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サディストがギュンギュン! 許光俊の言いたい放題へ戻る

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2015年4月13日 (月)

連載 許光俊の言いたい放題 第243回


 この前、スヴェトラーノフのショスタコーヴィチ交響曲第5番について書いた。その際、ある本のためにショスタコをまとめて聴いているというようなことを記したところ、何人かに「その本は何?」と尋ねられた。実は、さる出版社で、片山杜秀氏と交響曲の歴史や名演奏について対談する本を作っているのだ。「この曲はこの演奏がいい」的な文章はもうさんざん書いてきたが、これは、自分で言うのも何だけれど、今までとは毛色が変わっていておもしろいものになりそうだ。
 というのも、演奏主体で見ていくと、やれチェリビダッケだクライバーだケーゲルだということになるのだが、交響曲およびその背景にある文化史なども考えながら語っていくと、あまりそういう話にならないのである。その交響曲の歴史的位置のようなものが念頭にあると、たとえばこれは私が大好きな演奏だけれど、幻想交響曲でマルティノンの名前を挙げようという気は起きてこないのである。そして、ブラームスというと、誰よりもまずフルトヴェングラーの名を挙げたくなるのである。

 さて、ショスタコが生きていた時代に、彼の交響曲をもっとも熱心に演奏した指揮者のひとりがコンドラシンだろう。こわもてソヴィエト指揮者の一角を陣取る、きわめて辛口の音楽をやる人だった。亡命してからまもなく死んでしまったときには、あれは暗殺に違いないという噂も聞こえたことを思い出す。
 が、今になって考えるに、本当に暗殺されたどうかはともかく、コンドラシンのように極度に緊張感が高い演奏する人が長生きするはずもないことは自明だったのではないか。改めて彼のショスタコ第8番の演奏を聴きながら、えらく心臓に負担をかける演奏ではないかと思われてならなかった。モスクワ・フィルを指揮した東京ライヴだ。瞬発力を必要とされる100メートル走をえんえんと続けるかのような趣がある。
 そう、ソヴィエト時代には、コンドラシンとかムラヴィンスキーとか、それにスヴェトラーノフもだけれど、演奏者の体に悪そうな演奏が普通に行われていたものだった。あの頃、風邪をひいたりした楽員はちゃんと休めたのだろうか。今、先進国のオーケストラ団員はユニオンに守られているから、無理をしなくていいことが多いのだろうが。

 ということをついつい考えるのも、最近発売されたフランス国立管弦楽団とのライヴ録音が、これがもうサディストが大暴れという感じのあまりに激烈な演奏だったのだ。
 いったい、フランスのオーケストラからこれほどまでにソヴィエトっぽい音を出させた例がかつてあったか。一番わかりやすいのは、チャイコフスキーの交響曲第4番だろう。何のためらいもなく、一直線に音が耳に突き刺さってくる。
 金管楽器だけではない。弦楽器もすっかりソヴィエト風になっているのにはびっくりだ。響きが分厚くなり、フレージングや抑揚がソヴィエト風というかモスクワ流というかコンドラシンらしくなっているのだ。重たい石をどんどん積み上げていくような音の重なり方も、まったくフランス的ではない。わずかなテンポの動きから生まれる効果も、コケットリーとは無縁。私はフランスのオーケストラが演奏するチャイコフスキーが好きなので、こうしたところをたいへん意外かつ新鮮に感じる。客演した楽団でここまでやれてしまうとは、改めてすごい指揮者だったのだなと思うほかない。
 実は、このチャイコフスキーは、今回発売された中では、一番未完成な部分が多い演奏だ。それだけに、指揮者とオケの距離、そして、指揮者が何をやらせたいか、どこ、どういうところを重要視しているかがよくわかるのである。第1楽章の最後の追い込みなどその典型だ。
 同じ盤の「キージェ注意」、違った、「キージェ中尉」もまさに要注意演奏。オーケストラに傷はあるが、ローカル色が濃厚でとにかくおもしろい。頭の小太鼓のたたき方からして臨場感満点、楽しすぎる。第2曲ロマンスのやりたい放題ぶりもいい。ぐいぐいバリバリがコンドラシンだと思っていると完全に裏をかかれる緩急自由自在。なんだ、やろうと思えばこんな演奏もできるのか。いきなりガシャーンといく結婚式の音楽も実にユーモラス。この作品のコミカルな面をこれくらい鮮烈に表現した演奏は珍しいだろう。ソロや楽器のいちいちがすばらしく生きている。
 この哄笑に満ち溢れた「キージェ」のためにだけでも買う価値があると断言する。いや、この曲に限らず、これほどまでに諧謔に満ち溢れたオーケストラ演奏は聴いた記憶がないかもしれない。

 ショスタコの8番はいきなりガツンと開始される。第2、3楽章があまりにも強烈だ。音色こそフランスっぽく明るいものの、リズムの切り詰め方や無慈悲な管楽器のソロ、容赦ない音の断ち切り方がまさに共産主義的。非人間的超高速腕立て伏せと言おうか、恐怖の大運動会と言おうか、滑舌の明快さが尋常でない。「演奏家はいったいいつ息をすればいいんでしょう?」と心配になるほど追い込んだ音楽だ。なるほど、これは20世紀になって初めて生まれたモダンな美意識なのだと納得できる。

 だが、今回発売された演奏中、私にとってもっとも興味深かったのはシベリウスの第2番だった。異様な密度を持った超硬派。シベリウスというと人がイメージする広々とした感じ、やすらぎ感はきわめて希薄。ものすごい緊張感で音が次の音を呼んでいく。まさに音による彫刻だ。構築美だ。特に第2楽章はギリギリに切り詰められた美しさの極致。
 それにしても、かつてのフランス国立管は、チェリビダッケやコンドラシンに毎度毎度ひっぱたかれ、バーンスタインに踊らされ、いやはや、たいへんな職場だったに違いない。

(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学教授)

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