイアーやエステバンみたいな巧者が一緒に舞台に上がっていれば、その丁々発止のアンサンブルもエキサイティングだったろうが。
  
 サヴァールは次は是非アンサンブルか指揮で聴きたいものだけど、日本では予定がまるでない。来年秋、シンガポールと韓国にはエスペリオンXXIを率いてやって来るのだけど、ついでに日本にも呼んでくれないものかね。
 サヴァールとその仲間たちには、一度バッハのマタイ受難曲を演奏して欲しいなと思っていたのだが、これはなかなか実現しそうもない。カトリックに仁義を尽くしているのだろうか、プロテスタントの宗教曲はやりたくないように見える。バッハの宗教曲ではロ短調ミサみたいに宗派関係ない曲は演奏しているのだけども。でも、カトリックの眩しい光で照らされ、妙に生々しさを増したマタイ受難曲って一度聴いてみたいよなあ、と思っていたのだった。

 その心の空隙を埋めんばかりに、ルネ・ヤーコプスがやってくれた。さすがカトリック系でもフランス人はその辺のフットワークは軽い。
 冒頭の二重合唱からして、その透明感のある響きに驚かされる。ヤーコプスは、この録音にあたって、聖トーマス教会での初演に倣って、合唱を通常の左右ではなく前後に配置するなどの工夫を行っているのだという(5.1チャンネルで聴けばよくわかるはずだが、添付のDVDでその配置を確認することができる)。
 全体を通して快速運転だが、意外にこの部分のテンポは速くない。ただ、ドイツ系の演奏だと合唱の「Wohin」などといった言葉が鋭く槍のように飛んでくるのだけど、そういった言語による表出よりも音楽が実に雄弁なのがヤーコプス演奏の特徴だ。

 なんといっても、レティタテーヴォにおける通奏低音がこれでもかとばかりにドラマティックだ。テオルボもまるで文楽の太棹かと思うほどにブンブン響くし、チェンバロもモーツァルトのオペラかとばかりに福音史家を煽る煽る。「バラバを!」と民衆が叫ぶ場面などは、オルガンの響きが人々の心を二つに裂くかのように直立するのだ。
 ペドロの後悔を表わす有名なアルトのアリアは、良くも悪くもそこだけ浮いて聴こえてしまいがちだ。シチリアーノ舞曲で書かれたアリアは、それだけ印象深いというわけである。しかし、あらゆる箇所でラテン的な豊穣さを絶やさないヤーコプスの演奏で聴くと、このアリアを流れのなかにキチンと収めてしまう。
 また、十字架を委ねられてゴルゴタへと向かうシモンの足取りを描くバスのアリア「来たれ甘き十字架」。ここはヴィオラ・ダ・ガンバ奏者の腕の見せ所、「待ってました」とばかりに重い足音を表わす重音を奏でる箇所だ。しかし、驚いたことにヤーコプスは、ここでガンバの代わりにリュートに伴奏を担当させる。その内面にひたひた迫るようなリュートの音色。
 ヤーコプスは、ここは外面的な足音よりも内面的な心の動揺を表わしたいのかと思ったりしてみたのだけど、初演当時この部分はガンバではなくリュートが弾いていたというのが真相らしい。ディスク末尾には、通常のガンバ伴奏でのトラックがボーナスで収録されている。

 ヤーコプスについては、以前は悪い意味で歌手出身のダラダラしがちな指揮者というイメージがあったけど、モーツァルトの交響曲のディスクを聴いてからは、この人はオペラティックな味付け、ドラマトゥルギーの付与が抜きんでて上手い指揮者なのだなと注目している。この官能的な温かさと躍動感に満ちたマタイ受難曲も、ヤーコプスならではの好解釈。冬に聴いても寒々しい気分にならないのがいいぜ。暖房いらずで、まったく経済的なマタイでございますな……(でも、この演奏で聴く最終曲コラールの生暖かさは、それが逆に不穏さを聴き手に与えているような気もする。その辺ストレートじゃないのがカトリック的なのかも)。

(すずき あつふみ 売文業) 

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