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2016年6月20日 (月)

連載 許光俊の言いたい放題 第247回


 ズバリ、今、現代オーケストラで絶対に聴いておくべきは、ラトルが指揮するベルリン・フィルである。これはもう100%断言できる。
 思い起こせば、かつてラトルが首席指揮者に着任したとき、非常に多くの人が期待してベルリンまで聴きに行った。新譜も待望された。
 だが、今にしてみれば、焦る必要はまったくなかったのだ。いかにラトルとはいえ、またベルリン・フィルとはいえ、すぐに狙った通りの完璧な演奏ができるわけではない。期待が高すぎたがゆえに、私も含めあまりにも多くの人がその当然すぎる事実を忘れてしまったのだ。
 なるほど、注目すべき、また意欲的な企画や公演はあった。しかし、薄っぺらな演奏も多かった。試行錯誤はもちろん当然ではあるが、あまりにも方向性がめちゃくちゃだった。古楽を取り入れるかと思えば、フルトヴェングラー風もやってみる。器用なところが裏目に出て、ついにラトルはコスプレ指揮者と揶揄されるまでに至った。そんな指揮者とオケの様子を見て彼らの演奏に興味を失ったマニアを私は何人も知っている。
 現在からみれば、理由ははっきりしている。ラトルはまだ若かった。やってみたいことはいろいろあっただろう。オーケストラにも問題があった。楽員にはまだカラヤン礼賛者が少なからず残っていた。アバドの下で好き勝手をやることに慣れてしまった勘違い連中も多かった。これでは練り上げられた演奏ができるわけがないのである。
 だが今、ラトルとベルリン・フィルは熟成しきったものすごい状態にある。何事にも時間というものが必要なのだという当たり前のことを痛感させられる。日本でもつい先ごろベートーヴェンの交響曲の公演が行われた。私はベルリンで聴いたが、第1番の愉悦感、「田園」のあまりにも洗練された人工美、第7番におけるかつて聴いたことがない精緻とエネルギーの共存。すべての曲が最高というわけではないが、いくつかの曲ではまさしく比類のない演奏が行われていた。演奏の価値とは何か。「これはこの人にしかできない」ということをやることだ。しかも、徹底してやることだ。その点では最高に価値ある演奏だった。


 そのベートーヴェン全集のCDを私はまだ聴いていないが、それは別として、目下のところ彼らの到達点を見事を示しているのはシベリウス交響曲全集に違いない。オーケストラが制作したセットだ。
 ラトルはかねてからシベリウスが好きで、EMIにたくさんの録音がある。他方、ベルリン・フィル、いやここに限らないがドイツの楽団はシベリウスにあまり関心を示さない。チケットの売れ行きという点でも、あまりやりたくない曲目に違いない。なのに、あえて指揮者の希望で実現したのが全曲チクルスで、ベルリンやロンドンで行われた。
 第1番はメリハリ、抑揚を大きくつけたロマンティックな演奏。この曲はこれでいい。いや、これがいい。各楽器クローズアップ型の録音ゆえ、全体の表現力や迫力が減じてしまっていて、特に聴き始めは物足りなさを覚える(私の経験では、こういうタイプの録音は、スピーカーではなく、あえてヘッドフォンを使って聴いたほうが本来の魅力が味わえると思う)。
 だが、このオーケストラならではの、大きな塊となって音が襲いかかってくるような力強さが徐々にわかってくる。抒情的な部分でのテンポの落とし方、そこから劇性を高め緊密感を増していく様子、こういう変化がすばらしく堂に入っている。
 第2楽章では、弦楽器の多彩な表情に耳が吸い付けられる。木管楽器も楽しそうだ。いいですか、これは上手だけど冷たく、きわめて即物的な音を出していたオーケストラの演奏なのですよ。これだけ聴く人にはわからないかもしれないが、ベルリン・フィルがこういう表情的な演奏をするようになったのは、わずかここ数年のことだ。
 第3楽章はまるで東欧の国民楽派のようなローカルな味がある。いや、この楽章だけではない。この作品全体がそう聞こえる。狂ったような追い込みの荒々しさもよい。
 一転してフィナーレ冒頭のすごい嘆き節。そのあとのウネウネと濃厚な歌いまわし。繰り返すが、これはウィーン・フィルではない。ベルリン・フィルですよ。なのに、指揮者もオーケストラもノリノリのやる気満々を隠そうとはしない。加速、減速思いのまま、とうとう蛮族が踊り狂うかごとき修羅場に到達。さらに粘りに粘る曲尾へ。機敏であり、同時に馬力がある。
 私はかつてある雑誌に、「ベルリン・フィルが、こんなにうまくなくていいから、もっとあたたかみのある演奏をしてくれる日がいつかくるだろうか」と書いたことがある。ところが、本当にそういう日がきてしまったのだ。しかも、うまいままで。

