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ベズイデンホウトのモーツァルト 鈴木淳史のクラシック妄聴記へ戻る

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2016年4月29日 (金)

連載 鈴木淳史のクラシック妄聴記 第63回


 国力を大幅に削いでしまいかねない東京オリンピックは中止にすればいいと希求してやまぬ、きわめて模範的といってよい愛国者の一人ではあるのだけれど、五輪エンブレムにまつわる選考には、なかなかに興味深いものがあった。
 
 なんといっても、エンブレム単体で一つの象徴として機能させるという時代が終わったことを強く印象付けられた選考だったのではないだろうか。二次元、三次元のあらゆるメディア上で自由自在に展開させるため、よりシンプルで色数の少ないものが求められたのだ。
 だから、撤回された佐野デザインや、今回の市松模様状のエンブレムが選ばれた理由はよくわかる。落選作品にありがちな、具体的なキャラが立っているエンブレムは、それを用いた展開には不適当だったというわけである。

 これは音楽でも同じ。ベートーヴェンの音楽が奔放に感じられるのは、その発端となる動機がごくごくシンプルだから。単純な動機だからこそ、あの激しい主題労作が可能になる。彼が変奏曲で用いた主題だって、ほぼ鼻歌といっていいような実に素朴な旋律ばっかり。これだって、ベートーヴェンならではのドラマティックな変奏に不可欠な条件の一つだったのでないか。ディアベリ変奏曲の主題は、さすがにベートーヴェンも当初「なんてくだらねえ主題だ」と呆れたほどだった。しかし、それを用いてあれほど華々しい大曲に仕上げてしまったのだ。

 緩急強弱、巧みにギアチェンジを繰り返すベートーヴェンの変奏曲に対して、モーツァルトの変奏曲は、ドラマティックながらも、流れがいい。モーツァルトは、あのような変奏を軽々と即興演奏した。モーツァルトの音楽を聴くと、ほんのり自由な気分になるのは、その展開の読めなさ、つまり即興性が強いおかげだろう。

 クリスティアン・ベズイデンホウトがフォルテピアノで弾くモーツァルトは、そうした即興性がもっとも味わえる演奏だ。最近リリースされたモーツァルトの鍵盤作品集の第8&9集は、チクルス最終巻だというし、改めて最初の巻からゆるゆると聴き始めてみたのだが、これが小躍りしてしまうほどいい。
 各巻は、ソナタや変奏曲、幻想曲などの小品が種別に収録されているわけでもなければ、時代別にまとめられているわけでもない。その代わり、ゆるやかなコンセプトに貫かれている。たとえば、第4集には幻想曲という柱があり、第5&6集は変奏曲という繋がりでまとめられる。さらに、各巻が一夜のリサイタルをなすように、有機的に構成されている。似た音形の主題をもつ曲がグラデーションのように並べられていたり、ソナタや組曲を拡大するように小品が配置されていたり。

 今回の第8&9集のコンセプトは、即興曲ということになるだろうか。モーツァルトの即興的な書法が際立った作品を散りばめ、この作曲家ならではのヒラメキの爆発をたっぷりと味わえる志向なのだ。チェンバロの技法を意識した最初期のソナタK.279から、最後のソナタK.576まで、収録曲の年代も幅広い。バロックを意識しつつも、完全にモーツァルト節に染め上げられた組曲ハ長調は、あまり演奏されない佳曲。それに続く、メヌエットや小葬送行進曲といった小品がひとまとまりになって配置されているのも素敵だ。ベズイデンホウトの即興性が遺憾なく発揮されているアルバムといっていい。

 ベズイデンホウトの即興性の秘訣は、その繊細にして大胆な音色変化にある。霧がかかったような神秘的な響きを出すモデレーター装置もさりげなく、細やかに駆使するなど、濃ゆさ満点のモーツァルトなのだ。しかし、それと同時にケレン味がいささかも感じられぬ、ノーブルなテクスチュアであることも特筆したい。装飾音も多めだが、それが実に品よく奏でられる。
 ソナタK.332(第3集に所収)のように、デモーニッシュさを垣間見せつつも、何もなかったように、光に満ちた平穏な世界に収束してしまう様子を聴くと、これぞモーツァルトと思う。ベズイデンホウトの音色変化があまりに見事なので、その切り替わりさえ意識しないで聴けてしまうのだ。
 フォルテピアノで弾くモーツァルトなんてザックリ、サクサク進行するだけでまったく味気ないという人に、とくにお薦めしたくなるピアニストだ。


 同じレーベルからは、アンドレアス・シュタイアーのモーツァルト・アルバムも出ている。これもフォルテピアノによる、とんでもなく表情に富んだ演奏なのだが、両者を比べるとその違いがよくわかる。
 シュタイアーの演奏は、構築的だ。演奏にあたって、ガッツリ組み立ててくる印象がある。楽曲をブロックに分解して捉え、それぞれに巧みな変化をつける。聴き手にも、そんな切り替えを意識させる。だから、彼のソナタ形式の作品は実に聴き応えがある。ただし、変奏曲を弾いても、ベートーヴェンさながらの巧緻さも顔を覗かすので、ソナタっぽいドラマトゥルギーも出てしまいがち。
 トルコ行進曲などは、いかにも即興性をクローズアップしたかのような演奏者独自の版で弾くのだが、これがまた「効果を高めるために、しっかり準備してます(キリッ)」といった風情が隠せない。綿密なる熟考の上、キチンと譜面に書いてから演奏会で披露、というシュタイアーのキッチリした性格が出ているような。
 
 ベズイデンホウトのトルコ行進曲(第5集に所収)は、それに比べれば、拍子抜けするほどにするすると流れる。シュタイアーをはじめとして、このベタベタな泰西名曲をヨソ様と違うふうに、いかに変わったことをしてやってけつかるかといった古楽的奇想に乗じることなく、まるで感性がめっぽう鋭いお姉ちゃんピアニスト(もちろんモダン楽器で)が気ままに弾いているような、自然体。そして、なんといっても、装飾音が軽やかに、表情豊かに奏でられていることか。

 自由とは一人ひとりの心のなかからじわじわとあふれ出てくるもの、ということを実感させてくれるのが、ベズイデンホウトのモーツァルト演奏だ。
 一方で、自由とは闘って勝ち取るものだべさ、というベートーヴェンのような考え方もある。それぞれ個人のあいだから湧き出てくるものを社会という場に適応させるには、他者とお互いのそれを付き合わせる必要が出てくる。もちろん、モーツァルト作品にだって、そういう公共性とは無縁ではない。先日亡くなったアーノンクールの指揮した交響曲演奏は、弁証法的調和を目指し、ファイテング・スピリッツを前面に出す。
 鍵盤独奏曲というパーソナルなスタイルから導かれる、ほのかな自由な境地。交響曲という、公共性の創造のための原動力かつ目的ともなる自由な精神。ベザイデンホウトとアーノンクールの二つのモーツァルトを交互に聴く日々が続く。

(すずき あつふみ 売文業) 

評論家エッセイ情報
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