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「ウネるシューマン&ブラームス」 鈴木淳史のクラシック妄聴記へ戻る

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2015年4月14日 (火)

連載 鈴木淳史のクラシック妄聴記 第60回

 シューマンのヴァイオリン協奏曲。ロマン派の身ぶりがあまりにもキツいので、個人的にはいささか敬遠したくなってしまいがちな曲である。とはいえ、臭くないクサヤも味気なし、現代のスタイリッシュな演奏ではさらに受け付け難くなるのも面白いところで、結局のところ愛聴しているのは、ずぶずぶにロマンティックな(かつ清廉さも備わった)ゲオルク・クーレンカンプの演奏だったりする。例のナチスの肝煎りで実現した世界初録音だ。

 イザベル・ファウストが弾いている、という情報だけを見てサンプル盤を耳にしてみると、最初の管弦楽の序奏で驚歎した。なんというウネり様ぞ。旋律の裏でリズムを刻む弦も、これまで聴いたことがないくらいに雄弁だ。ピリオド楽器によるオーケストラであることは間違いないが、これはいったい誰が指揮しているのか。
 資料に目を落とすと、パブロという文字が視界をかすめた。おう、エラス=カサドなのか。さすが、さすが。シューベルトやメンデルスゾーンの交響曲の躍動感かつ声部処理がたいへん素晴らしかったので、大いに期待している若手指揮者だ。
 
 独奏ヴァイオリンは、さらに表情が濃ゆい。冒頭楽章は主題の歌わせ方もうねうねと悩ましく、経過句である展開部へのブリッジにもなっている上下行も音程が狂ったようなエモーショナルな響き。もし演奏者を知らずに聴いたなら、これがファウストだとは、まったく思わなかったのではないか。もっとソリッドに、キッチリとした筆致で描いてくるイメージだったので。もちろん、そうした印象通りの箇所もある。たとえば、彼女の「粒ぞろいの良さ」は第一楽章コーダ、管弦楽の第2主題部分をバックに弾く技巧的な部分などに出ていて、その使い分けもなかなか効果的なのである。

 そして、何よりも、ソロと管弦楽が溶け合うような響きの整合性がすばらしい。とくに、第2楽章は無常の美しさ。シューマンの一途だからこその不健康かつ豊穣なロマンティシズムのウネりが、実に自然に発露されている。この演奏を聴いた後、これまで気にも止めてなかったこの曲の旋律が何日もアタマのなかをぐるぐるリフレインするのは、思ってもなかったことだった。

 改めて思えば、ファウストは作品のスタイルに敏感な演奏家なのだ。アバドと共演したベルクのヴァイオリン協奏曲のときは、熟れたロマンティシズムと芯の強さを両立させていたし、バッハの無伴奏では均衡美が凛と伝わってくる演奏だった。あたいはあたいの音楽をやるのよ文句は言わせないわよ然とした孤高のソリストではなく、作品や共演者のスタイルと自らの音楽性を照らし合わせ、そこから音楽を作り上げるタイプのようだ。とにかく引き出しが多い演奏家なのは間違いない。

 併録のピアノ三重奏曲でも、シューマンのウネリは止まらない。相変わらず演奏家の名前を確認せずに聞き始めたのだが、こっちのほうの共演者の名前はすぐにわかった。あんなウネり方をするチェロはケラスだけだし、いささかクールな表情でアンサンブルを支えるフォルテピアノはメルニコフだ。
 現在のバイエルン・ミュンヘンのサッカーに喩えるなら、足元がうまいフォワードのレヴァンドフスキがファウストで、変幻自在に攻撃パターンを作り出すロッベンがケラス、そしてここぞというときに絶好のパスを供給してくるシャビ・アロンソ(あるいはチアゴ・アルカンタラ)がメルニコフだ。なんとも贅沢で、素晴らしいアンサンブルじゃないかい。

 ちなみに、今年の東京・春・音楽祭で聴いたメルニコフは、これまでのアンサンブル演奏や録音にはなかった音楽を聴かせてくれた。わたしが聴いたショパンとスクリャービンの一夜は、前半のショパンの前奏曲集を陰影感たっぷり、ポゴレリチを思わせるような強靱な表出力を発揮したかと思えば、後半のスクリャービンは、一音一音くっきりと縁取りされた端正なロシア・ピアニズムを象徴するかのような弾き方なのだった。
 作品によってここまでガラリとスタイルを変えるのかと驚いたが、別の日のショスタコーヴィチやドビュッシーでも、それぞれ同一作曲家にも関らず前半と後半で解釈を激変させていたという。またサッカーの喩えで恐縮だが、前半はスペースを使った大胆で攻撃的なパスを多用、後半はコンパクトなパス回しで崩していこう、というような監督の指示があったかのように。一筋縄でいかぬ、摩訶不思議な器用さ。

 ウネりを感じさせた新譜をもう一枚。ロレンツォ・コッポラのクラリネット、アンドレアス・シュタイアーのピアノによるブラームスの作品集だ。以前、ブラームスは好きで結構弾いてるよ、とシュタイアー自身から伺ったことがあるので、大いに期待していたディスクだ。
 シュタイアーが今回使っている楽器は、1875年製のニューヨーク・スタインウェイ。硬めの音は硬く、柔らかい音はさらにまろやかに響く。その巧みな交代がまるで波のようにウネりまくるのだ。
 一方、ブラームスと同時代のモデルを吹くコッポラのクラリネットは、現代楽器よりも透明感があり、媚びた風の音がしないのが、ブラームスの音楽にぴったり馴染む。
 クラリネットが先行する主題を繰り返すときは、ピアノは硬めにそれを強調、クラリネットと絡むときは柔らかく響きを溶け合わせる。このウネり具合、シューマンと違い、決して一途ではないブラームスのヒネたロマンティシズムだ。

 二つのクラリネット・ソナタの他に、シュタイアーのソロ演奏である《6つのピアノ小品》が収録されているのも嬉しい。
 寂しさがぐぐっと迫ってくるブラームス晩年の作品だが、演奏でそれを強調するのはいかがなものかと思っていた。ブラームス好きにとっちゃ、そんな構ってちゃんなブラームスは、やはり嫌なんだよね。超然としている態ながら、その行間に寂寞をさっくり滲ませなければ。
 シュタイアーのブラームスは、変化に満ちた柔軟な語り口ながら、折目正しさがその底にある。折り目正しさや真面目さというものは、筋を通そう、直線であろうという意志。点の集合である線が一本真っ直ぐに引かれているからこそ、その点と点の合間が気になるもので、その欠損部分に聴き手は抒情やら情感やらを見出してしまうというわけだ。
 第5番ロマンツェの中間部は、とろけそうに甘い。ピリオド演奏は塩辛くていかん、なんていう人もお薦めしたい逸品である。

(すずき あつふみ 売文業) 

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