奇跡の「第5」

2020年12月28日 (月) 19:59 - HMV&BOOKS online - クラシック

連載 許光俊の言いたい放題 第284回


 2020年、もっとも損をした人のひとりは、間違いなくベートーヴェンであろう。本来なら生誕250年、世界中がベートーヴェン漬けになるのではないかという、始まる前から満腹してしまいそうな計画が各地で発表されていたわけだが・・・大部分が吹っ飛んだ。
 前にここでも書いたロトは交響曲第5番のCDを発表した。いったいどんななんでしょう? もちろん、あちこちに小技が効いている。おもしろい。聴いて損はない。
 それよりもぶっ飛んだのは、第1番から5番までを収めたサヴァールの交響曲集だ。ぶっ飛んだなんてはしたない表現を使いたくなるほど超衝撃的、唖然茫然口あんぐりのすごい演奏だったのだ。
 実は正直なところを言うなら、サヴァールは完全に盛りを過ぎたと私は思っていた。人間が年を取るのは当たり前のことだ。指が動かなくなり、音楽から緊張感や生気がなくなっていくのは仕方がない。非難するほうがおかしい。誰しも年を取るのだから。ともかく、衰えを感じさせるコンサートをいくつか聴いて、もうサヴァールは聴きに行かなくてもいいかなとまで思っていたのだ。ゆえに、ベートーヴェンの交響曲を各地で指揮するプランが発表されても、ほとんど興味を持てなかった。
 だから、期待もなく聴き始めたこのアルバムなのだが、まずは第1番からして、お、わりといいじゃないかと思った。普段ベートーヴェンなど演奏しない楽団から、それらしい音がしている。アメリカや日本のオーケストラとは根っこが違うのだ。
 そして「英雄」がさらにすばらしい。が、あえて今回はこれについて書くのはパスしよう。長くなりすぎる。
 真に驚くべきは第5番だ。これはすごい。本当にすごい。この曲で、こんな斬新な演奏があったのかと、知っている人ほど驚くだろう。斬新、って新しいだけじゃないですよ、変わっているだけでなくて、いいんですよ。もちろんそういう意味。
 第1楽章、例のタタタター、かつてはターをどれくらい伸ばすかということをマニアがうるさく言ったものだが、古楽器の時代になって、実は重要なのは長さではなくて、和声感だということがわかった。その典型。
 で、この演奏、高齢者が指揮しているとは思えぬほど快速、溌剌。南欧人の常として普段は夕食がきわめて遅いサヴァールは、ダイエットに励んだというが、その効果なのかどうか、畳みこんでいくところの痛快なこと。くさびを打ち込む金管楽器の鋭さ。裏拍のリズムの効いていること。もしかして、当時の人々を驚かせたほど新しい音楽の作曲家ベートーヴェンは、本当にこういう音楽を考えていたのではと思いたくなる。
 そして、全体の緊密さ。すっきりと見通しがよくて、立体感があり、全体の厚みも十分以上。普段バロックをやっている人たちが、その気になるとこんなベートーヴェンができてしまう。まったく空恐ろしいほどの実力、そして文化的な蓄積、背景だ。
 第2楽章は、短めのリズムや音型が重ねられる第1楽章に対して、長めのフレーズで作られる音楽だ。速めのテンポが、かえってそれをはっきりさせる。音程のいいバスが実に気持ちよい。ヴィブラートを減らす効果は、このような音程や和声の感覚が伴ってこそ、真に大きい。それでいて強弱の塩梅、微妙な表情、これは意外にもウィーン風だ。
 だが、いっそう衝撃的なのは、それ以後である。第3楽章。低弦のうねり、それに応じる木管、金管。あっと思った。まるで「幻想交響曲」のフィナーレのようだ。「怒りの日」が聞こえてきそうだ。ベルリオーズがベートーヴェンを崇拝していたことはよく知られている。ところがまさか、「幻想」のあれは、第5からアイデアを頂戴していたのだ(ついでに言うと、「幻想」の固定楽想は、第5の第1楽章から)。
 ところが、フーガ的な部分になると・・・。今度はまったく別の遊戯性が顔を出す。でまた低弦。ひっそりして、また「幻想」。金管で裸で出てくるこの曲のモチーフは「怒りの日」。ともかく、この楽章がこれほどまでにおもしろいとは。各自勝手にやっていますみたいな風でもあって、そこも新しい感じ。マーラー的な、アイヴズ的な。そして、最後はなんと悪鬼どもの踊りになって長大なクレッシェンドにつながる。なんという手の込んだ音の遊びだろう。


 そしてまた新たな驚きが待っているのがフィナーレ。フルトヴェングラー、あるいはケーゲル、アーノンクールとは違った、朗らかな歓喜、肯定感、熱量。満面笑顔のティンパニ。繰り返しても全然だれない。さして大編成でもないのに(コントラバス3本)、スケールも雄大。
 最後の追い込み方は、これ、第9じゃん??? そうなのだ、第9の祖型はここにあったのだ。心を同じくする人々と天上に駆け上がってしまうのだ。こういうイメージでここを演奏した人、ほかにいたっけ? 今、この場所で勝利するというイメージではなくて。ああ。
 もしこれをサントリーホールでやったら、禁止されているのも忘れてブラヴォーを叫びだす人が続出するに違いない。いや、マスクをむしり取って叫ぶのではないか。誰がそれをとがめられよう。ともに幸福と歓喜に酔いしれるのではないか。
 繊細にして大胆。野趣と洗練。細部が生きているのに一体感。斬新なようでオーソドックス。まったく大したものである。すごい曲のすごい演奏だ、つくづくそう思わされる。
 第5番は、まずフルトヴェングラーを聴かなければ、いやクライバーだ、いやいや・・・。そんな話は馬鹿馬鹿しい。ただの思い込みである。今には今のベストがある。もし、まったくの初心者がこの曲を聴きたいと言ったら、私はこのサヴァールを推す。強力推薦、大推薦、ぜひ打ちのめされてください。
 このベートーヴェンの交響曲を演奏するために、サヴァールはヨーロッパの複数個所でオーディションを行い、メンバーを集めたという。やる気満々だったのだろう。そして、奇跡的な演奏が生まれた。
 もう盛りを過ぎただなんて、御見それしやした。このうえは、地面に額を擦り付けて、第6番以後の録音もお願い申し上げる。

(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学教授)

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サヴァール

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