【インタビュー&独占選盤】「シティポップの基本」がこの100枚でわかる!栗本斉インタビュー

2022年03月28日 (月) 00:00

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 音楽ライター/選曲家として活躍する栗本斉さんによる著書『「シティポップの基本」がこの100枚でわかる!』が出版されました。昨今、音楽シーンを賑わす“シティポップ”をテーマに、1970年代から現在までの必聴の100枚を厳選し、丁寧なレビューともに紹介されています。今回は、その出版を記念して著者の栗本斉さんのインタビューを行いました。

(インタビュー・文/山本勇樹)

「シティポップの基本」がこの100枚でわかる! 星海社新書

「シティポップの基本」がこの100枚でわかる! 星海社新書

栗本斉

価格(税込) : ¥1,100

発行年月: 2022年02月


―― 栗本さんにとっては久しぶりの単著の書籍ですが、まずは仕上がりをご覧になっていかがですか?

約9年ぶりに著作を発表できたことは、純粋に嬉しく達成感があります。ここ10年くらいの間にシティポップに関する原稿をかなり書いてきたこともあって、ひとつの総括として自分の仕事に対する大きな区切りにもなりました。もちろん、本としての仕上がりも満足しています。イラストを使わせてもらった鈴木英人さんや、しっかりとディレクションしていただいた編集者に感謝しています。


―― 100作品を選ぶのに苦労したと書かれていましたが、実際にどんな作業をして絞りこんでいきましたか?

昨年の9月に書籍の企画が立ち上がったのですが、最初の打合せの直後に100枚のリストアップができました。でも、そこからが大変で、シティポップ感が薄いのにシティポップだという固定観念で聴いていた作品や、話題になっているから入れたほうがいいかなと思ってセレクトした作品もありましたが、「シティポップの王道とはなにか」ということを考えながら何度も選び直していきました。結局、執筆に入ってからもセレクトの見直しは続き、完全に100枚に絞れるまでに4ヶ月くらいかかっています。


―― この本に紹介されている作品は、どんな視点で選ばれているのでしょうか?

シティポップを知らない人がなにか聴きたいと思った時に、どれを選んでも楽しんでもらえるということ。そして、アルバムとしてしっかり聴いてもらいたいということが軸になっています。シティポップだからというだけでなく、ポップスとしていい音楽ばかりです。


―― 栗本さんは古くからジャパニーズ・ポップスに関する仕事をされていますが、ここ数年のシティポップ・ブームをみて率直にどんな感想をもたれていますか?

これまで忘れ去られていた音楽が、新しい視点で再評価されるというのは大歓迎です。そうすることによって、レアだった作品が再発されたりサブスクで聴けるようになったりしているのは素晴らしい。特に海外の方が日本の良質なポップスを発見してくれるなんて最高じゃないですか。僕らがブラジルやアフリカのレアな音楽を見つけて喜ぶのと同じですよね。ジャンルに関係なくどんどん知られざる音楽に触れてもらいたいと思うし、マニアックにではなく気軽にシティポップを楽しんでいるのはいいことだと思います。


―― シティポップに関しては、短いレビューとたくさんのジャケットを掲載するガイド本が多く出版されていますが、これは読み物としてもしっかり楽しめるガイド本だと感じました。

アルバムの解説だけでなく、アーティストの背景をある程度伝えたかったのと、その作品だけで終わらず他のアルバムも聴いてもらえるような文章にしたいと意識して書きました。また、一冊を通して読むと、シティポップの大きな流れがわかるように心がけました。


―― ビギナーズにもやさしい「王道のシティポップ」を選ばれた内容ですが、どんな所に栗本さんのこだわりを入れていますか?

誰もが知っている大ヒット曲にはこだわっていませんが、当時も良質であり今聴いてもキャッチーで楽しめる作品という基準はあります。もしかしたらリアルタイム世代の方には「それじゃなくてこっちが代表作だろう」といわれるかもしれないですが、あくまでも今聴いて楽しめる、初心者でも入りやすいという観点でセレクトしています。それと、基本的には再発CDやサブスクなどですぐに聴ける作品を選びました。マニアじゃないと手に入らないような作品はすべて外しています。


―― PART1に松田聖子が選ばれているあたりに、栗本さんの強い思いを感じましたが、いかがですか?

