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「高倉健とギーレンの時代に思いを馳せて」 鈴木淳史のクラシック妄聴記へ戻る

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2014年11月25日 (火)

連載 鈴木淳史のクラシック妄聴記 第57回

 先日、ミヒャエル・ギーレンが引退を表明した。
 とうとうこの日がやって来たかという衝撃と共に、嗚呼やっとそう決断したのねという安堵の気持ちがない交ぜになって、ぐるぐる、たいへん落ち着かぬ気分である。今は、これまでずいぶん楽しませていただいてありがとう、ご苦労様でした、といった言葉しか出てこない。
 ここ数年は、芸風が変わったというより、ちゃんと振れていないんじゃないか、と心配になってくる演奏も少なくなかったようで、彼の演奏会スケジュールを必ず調べていたわたしも現地まで足を運ぶのを躊躇してしまうほどだった。ザルツブルク音楽祭で振ったニュース映像では、どっかりと椅子に座って指揮していて、その動きが往年のクレンペラーそっくりなのに驚いたものの、その音楽はクレンペラーとは程遠いユルさも見え隠れし、痛ましい気分にもなった。

 ヒリヒリするほどに尖っていて、非人情あふれる冷徹さ、ロマン性のカケラもないなどと謳われたギーレンの演奏。そんな彼の音楽に変化が見られたのは、今から10年前の頃だったか。以前のようなギチギチに構えまくったクールさはぐっと後退し、伸びやかーで、キレイな感じーの音楽に変貌してしまったのだから、わたしもさすがに戸惑った。
 そもそもギーレンは、隠れロマンティストだと思っていた。ハンス・ツェンダーなど最初からロマンティックなものなど興味ないよー、という人と違って、ギーレンのクールさは熱さを無理矢理抑えたところに発生する冷たさなのだ。
 つまり、自己の内部に根を張ったロマンティシズムに完全に背を向け、自ら信奉せし音楽哲学に従いて、極度に抑制された音楽をやる。そうした人工的ともいえる音楽には、冷たい質感とは裏腹、熱い人間の感情がどこかに息を潜めているような気がした。

 それは、高倉健が任侠映画のなかで見せる後ろ姿みたいな音楽といえるかもしれない。言いたいことはたくさんある、しかし俺は黙って去るのみ、みたいなストイックさ、男の哀愁をわたしはギーレンの演奏からもふんだんに嗅ぎ取っていたわけだ。
 その高倉健も最近亡くなった。ギーレンも引退した。昔はこんなちびっとヒネた感じのカッコ良さっていうのがあったんだよねえ、などとこれからは年寄り面して語ることになってしまうのか(今の時代は、もっとアホみたいな素直さを求めるようになってきているようにわたしには思われてならないのだが)。
 
 ギーレンの音楽の変化を知るに好都合のディスクが出ている。ヘンスラー・レーベルのバーデン=バーデン・フライブルクSWR響(南西ドイツ放送響)を振ったブラームスの交響曲シリーズだ。もっとも古いのは交響曲第4番の1989年。新しいのは、2005年録音の交響曲第2番。この二つは同じブラームス演奏とは思えないほどに、その違いが際立っているのだ。
 交響曲第4番はインターコード・レーベルから出ていた音源と同一で、かつてのギチギチでクールなギーレンを代表するような演奏だ(ただし、ヘンスラー・レーベル特有のほんわかマスタリングのため、インターコード盤よりも少し角が取れて聴こえる)。容赦ないほどテンポが速く、そして笑っちゃうくらいにニュアンスが削り取られている。冒頭楽章の展開部以降の畳みかけるような流れは、ちょっと汗臭かったりもするが、こういう演奏の後にコンサート・ホールから出てきた聴衆が、肩を怒らせて町を歩く様子が容易に想像できよう(かな?)。

 一方で、芸風の変化が見られるようになった時期以降の交響曲第2番は、急かされるテンポ感もなく、穏やかでしっとりした表情をその音楽に映し出す。キリッとした締まりはあるものの、妙に枯れたような運びが実に美しい。第二楽章では、弦楽器も艶やかにポルタメントしちゃうしー。
 リリースされた当時、これがギーレンだとは思えないような演奏にも関らず、わたしはその美しさに魅了された。それと同時に、ギーレンてば昔のギチギチなスタイルを捨て、素直&率直、「ありのままで」路線に行っちゃったんだあ、と、それもまた美しき人生かなと思いつつ、失われたかつての無理矢理なダンディズムをも懐かしくもなって、やはり、ぐるぐる、たいへん落ち着かぬ気分になったことをよく覚えている。人生が最後に近づくと、その人の原点に帰って行くのだなあと、勝手に深く心に染み入らせていただいたものだ。そして、彼にとっての後期様式が始まったことを知った。

 2005年に録音されたマーラーの交響曲第10番(クック版全曲)も、この後期様式での演奏だ。マーラー作品に付き物である解脱と執着という二面性を、これまでの作品のように闇雲に戦わせるのではなく、それを並置し、二つの感情の融合を図っているこの交響曲。ギーレンは、この二面性のそれぞれを鋭く描きつつも、双方を美しく連結させる。これは以前のような彼の喧嘩上等スタイルではなし得なかった成果といえるのではないか。まさしく彼岸の音楽。マーラーの最後の交響曲がこの作品で良かったあーと心から思えてしまう、すばらしい演奏である。

 そうした後期様式もそれほど長く続かなかったようだ。たぶん様々な身体的なものが衰え、演奏にムラが出てきたようだ。そのなかで、2010年に彼がバーデン=バーデン・フライブルクSWR響を振ったシューベルトの未完成交響曲をSWRのサイトで聴いたのだが、これがかなり凄まじいのだった。
 第一楽章冒頭のヴァイオリンの刻みをスル・ポンティチェロで弾かせていて、ひーっ、怖いったらありゃしない。強弱、起伏も激しく、なんともドラマティックなシューベルトなのだ。これは、将来どこかのレーベルでリリースして欲しい第一候補。

 ギーレンについては、このほかにもリクエストがある。旧インターコードのディスクは今はほんとど手に入らなくなってしまったが、非人間的なスピードでひた走ったチャイコフスキーの《悲愴》とか、どこかで出し直してくれないものかと願っている。あのコンクリートっぽい音質そのままで。そして、彼の音楽哲学が語られているであろう自伝の翻訳本も出版してくれないかなー等々。
 最近のギーレンは「俺のディスクを出すなら、昔のヤツがいいよー」と、やたらにギチギチだった時代の演奏を推してくるのだという。その成果の一つが、アルトゥス・レーベルから出ているザールブリュッケン放送響とのマーラーの交響曲第5番だ。カラカラに辛口のマーラーを聴きながら、肩を怒らしたまま孤独な背中を見せることが美しかった時代に思いを馳せる秋の暮れ。

(すずき あつふみ 売文業) 

評論家エッセイ情報
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