夏に聴く「春の祭典」 鈴木淳史のクラシック妄聴記へ戻る

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2014年7月10日 (木)

連載 鈴木淳史のクラシック妄聴記 第54回


 さて。折節の移り変わり矢の如し、すでに夏来たりて、セミの鳴くそばで《春の祭典》を聴くことになろうとは、なんちゅう因果だわ、めっさ暑苦しいわ、こんな時期に原稿頼んでくるお主もなかなかイケズだわん、と心中去来するノイズをとりあえず机の脇にでも放らかし、CDプレイヤーの再生ボタンを押下し流れる音楽に耳をそばだててみましたところ、うんうん、これはまことにすがすがしきストラヴィンスキーではなかろうかと感心してしまった。汗も自ずと退いて。

 バロックや古典派だけではなく、ロマン派、そして近代の音楽まで、いわゆるピリオド・アプローチで演奏してしまう、フランソワ=グザヴィエ・ロト率いるレ・シエクル。
何年もクラシック聴いている人なら、ちょいと飽きが来るというか、高齢に手が届きつつあるわたしなどは結構お腹一杯に感じてしまいがちなサン=サーンスの「オルガン付き」交響曲といった楽曲でも、鮮やかに切り分け、スマートに調理されて供されるのだから、「もう一杯」と所望したくなるほど。
 彼らのストラヴィンスキーの「火の鳥」も鮮烈だったので、いずれ他の三大バレエ作品も演奏してくれるに違いないと待っておったところ、《春の祭典》と《ペトルーシュカ》がペアになってリリースされたのだから、夏とか冬とか親の死に目とか言ってはいけないのだわ。本来。
 ちなみに、レ・シエクルの名前を、つい「シクエル」などと、間違えそうになってしまうのはわたしだけだろうか。ここは「紫衣来る」と文字変換し、ロトが紫の着物を着て指揮台に上がるという視覚イメージを一度思い浮かべればミスは防げる。豆。

 《春の祭典》という曲は、バリうまのオーケストラが大編成でドッカンドッカンやるだけでは、まあ生演奏では感じ入ってしまうものもあるにしても、ディスクで聴くにはすでにありきたりにも感ぜられ、かつてはソフィスティケート路線で攻めるラトルとBPO盤なんてのにも驚かされたのだけれど、ここまで「鮮やか」に聴こえてしまうハルサイはなかなかない。
 現代曲の幕開けといわんばかりにキチキチと歯切れのいい演奏は多いものの、ロト盤には滑らかにテヌートを付ける部分も見受けられ、それが絶妙なコントラストを成して心地良い推進力をも生む。また、強めの色調で耳を眩ますような音色でなく、使っている色の範囲はそれほど広くないが、様々な中間色を用い、微細な色調変化がたまらなく耳をそばだてる。
 ガツガツしてないのもよござんすね。なにやらデカダンな趣向さえ感じる。潤いがあり、しかもクッキリとした透明感も備わって。

 1913年に初演されたときの楽譜を再現して演奏しているという。たとえば、「誘拐の遊戯」に現行譜(初演後にストラヴィンスキーが改訂した)にはないパウゼが入っていたり、打楽器の指定が違っていたりするのは、この「初稿」を用いているからであろう。
 どこからどこまで楽譜によるものなのか、ロトの解釈なのかはハッキリしないところもあるけれど、従来ありがちだった大がかりでドヒャーッと耳に突進する演奏ではなく、これまで聴いたことのない音色を散りばめ、「おっ、こう来るかあ」的な細やかなアイディア満載のハルサイでもある。