まさに固定観念を取っ払ってほしいという本書の強い意志のひとつです。松田聖子さんはアイドルのイメージが強いですが、松本隆さんの歌詞、豪華な作曲家陣、卓越したスタジオ・ミュージシャンたち、そして個性的かつ抜群の歌唱力と、他の作品と比べてもなんら遜色のないものです。もしも彼女のことを知らなければ、竹内まりやさん、杏里さんと並べて聴けるはずです。


―― PART2に稲村一志と第一巻第百章が紹介されているのを見て、これはやはり栗本さんの本だなと思いました。僕は2002年の「喫茶ロック」本で初めて知りました。

稲村一志さんの作品は、個人的な思い入れもあるのですが、フラットに見てもレベルが高く、もっと聴かれてもいいアルバムだと思ったのでセレクトしました。有名無名に関係なく、かといってレア盤自慢をするつもりはまったくなく、今でも新鮮に聴けるという意味では、シュガー・ベイブと並んでいても違和感はない作品です。


―― あらためてPART2の「最盛期」のラインナップを眺めると、この時代にいかに多くの名作が生まれたのがわかります。栗本さんにとって70年代後半〜80年代のシティポップの重要性とは?

日本のポップスが最も洗練に向かっていった時期ならではの作品群だと思います。それは、洋楽をうまく咀嚼して日本の文化に合った音楽を作るセンスが熟成されたこともありますが、ミュージシャンのテクニックやスタジオの技術の向上も大きな要因です。この時代の音楽は、聴けば聴くほど今では再現できない贅沢なものだと感じますね。


―― PART3の「再興期」は90年代以降のセレクトで実は難しかったのでは? きっと絞るのに大変だったのではと想像しました。

まず、90年代はシティポップ冬の時代だったので、候補作を選ぶのに苦心しました。渋谷系やR&B系等には良作はたくさんあるのですが、シティポップという切り口では難しかったですし、マニアックになりすぎないよう気をつけました。逆に2010年代以降に登場したネオ・シティポップといわれる新しいアーティストの扱いはさらに苦労しました。多分それだけで一冊作れるくらい、個性的でユニークなアーティストばかりです。ただのブームだという人もいますが、聴いてみるとまったくそんなことはないです。今のネオ・シティポップのシーンはすごい才能の集まりだと感じています。


―― でも実はPART3はこの本の肝だと思いました。過去から現在は地続きなっているのがよくわかりました。最初の一枚が今井美樹というところにぐっときますね。

PART3は90年代から始まるのですが、最初のアーティストを誰にするのかを悩みました。実は今井美樹さんは、当初80年代の作品を候補作にしていたので、PART2に入れていました。でも、彼女はやはり90年代以降のポップスの流れを変えたアーティストだと思ったので、90年代の最初の一枚にセレクトさせていただきました。Yogee New Wavesの最新作で終わるのもこだわりです。新しい作品を評価するのは難しいですが、ここに掲載されたアルバムは、何年経っても評価されるべきものだと信じています。


―― 装丁に関して、今回、鈴木英人さんのイラストを使用したいきさつを教えてください。

あとがきにも書いたのですが、僕が80年代に日本のポップスをたくさん聴くようになった頃の教科書が、鈴木英人さんの絵を起用した雑誌「FM STATION」でした。ラジオをエアチェックして、カセットテープをダブルデッキでダビングして、オリジナルのインデックスを作って、という一連の作業の傍らにはいつもこの雑誌があったので、その表紙のイメージそのままに鈴木英人さんの絵を使用させていただくことになりました。もちろん、大好きな山下達郎さんの『FOR YOU』へのオマージュでもあります。


―― シティポップといっても、そのサウンドは多種多様なので、こうして一貫して方向性が定めている内容だと読者も安心だと思います。とくに70年代のメロウなソウル・ミュージックやAORを好んでいる音楽ファンにとっては。

王道の起点をシュガー・ベイブや荒井由実としたこともあって、ソウルやAORのテイストを持つポップスが主体となりました。かなり個人的な趣味でもありますが、こういったサウンドがシティポップの最大公約数なのかなとも思います。Night Tempoさんの本だと、80年代のシンセ・サウンドが軸になっていて、それはそれでシティポップらしいと思いますが、僕はどっちかというと70年代ならではのフェンダーローズやエレピの方が好きです。このあたりの基準も人によって様々なので面白いですね。どっちが正解とかではないですし、いろんな解釈があっていいと思います。


―― 巻頭で「シティポップはある種のファンタジー」だと書かれています。同感です。こうした感覚が世代を超えて共有できるのがシティポップの魅力の一つだと、この本を読んで感じました。

