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サヴァールのベートーヴェンは弦楽器に注目! 鈴木淳史のクラシック妄聴記へ戻る

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2016年7月11日 (月)

連載 鈴木淳史のクラシック妄聴記 第64回


 ブーレーズ、アーノンクールに冨田勲、自分に少なからぬ影響を与えた人たちが次々に息を引き取ってなっていくなあ、今年は喪中に夢中よのう、と思っていたら、今度は実父を亡くしてしまった。クラシックはそれほど聴かなかったが、オーディオにはこだわった父は、死ぬ直前まで、新しく買ったテレビの音が悪すぎると文句を言うような人だった。冨田勲の音楽も、彼のコレクションを勝手に聴いたことから好きになったものだし。
 生まれて初めて喪主という立場になり、告別式の喪主挨拶では「ジュ・スイ・モッシュー。コマンタレブー?」などと切りだそうかと、ふとアタマを過ぎったものの、あまりにも場が凍りつきそうなのでやめた。まだまだチキンがハートだ。

 そんな罰当たりなことをし損なったわたしが、家に帰って耳を傾けるのはベートーヴェン。
 ちょうど、ジョルディ・サヴァールが指揮したベートーヴェンの交響曲第3番が、やっと復活した。かつてAUVIDISレーベルからリリースされていた演奏だが、ALIA VOXレーベルの旧譜SACD化の一環として蘇ったのだ。
 サヴァールと彼が率いる古楽オーケストラ、ル・コンセール・デ・ナシオン唯一のベートーヴェン録音であり、どう考えても、彼らのレパートリーからもっとも外れている演奏であることは間違いない。

 滞りのない高速テンポに、歯切れ良いスタカートでリズムを明瞭に打ち出す。鉄壁のピリオド・スタイルといっていいが、なんといっても、透明感あるバランスのなか、響きの明るさ、和音の多彩さがぐんと際立っている。
 くすんだ響きの金管楽器や流麗な木管に耳を奪われがちだが、弦楽のアンサンブルがとてもユニークだ。まさしくヴィオール合奏のような精妙さなのだ。フーガを奏でると、ヴィオール・コンソートが演奏したバッハの《フーガの技法》のように響く。
 通奏低音のようにふわっと軽いチェロ、そしてしっかりとオブリガートを示してくれるヴィオラもいい。そして、それぞれの声部がエロティックに絡み合うのがサヴァール流だ。
 
 第1楽章は、深刻ぶらず、勇壮さのなかにも、ふわりとした明るい光が差し込む心地良さ。第2楽章も湿っぽくなりすぎないところがいい。木管あるいは内声部の細やかな動きが、後半にかけて実にエモーショナルに鳴り渡る。
 そのなかでも、変奏形式で書かれた第4楽章に、もっともサヴァールらしさが現れているのではないか。それぞれの変奏の描きわけが、まこと細緻なのである。

 その変奏の一つは、まるでリュリのバレのように響く。この交響曲は、ベートーヴェンが共和制を待望しつつ書いた曲。それを王宮のなかで王が踊るために書いた曲に重ね合わせてしまうとは、とんだ冒涜かもしれないが、闘ってるうちに敵にその姿が似てくるのは珍しい話ではない。優れた演奏は、そんな誰も意識しないような機微にも触れてしまうものなのだ。
 ティンパニを硬そうなマレットでドコドコ叩いているのは、あの中世の宗教画から出てきたみたいな風貌のペドロ・エステバン。アラブの打楽器はお得意だが、まさかベートーヴェンのシンフォニーでティンパニを叩いちゃうとは。

 《コリオラン》も、やはり弦楽器のアンサンブルが実に面白く聴けた。ヴィオラの細かな動きがハッキリしているのも好み。デュナーミクも大胆。
 バロック寄りの解釈ともいえるかもしれないが、綿密に時代考証しつつも、正統といった概念に囚われず、自分たちにしかできない音楽をしっかりと実現しようとする姿勢がいい。さすが快楽を優先する男サヴァール。

 二年ほど前だったか、サヴァール本人にインタビューしたときに、この録音について訊ねたことがある。なぜ、ベートーヴェンを録音しようと思ったのかと。返ってきたのは、「映画《めぐり逢う朝》のサントラがたくさん売れて、予想外のお金が入ってきたので、編成の大きな曲を演奏できたんだ」と実に呆気ない答えだった。
 なるほど、もっともっと彼らのディスクがたくさん売れたら、今度はマーラーのシンフォニーなんかも録音してくれるかもしれぬなあ、そりゃあ至極たまらんなあ。マーラーのなかに潜むバロック要素が眩い光の下で示されるよなあ。などと、妄想にしっぽり浸ってしまう初夏なのであったよ。太陽が眩しい。

(すずき あつふみ 売文業) 

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