 第2番は第1番ほど大芝居を打っている感じはしない。第1楽章は案外モダンで運動性が強い。とはいえ、やはり緩急大きく音楽をゆすぶっている。ぐっとブレーキを踏んだときの安定感は速度だけの問題ではない。重み、音色が一体となってこそだ。指揮者とオーケストラの関係ができあがっていないと怖くて仕方がないような場面が連続する。ゆっくりした部分の音楽が伸縮自在だ。最近のラトルの指揮は、単に拍子を取る指揮ではなく、音楽の起伏を表す指揮にますます傾斜している。
 フィナーレのいつ果てるともなく膨張が続いていく様子がすさまじい。何だかチェリビダッケみたいだ。この曲をラトルとベルリン・フィルは時々演奏していたが、こんなにすさまじかったことはないかもしれない。しばしばこの楽団の大音量は、ただ音がでかいだけではないかという無機的な感じがしたものだが、この場合は実質を感じさせる。


 しかし、である。実はこの第1番、第2番はまだ序の口なのだ。このセットでさらにすばらしいのは第4,6,7番だ。聴き進めてくると、シベリウスの書法がどんどん密度が濃くなるのがわかる。そして、演奏からは(よけいな)味付けが少なくなる。
 第6番の頭など、ごく当たり前に美しい。演奏家の技や個性よりも曲の美しさを痛感させる。緻密なアンサンブルがそのまま曲の美しさになる。第1番のもしかしたらサービス過剰すぎる演奏とは対極だ。
 第7番のしみじみ感もいい。音の重なり合いも、決して物量作戦的ではないのにすばらしい充実感だ。これを聴けばわかるが、ラトルはとうとう音楽を止めることができるようになったのだ。時間と空間が一体化するのだ。これができる指揮者は、昨今ほとんどいないのではないか。フーガでもソナタ形式でもない、まったくシベリウス独特の不思議な音響と時間の世界、それが堪能できる。
 シベリウスの交響曲全集は、案外いろいろある。しかし、目下のところ私がもっとも推奨したいのは、このセットを置いて他にない。

 ラトルとベルリン・フィルは春には「トリスタンとイゾルデ」を上演した。圧巻だった。「愛の死」に至ってとなりのおばあさんも、前のおじいさんも泣き出してしまった。いったい彼らが最後に恋をしたのはいつだろう。私は演奏のすごさに感銘を受けると同時に、その音楽が聴衆を泣かせている事実にも打たれた。
 ちなみに、ラトルはウィーンのオペラに残されているカルロス・クライバーの書き込みを研究して大いに得るものがあったという。そんなことをインタビューで言ってしまうのもラトルらしいが、物まねくさくないのが熟成の証だ。
 あとつぎが決まっても、ラトルとベルリン・フィルの演奏はまったく質が落ちない。むしろ、最後に向かってますます輝きを増しているようだ。

(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学教授)


評論家エッセイ情報
ベルリン・フィル・ラウンジ:ラトル、シベリウスを語る
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