【特別鼎談】橋本徹の「usen for Cafe Apres-midi」 20周年記念コンピ『音楽のある風景〜ソー・リマインディング・ミー』発売記念スペシャル企画!

2021年12月24日 (金) 16:00

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稲葉昌太(以下、稲葉):昨日このコンピレイションのマスタリングをしまして、スタジオで橋本さんがずっと目を閉じながらうっとりと聴き入ってたのがとても印象的でした。僕も一緒に聴きながら、ああ、いいものができてよかったなと思っていて。

橋本:まず今回、セレクター仲間から最初に収録希望曲を募ったときに、想像以上に個人差が激しくてこれはどうなるのかなあと思っていたんだけど(笑)、楽曲のアプルーヴァルが進んでいくうちに、曲順を組んでみたら、最初からこれを狙っていたかのようなところに落ち着いたというか。めちゃいいものになりましたよ(笑)。スタジオでちょっと感動してしまいましたね。

「usen for Cafe Apres-midi」では毎年恒例で年末年始に年間ベスト・セレクションということで、それぞれのセレクターが1時間ずつ選曲をしていくんだけど、それが例えば駅伝だとすると、このコンピレイションCDは17人によるリレーのようだなと。バトンタッチもばっちりで、最初からその曲があるべきところにあったと思えるくらいに、選曲のリレーが、グラデイションやコントラストを含めて絶妙なものになっていて。特に中上(修作)くんが選んだレミー・ル・ブーフの曲はマリア・シュナイダーみたいなところもあって僕も大好きなんだけど、ちょうど折り返し地点のようになっていて、それ以降の後半の曲の流れとか、目をつむって聴いていたらかなりヤバかったね。あと、これは予期していなかったスウィート・サプライズなんだけど、ブルーノ・ペルナーダスの「L.A.」の途中には「Merry Christmas & A Happy New Year」というフレーズが入っていたりして、そんな偶然にも感動しながら聴いていましたよ。

吉本:僕も通して聴いてみたけど、今回の流れは本当にいいと思ったよ。1曲目のルース・ヨンカー&ディーン・ティペットから17曲目のスコット・オーまで、まるで「usen for Cafe Apres-midi」のお昼の1曲目から始まって真夜中のミニュイ(Minuit)で終わるあの流れを感じさせるくらいスムースだった。特に印象的だったのは、レミー・ル・ブーフのラージ・アンサンブルからキーファーのキーボードやシンセのアンサンブルに変わる、音楽ジャンル的にはつながりがなさそうなんだけど、アンサンブル的な響きがどことなくつながっていて、いかにも「usen for Cafe Apres-midi」らしいつながりだったところとか。橋本くんがかつて選曲した『コスメティック・ルーム・ミュージック』のジョン・コルトレーンの「My Favorite Things」から、アストラッド・ジルベルト&ワルター・ワンダレーの「Tristeza」のスキャットへの場面転換の手法に近いかもしれないね。

橋本:そう、まるでゴダールのジャンプ・カットのような(笑)、なんて昔よく言ってたね。「usen for Cafe Apres-midi」やBGMの選曲で感じたことなんだけど、すごく丁寧にグラデイションを作るより、ジャンプしてしまった方がフレッシュに聴こえることがあるよね。頭で緻密に選曲しても、決してそれが心や身体にベストかっていうと違うなと。偶然性を大事にしたいというか。

吉本:あとは、デヴィッド・F・ウォーカー「Lay It On Me」からロージー・フレイター・テイラー「Be So Kind」への流れとか。アコースティック・ギターのイントロで一瞬空気感が変わるんだけど、そこからまたメロウなヴォーカルが入るところなんかは、曲の流れを考えて選曲しているからこそのつながりで、ハンドメイドで一曲一曲選曲している「usen for Cafe Apres-midi」ならではだと思うんだよね。

橋本:例えば、このコンピレイションCDに収められた17曲をシャッフルして聴いたら、それぞれの曲の魅力は半減してしまうと思うんだよね。いろいろなタイプの曲があるし、アプルーヴァルが取れた曲のリストを見たときには、これでまとまるのかなあと思ったんだけど、昨日スタジオで聴いていて、曲順を直感に基づいて組むことで結果的にお互いの曲が引き立てあってるなと、深く感じたんだよね。前半から中盤はメロウ&グルーヴィーなとても親密な流れで、マーヴィン・ゲイのグレイト・カヴァーを始め、それこそ「街に愛される音楽」というか、FMフレンドリーと言ってもいいと思うんだけど、実は後半のデヴィッド・F・ウォーカー以降の流れが本当に感動的で、心の深いところに響いてきて。haruka nakamuraの「Reflection Eternal」が流れてきたときは、Nujabesの魂と、その志を継ぐ残された者の思いが宿っていて、涙出そうになってしまったり。そこからアンカーの僕が選んだエンディングのスコット・オーの大好きな曲「Know U」への流れも完璧でしたね。

