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2013年11月25日 (月)

連載 許光俊の言いたい放題 第227回

「サイと西脇と平林」

 よい時代になったものである。
 昔はクラシックといえば、こうでなければならないという決まりや常識があった。それに逆らおうものなら大顰蹙を覚悟しなければならなかった。
 だが、今や好き放題が許される。昔みたいに頭ごなしに、それはダメとは言われない。たとえ言われても、賛同者もいるだろう。
 ファジル・サイ作曲の「イスタンブール交響曲」は、こういう寛大な時代ならではのものかもしれない。これでもかという超わかりやすいアラブ風である。以前、トルコのコンサート予定でこの作品名を見たとき、いったいどんな音楽かと思って興奮したが、実際に聴いてみて楽しく脱力した。
 ネイ協奏曲「ヘザルフェン」のほうは、尺八風のソロのうしろでニャーニャー、ミャーミャーと音がするのが実に怪しい。だが、 今やヨーロッパ人も日本人も、休暇といって世界中に出かけている。異国情緒を素直に楽しんでいる。これくらいでは驚くまい。気楽にエキゾチックである。
 以前このコラムでも少し書いたが、ファジル・サイは現在政治問題に巻き込まれているようだ。イスラム絡みのなかなか複雑で微妙なことらしい。そんな人が作った曲だからどんなに深刻なものかと予想すると肩すかしを食らう。ふたつの曲は、トルコ風スパイスをたっぷり使ったエンターテインメント大作のような音楽なのだ。とにかく楽天的でノリが軽い。ミニマル的傾向が強いが、そんなことを言うのも野暮と思わせる。シリアスなクラシック・ファンには怒り出す人もいるかもしれないほどだ。
 いわゆるオリエンタリズムそのもの。そういえば、昔、由美かおるが出演している映画で「エスパイ」というのがあった。原作は小松左京、共演は藤岡弘、歌は尾崎紀世彦というパーフェクトに1970年代な娯楽大作で、彼女がイスタンブールの怪しげな秘密酒場のようなところでクネクネと踊るのが最大の見所という代物だった。どうやらアラブ文化のイメージは、由美かおるのスリーサイズ同様、40年前と案外変わっていないようだ。

 続いては対照的にマニアックなもので、西脇義訓指揮デア・リング東京オーケストラのブルックナー交響曲第3番。西脇はレコード制作の仕事を続けながらも、常に演奏にも情熱を抱いてきた。その彼がバイロイト祝祭劇場の音響にインスピレーションを得て、画期的な配置を編み出したのだという。長寿の時代にはなったけれど、60代半ばに達した彼が、音楽人生のひとつの成果として録音を決意したのか。
 演奏自体はイン・テンポで丹念に進んでいくもの。マニアが大喜びして待ち構えるような変なことは起きない。が、随所で音響の斬新さに気づくことだろう。第1,2ヴァイオリンは左右逆、チェロは1列に並べ、ヴィオラとコントラバスは左右に振り分ける。しかも、全員が正面を向いて座る。
 その結果、個々の楽器が突出せず、溶け合っている。オーケストラ全体で呼吸しているような感じが非常にしてくる。特にブルックナーらしい強音が柔らかく、また重量感があるのが印象的だ。バス声部の存在感も強い。第1楽章の最後のほうでコントラバスがどんどん下がっていくところなど、ちょっと信じがたいようなボリューム感にえっと思った。特殊な配置の効果が表れているのだろう。箇所によってはまさしくオルガン、いや男声だけのユニゾンで歌われるグレゴリオ聖歌のようだ。
 しかも、厚みはあるのに透明感がある。ヴィブラートを濫用せず、音程やハーモニーの明晰さを保っているからだ。西脇はコルボに私淑したらしいが、たぶん合唱のノウハウも投入されているのだろう。第2楽章が特に美しく、第3楽章は独特の軽みがある。包み込むような柔らかい響きのクライマックスに至る曲尾にも驚いた。いろいろ示唆に富むブルックナー演奏である。
 世界中でよく名前の知られたオーケストラやオペラの経営が難しくなってきている。その一方で、このように純粋な情熱から演奏に取り組む人たちは増えこそすれ、減らないようだ。たとえば、詩の世界では、今では読者よりも詩人のほうが多いと言われている。クラシックもそういう状態になるのかどうか、フラット化は確実に進んでいるようだ。いつの日か、プロのオーケストラがほとんど消え失せる時代がくるのかもしれない。

 着実に発売点数が増えている平林直哉のテープ復刻CD。あまりにマニアックで、どれだけ売れるのだろうとひとごとながら気になるようなものも散見される。ちなみに、『クラシック野獣主義』(青弓社)に掲載されている本人の文章によると、はけないCDは安売りせず、自らハンマーで破壊して捨てるという。ちょっと鬼気迫る光景である。
 最新のトスカニーニ集は、開いてみて驚いた。何しろ、トスカニーニはこんなにダメなんだと力説する文章を掲載している。せっかく買った人が絶望しそうなほどトスカニーニ全否定の内容なのである。やけっぱちというか、これこそ破壊衝動というものか。普通では絶対考えられないジャケットである。
 演奏のほうがトスカニーニらしさが際立ち、案外、この指揮者を手っ取り早く知りたい人にはよい盤かもしれないと思った。特に「フィンランディア」は超強烈である。この曲では、カラヤンの演奏がこれでもかという押しの強さで知られているが、いやはや、トスカニーニははるかその上をゆく。強靱なカンタービレで押して押して押しまくるのである。もはやシベリウスも北欧もあったものではないが、それでも圧倒されずにはおれない。

 こうして眺めてみると、クラシックとは、さまざまな情念や情熱が交差するあまりにも濃密な世界であることが改めてわかるというものだ。

(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学教授)

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