 《ペトルーシュカ》もドドンと個性的。最初はわりかた淡々と開始されるも、声部の重ね方、そのバランスの美事なることに聴き惚れる。そして、「春の祭典」同様、潤いと透明感がちゃあんと両立されてて。
 ピリオド楽器ならではの発見も多い。たとえば、ピアノは1892年のプレイエル製。この楽器の響きがオーケストラにしっくりと馴染んでいて、ピアノ協奏曲っぽくならず、プリプリした一体感を保っているのが、まったくよろしい。
 そして、何やら郷愁を誘うのだよ、この演奏は。つまり、初めてこの曲を聴いたとき被ったインパクトを思い出すのだ。ちなみに、わたしが初めて聴いたのは、フェドセーエフ指揮モスクワ放送響のライヴ録音なので、演奏傾向は180度違うはずなのだが、おそらく、ペトルーシュカという作品が持っている独特なテキスチュアを余すことなく香り立たせてくれてるんじゃないかね、ロト盤は。

 ちょうどフェドセーエフ指揮モスクワ放送響の《ペトルーシュカ》を耳にした頃、わたしがハマっていた音楽の一つが、近藤譲が作曲した作品だった。その時代を澄明に思い出させてくれくれる「線の音楽」がようやくCD化された。どこに行くか方向がイマイチ定まらないけど、どこかに向かって歩を進めているような気がする不思議な感覚。今思うと、これって青春っぽい感覚ですわね。
 同時に、本のほうの近藤譲「線の音楽」も復刊された。音楽において「作品全体の明確な方向性」へと導く方法としてしか用いられぬ「関係性」だが、その「関係性」そのものを聴くことはできるだろうか、という作曲家のテーゼがこの本では述べられている。
 近藤譲といえば、NHK-FMの現代音楽番組のMCとしても、わたしのなかでは神様といった存在である。あの、音響系というべき不思議な語り口に引き込まれ、いくつもの現代曲に親しんだものだ。駅やデパートのアナウンスがすべて近藤譲の声になれば世の中えらく楽しくなるのになーと、かねがね思っていたほどである。
 書籍「線の音楽」を読むと、「一つひとつに分節できる音」で構成される音楽を理想としている近藤だが、彼の実際の語りはそんな分節を拒むかのように、音響そのものに向かって聴こえてしまうのが興味深い。畢竟、人は自分にないものを理想に掲げるものなのかもしれぬ。

 その近藤譲作品の初演をも多く手がけている打楽器奏者、神田佳子が作曲した作品集「かえるのうた」も出ている。打楽器ソロやアンサンブルが収録されているこのアルバムには、怒濤の集中力に胸が締め付けられるような作品もあれば、ニューヨーク派を思わせるユル目のミニマルもある。心なしか、「木」はポップな近藤譲という肌触り(もちろん、近藤譲の方法論とは違うのだろうけど)。いずれも、複雑で変化に富んだリズムなのに、それを殊更に感じさせない爽やかさ。これも夏向きさ。

 能楽師の青木涼子による「能×現代音楽」というユニークなアルバムも取り上げておこう。
 これまでの「能」をモチーフにした西洋音楽といえば、いわばオリエンタリズムの気配が濃厚なものが大半だった。しかし、この「能×現代音楽」は、能楽師とヨーロッパ生まれの作曲家たちが、ガッツリとコラボレーションしてんなあ、という印象で、その東西が混在し、新しいものを作ってしまっちゃったなあという様子が実にすがすがしい。
 青木の能謡と西洋楽器のアンサンブルは、フルートが能管を必死に摸しているものもあれば、西洋的な二重奏になっているものもあり、もっと自由に「能」という劇形態を敷衍したものもある。
 エトヴェシュの《Harakiri(ハラキリ)》は、三島由紀夫の割腹事件を題材とした奇々怪々な作品。こんなのを聴きながら、スイカでも食べる平和な夏にしたいなあ。お腹のあたりにだらだらとスイカ汁をこぼしながら。

(すずき あつふみ 売文業) 

評論家エッセイ情報
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『春の祭典』『ペトルーシュカ』 ロト&レ・シエクル

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『能x現代音楽』 青木涼子(能謡)、斎藤和志、山根孝司、竹島悟史

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