吉本:うん、本当に曲の並びってすごく意味があるよね。こういうところも楽しみ方のひとつだし、AIが生成するプレイリストの曲順とはまったく違うっていうことを気づいてもらえたら嬉しいな。あとは、個々の収録曲をみても、サウンド的には極北のスコット・オーから、南の果てのブーブーズ・オール・スターズまで幅広く選曲されていて、それって橋本くんがよく言っていた「選ぶ音楽の境界線をどこまで拡げられるか」っていうことだし、もっと言えば「サバービア」的な音楽の聴き方そのものなんだよね。“ジャンルではなくテイストで聴く”っていう。

山本:この“ある種のテイスト”というのが、サバービアにしてもカフェ・アプレミディにしてもフリー・ソウルにしても最大の魅力であると思います。

橋本:曲目リストだけ見るとバラバラのようで、実はある種のテイストに貫かれているんだよね。17人のセレクターがいて、常に打ち合わせをしているわけじゃないんだけど、皆が少しずつ変化して選曲の枠が少しずつ拡がったりしながらも、ジャンルをこえて同じテイストが基本にあるっていう。昔よく吉本くんと話していた”Wave”と“Tide”の話がこれにはすごく当てはまると思うんだけど、日々の風向きで方向が変わる表面的な「波(Wave)」と、普遍的で変わらず、同じ方向に向かっている「潮流(Tide)」があるっていうことだよね。「usen for Cafe Apres-midi」ではずっとこういうことが起きていて、そのある断面を切り取ったのがこのコンピレイションで、ジャズ、ソウル、シンガー・ソングライター、ブラジル、フォーキー、ピアノ、レゲエからメロウ・ビーツまであるけど、こういういろんな「波」が集まってひとつの大きな「潮流」が生まれていることが、聴いた人に伝われば嬉しいなと。

吉本:その「潮流」の原点は、やっぱり橋本くんが始めたサバービアだったと思うよ。

山本:前回の15周年コンピ『Music City Lovers』は当時のシーンを代表するようなアーティストがずらっと並んでいましたが、今回はさらに濃いラインナップというか、17人の個性的な選曲家メンバーによるこの5年間の選曲がすごく表れているなと思いました。

橋本:マスタリング・スタジオで稲葉さんも言っていたけど、山本くんがナタリー・プラスの「Never Too Late」を選んだことが、クワイエット・コーナーにも通じる山本くんらしさがありつつも、ちゃんとアプレミディらしさを備えていていいですね、と。

山本:僕はランチタイムからティータイムの選曲を担当しているので、そういう場面で不特定多数の耳に入る音楽っていうのを意識しながら、同時に自分らしさも表現したいなと思っていて。個人的にナタリー・プラスは現代のジャッキー・デシャノンじゃないかと思っていて、30年前のサバービアのディスク・ガイドに掲載されていた『Me About You』に通じる、白人女性ながらソウルフルな感じとかが、アプレミディの世界観につながるなと。

稲葉:山本さんもそうですが、吉本さんの選曲にも同じようなことを感じました。僕はずっとバー・ブエノスアイレスの活動でご一緒してきているので、吉本さんが今回UKブルー・アイド・ソウルなデヴィッド・F・ウォーカーの「Lay It On Me」を選んだのも、いつもの選曲に親しんでいる僕にとっては新鮮な気がしました。

橋本:そこは僕もすごく話したいところで。吉本くんがここ数年、UKブルー・アイド・ソウルやメロウ・ビーツを中心に、まだ配信でもアルバムが出ていないようなアーティストの素敵な曲をたくさん見つけてきていて、その選曲の冴え具合とディグする心が素晴らしいなと。

吉本:デヴィッド・F・ウォーカーには思い出があってね。僕はこの曲を2018年の「usen for Cafe Apres-midi」の選曲のベスト・セレクションにも選んだんだけど、そのときに橋本くんから、すごく良かったよって言われたのをよく覚えているんだ。僕は日曜日の18時から22時までの選曲を担当していることもあって、その時間帯の選曲のキーワードは「メロウ」ということなんだけど、新鮮さを保ちながら、メロウでビートもほどよくまろやかで、余白のある音を選ぶっていうことをずっと意識していて。

橋本:6週間ごとに選曲を更新しているわけだけど、吉本くんの最近の選曲には必ずこういう曲が入っていて、本当の意味で街や時代の空気を感じながら、自分らしさを失わずにアップデートしているなという印象を受けていて、その象徴的な曲としてデヴィッド・F・ウォーカーを出してきてくれたことは嬉しかったね。

吉本:自分らしさがないと、単に新しい曲を集めたプレイリストなんかと似たり寄ったりになってしまうしね。20年間このチャンネルの選曲をさせてもらってきて鍛えられたというか、自分がリスナーとしてどこかの空間で聴いていたとして、100%満足できるようにするにはどうすればいいかを常に考えて選曲しているよ。

橋本:ここは本当に重要なことで。今ってメディアがその週の新曲を全部集めたようなプレイリストってたくさん存在するから、どのプレイリストにも同じような曲が入っていて。まあそのおかげでアーティストの収入や売り上げが上がっていくなら、一概に否定するつもりはないけれど、それは本当に人の手と心で選曲されているものではないからね。そんな時代だからこそ、人の手や心が関わると、選曲はここまでいいものになるんだってことを感じてもらえたら嬉しいなと思っています。

