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2015年3月3日 (火)

連載 鈴木淳史のクラシック妄聴記 第59回

フォスター おぎゃーと一声発した刹那より相変わらずみっともないばかりにユルユルな人生を歩んでおるのだけれども、自分がそういう性格だからこそ、好んで耳にしたがる演奏はキチキチに畏まった感じのものが少なくなく、テンポも不必要に揺れず、音響のバランスも几帳面に整えられーー要するに隣の芝生の青さに目が眩んでいるというわけですな。
 そんなデザイナーズ・マンションに住むエリート・サラリーマンみたいな演奏ばかりせっせと摂取していると、精神の奥のほうから「そりゃ違うやないけ」といった愚痴が聞こえてきて、そういうときはルイ・ド・フロマン指揮ルクセンブルク放送管、ローレンス・フォスター指揮モンテカルロ・フィルといった名前からしてユルそうなクレジットが記された音盤を引っ張り出して再生、ひゃあ、ぬくぬくだー、ほっこりするわなーなどと揺り戻しに浸ってしまうのである。しかし、これではアッパー系とダウナー系の薬物を交互に服用しているような悪循環。いけませぬ。

 適度にユルーっとさせてくれるような演奏があれば、それでいいのではないか。
 たとえば、ブルーノ・ワルターなんかはどうだ。こんな神格化された大指揮者をユルの仲間入りをさせるなんて不埒を覚悟でもの申さねばならぬのだけど、彼が晩年にウィーン・フィルを振った演奏には、快適な弛みがあってわたしはときおり無性に聴きたくなることがある。
 ユル、といったって、なにせ天下のウィーン・フィルでござい。このオーケストラがリラックスしまくって、もう縦の線合わせるなんてどうでもいいもんね、という風に弾いているのが実に味わい深いのである。この時期には、ベームあたりが来て仏頂面でサッサカ振るとか、ショルティの肘打ちドライヴみたいな窮屈さも無く、とろんとろんに歌に身を任せている様子に聴いているほうも幸せな気分になる。
 
 というわけで、アルトゥス・レーベルから出たばかりのシューベルトの未完成とマーラーの交響曲第4番を収めたディスクを聴いている。ワルターのウィーン・フィルとの最後の演奏会のライヴだ。新たにフランスで見つかった放送用マスターテープを使用しているというから、音質も問題なし。
 ユル、といったって、ワルターの音楽には独特の規則性、規律性もあって、彼がコロンビア交響楽団と演奏したものにはその「ユル」と「キツ」のささやかな乖離がちょっと気になることもあるのだけれど、晩年のウィーン・フィルとの演奏は、その乖離がささやかどころか、妙に際立ってしまっていて、矛盾した二つの方向性がさわやかに両立しちゃっているところが、実に素敵だなあと思うのね。
 たとえば、シューベルトの未完成の冒頭楽章の序奏部分。リズム・パート、とくに低弦がシステマティックというか、ソフィスティケートされた感じでリズムを刻むのだけど、主題旋律はユルっと歌いながら入ってくるといったみたいに。その後の弦楽器によるむせかえるような第2主題もさすがワルター節全開。そして、第2楽章は、このコンビならではの世界。風通しがよくて、ずっぽりと甘い。

 マーラーもキテる。冗談スレスレのポルタメントがふわふわと美しい。第3楽章なんて、のけぞってしまうこと間違いなしのメロメロ路線。
 シューベルトにしろ、マーラーにしろ、その音楽に潜む毒についてはまったく触れようともしない演奏ともいえる。毒を食らいては毒を吐きまくっているわたしのような人物には、まったく無縁ともいえる音楽なのかもしれないが、ここまで徹底して甘口で攻めてくれば脱帽するほかはない。いやいや、その甘さこそが最大の毒なのじゃぞ、という声が精神の奥から聞こえてきて。

 さらに、新譜ではエヴェレスト・レーベルの復刻第二弾というのも出ている。おほっ、エヴェレストといえば、ステレオ初期に高音質で知られた、オーディオ・マニアにはよく知られたレーベル。中古LP屋などでは、演奏の中身などそっちのけですぐに売れてしまう人気筋だ。
 ソリッドで派手な音作り。ギラついたカラー天然色。それでいて情報量がすごい。まさに下世話なまでに音がいい。だいたい、レーベル名にエヴェレストと付けてしまうこと自体、すでに上品さから離れている(富士山とかも)。それでいて、演奏はB級路線がズラリと並ぶ。いやいや、この組み合わせが実によろしいのでございますよ。

 たとえば、ユージン・グーセンス指揮ロンドン響によるストラヴィンスキー《春の祭典》。グーセンスは英国におけるこの曲の初演者でもあるのだが、これが現代の機能美に満ちあふれた演奏とはまるで違う、いわゆる「ハルサイが恐れられていた時代」の産物なのだ。
 グーセンスは基本的にユルい。オーケストラもユルいわけじゃないだろうが、曲が曲だけに、ヘロヘロになりがち。「いけにえ」の最後なんぞは、もうグチャグチャ。混沌混沌。月島のもんじゃ焼き。
 その様子を、凶悪といっていいほどに明瞭明確な音質で聴くことができる。B級っぷりが白日の下に照らされる、そのすがすがしさよ。なにやら、昼間っから露天でホッピー片手にどて焼き食らっているときのようなほろ酔い気分。ああ、世界はなんて眩しいんだ。

 ストコフスキー指揮ヒューストン響によるバルトークのオケコンも独特だ。やはり、現代のスマートに決まったバルトークとはエラくかけ離れた、郷愁さえ感じるオケコンである。木管がヘンテコにブレンドされて素っ頓狂なサウンドになる様子、ストコフスキーのテキトーにやっているように見えつつ、うまく音色を醸成したり、クライマックスを作り出す手腕も、やはりこの凶悪なまでの明瞭サウンドでよくわかる。
 グーセンスにしろ、ストコフスキーにしろ、二人とも色彩的なのに加えて、音楽が開放的なんだよね。それでいて、サウンドもめちゃ開けっぴろげ。こんな幸せな音楽ってあるかい? なんて思ってしまうくらいに。

 エヴェレスト・レーベルは、もっとノイジーでザラついたサウンドの印象があったのだけど、この新しいマスタリングのせいなのか、思ったよりクリアで清潔に聴こえる。かつてのギラギラがキラキラしている感じ。
 適度にユルくなりたいと思って聴き始めたのだけど、結果として完全にユルくなってしまった。さて、耳の整腸剤、いや、整聴剤とでもいうべきか、グリゴリー・ソコロフ大先生の新譜でも謹聴して、ありうるべき正しいバランス感覚を取り戻すとするか。

(すずき あつふみ 売文業) 

評論家エッセイ情報
※表示のポイント倍率は、
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