稲葉:12月24日にこのコンピレイションCDが世に出るわけですけれども、タイトルは『音楽のある風景〜ソー・リマインディング・ミー』になりました。

橋本:さっきの話題ともつながるけど、『音楽のある風景』は2006年に出した本と、2009年に始めたアプレミディ・レコーズの最初のコンピCDシリーズのタイトルだったこともあって、大切な言葉で。これからどんどんCDが作りづらくなっていくことが予想されるなかで、必然性のないタイトルはつけたくないなと。そしてサブタイトルは、『音楽のある風景〜春から夏へ』に収録したグラジーナ・アウグスチクの「So Reminding Me」という、初期のアプレミディや「usen for Cafe Apres-midi」でもっとも人気があった曲で、今回ヒロチカーノが思い入れたっぷりに素敵なカヴァーを選んでいる曲の名前で。2009年からの12年間って世の中も大変なことが多かったけど、僕らはカフェ・アプレミディやアプレミディ・レコーズを始めた頃のワクワクした気持ちを忘れていませんよ、とリスナーの皆さんにも自分にも伝えたかったというのもありますね。

吉本:僕たちの原点だよね。20年間変わらなかったものが形になった。

橋本:まさに。ソウル・ミュージックの世界でよく言う、「変わりゆく変わらないもの」と言ってもいいかもしれないけど。

山本:それぞれの選曲家とリスナーの20年がここに込められていますね。

橋本:あと、パッケージ・デザインもぜひ実際に見ていただきたいですね。10周年コンピの『Haven't We Met?』は仲間が集まってハンドメイドでラッピングしたけど、今回もひと手間が加わっているし、以前にも増して“モノ”としてのCDの魅力、価値っていうのを大切にしたいなと。

山本:普段「usen for Cafe Apres-midi」を聴くことができない人は、ぜひこのCDでその雰囲気を楽しんでいただきたいですし、プレゼントやギフトとしてもぴったりですよ。

橋本:プレゼントしたくなるようなものを作りたいっていうのは、常にありますね。

吉本:自分でレーベルもやっていて思うけど、最近は特に、モノとしての良さや価値がないと、配信が増えた時代の中でCDを作ることの意味合いが半減してしまうように感じるよ。部屋に飾ってもらえるようなデザインだったり、もらったときに心が躍るようなパッケージだったり。

橋本:選曲にしてもパッケージにしても、細部に宿る思いっていうのが伝わると嬉しいよね。

稲葉:レコード会社でCDを作っている者として、「usen for Cafe Apres-midi」の20周年アニヴァーサリーに携わることで、これからの5年・10年に対する指針が見えてきたような気がします。

山本:こういう時代だからこそ、人の気持ちや温もりがこめられた選曲を聴きたいですね。今日はどうもありがとうございました!



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国内盤CD

音楽のある風景〜ソー・リマインディング・ミー

CD

音楽のある風景〜ソー・リマインディング・ミー

価格(税込) : ¥2,970

まとめ買い価格(税込) : ¥2,524

発売日: 2021年12月24日

注文不可

ジャズ、ボサノヴァ、メロウ・グルーヴ、フォーキー・ソウル、ソフト・ロック、シンガー・ソングライター、AOR、ラヴァーズ・ロックから、アーバン・メロウなクラブ・ミュージックやチルアウト/アンビエント、クラシック〜映画音楽まで、「街の音楽を美しくする」という希いをこめたオール・ジャンル・ミックスによる心地よい選曲で、季節の移ろいや一日の時間の流れにあわせた極上のグッド・ミュージックを届けてきた「usen for Cafe Apres-midi」。

その20周年を記念し、17人の選曲家がそれぞれの思いの詰まった「この1曲」をセレクト、計17曲もの現在進行形カフェ・アプレミディ・クラシックを贅沢に収録。マーヴィン・ゲイ〜キース・ジャレット〜リアン・ラ・ハヴァス〜Nujabesの珠玉のリメイクから絶品のオリジナル曲まで、タイムリーにしてタイムレスな輝きを放つ永遠の名作が80分近くにわたって連なる、音楽を愛するすべての人へ心をこめて贈りたい至上のコンピレイションです!

01. Lorelei / Roos Jonker & Dean Tippet

02. Woman Of The World / Emma Noble

03. Never Too Late / Natalie Prass

04. So Reminding Me / Agata Pisko & Werner Radzik

05. Saudade / Antonio Loureiro

06. Pacific Sketches / Naive Super

07. Unstoppable / Booboo'zzz All Stars feat. Celia Kameni

08. Misery Luv / Sulu And Excelsior

09. Strata / Remy Le Boeuf

10. What A Day / Kiefer

11. Love Streams / Night Beds

12. Lay It On Me / David F. Walker

13. Be So Kind / Rosie Frater-Taylor

14. L.A. / Bruno Pernadas

15. Oh I Miss Her So / Holy Hive feat. Mary Lattimore

16. Reflection Eternal / haruka nakamura

17. Know U / Scott Orr



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