これは昔から漠然と思っていたことで、聴いただけで海辺をオープンカーでドライブしている気分になったり、摩天楼の星降るような夜景が見えたりする音楽って、とてもファンタジックでロマンティックですよね。身近にあるようだけどフィクションの世界というか。それは、ラテンを聴くとカリブの青い海を想像し、シャンソンを聴いてパリの街並みを眺めている気分になるのと同じ。そういった想像力を喚起する力がシティポップにはあると思いますし、そこがシティポップの最大の魅力でもあります。


――最後に、この本に掲載されなかった作品の中から、栗本さんにお墨付きのシティポップを選んで頂きました。

山下達郎 / SPACY
SPACY (スペイシー)

CD

SPACY (スペイシー)

山下達郎

(12)

価格(税込) : ¥2,515

会員価格(税込) : ¥2,313

発売日: 2002年02月14日


本書では1アーティスト1作品とルールを決めたのですが、達郎さんは何枚でも選びたかった。もう1枚選ぶなら初期の本作。冒頭の「LOVE SPACE」はいつ聴いても気分が上がります。『FOR YOU』の「SPARKLE」と双璧で、気分が晴れない時によく聴きます。「DANCER」や「SOLID SLIDER」といったクールなファンク路線も最高です。あと、全編に聞こえる吉田美奈子さんのコーラスも素晴らしい。

松任谷由実 / PEARL PIERCE
PEARL PIERCE

CD

PEARL PIERCE

松任谷由実

(16)

価格(税込) : ¥2,619

会員価格(税込) : ¥2,410

まとめ買い価格(税込) : ¥2,226

発売日: 1999年02月24日


ユーミンもどの作品を選ぶか迷いました。シティポップ黄金時代の最高傑作といえば、このアルバム。全体的にブラック・ミュージックの影響が色濃く、「ようこそ輝く時間へ」や「消息」のようなアーバンでメロウな楽曲が多め。ライヴでも人気の「真珠のピアス」や「DANG DANG」あたりは最初に好きになったユーミンナンバーなので思い入れも強いです。でも一番好きなのは「夕涼み」。夏の終りの空気が濃厚に味わえます。

佐野元春・杉真理・大滝詠一 / NIAGARA TRIANGLE VOL.2
NIAGARA TRIANGLE Vol.2 40th Anniversary Edition

CD

NIAGARA TRIANGLE Vol.2 40th Anniversary Edition

ナイアガラ トライアングル

価格(税込) : ¥3,300

会員価格(税込) : ¥3,036

まとめ買い価格(税込) : ¥2,805

発売日: 2022年03月21日


実は最も聴き込んだシティポップ作品かもしれません。佐野元春さんのポップでメロディアスな一面が聴けるのもいいし、大滝詠一さん楽曲のクオリティの高さも文句なし。でも杉真理さんとこの作品で出会ったことが個人的には重要です。「Nobody」や「ガールフレンド」を聴いて、なんていい曲を書く人なんだと感激した記憶があります。その後、杉さんのすべてのアルバムを聴き込み、そのメロディメイカーぶりに圧倒されました。

深町純 / ON THE MOVE
オン ザ ムーヴ

CD

オン ザ ムーヴ

深町純

(2)

価格(税込) : ¥2,420

会員価格(税込) : ¥2,226

まとめ買い価格(税込) : ¥2,057

発売日: 2009年09月09日


昨今はフュージョン系もシティポップの流れで大きく評価されています。カシオペアや松岡直也さんなど、たしかにシティポップのサウンドと共通項が多いし、メロディアスなので歌がないポップスとしても評価できます。そういったフュージョンのなかで、とにかくかっこいいと思ったのは深町純さんがニューヨークでスタッフやブレッカー・ブラザーズといったすごいミュージシャンたちと録音した本作。隅から隅まで聴き逃がせない。

亜蘭知子 / 浮遊空間
浮遊空間 +1 (SACDハイブリッド)

SACD

浮遊空間 +1 (SACDハイブリッド)

亜蘭知子

価格(税込) : ¥2,860

会員価格(税込) : ¥2,631

まとめ買い価格(税込) : ¥2,431

発売日: 2022年02月23日


ザ・ウィークエンドが「Midnight pretenders」をサンプリングして大いに話題になっているので、今一番話題のシティポップ・アルバムかもしれません。実はこのアルバムも100枚の候補に入れていたのですが外しました。というのもどちらかというとニューウェイヴやハードロックの香りが強いし、かなりとんがりすぎた印象だから。FENCE OF DEFENSEの西村麻聡さんの才能を知る一枚でもあります。

ピチカート・ファイヴ / ベリッシマ
ベリッシマ

Blu-spec CD 2

ベリッシマ

PIZZICATO FIVE

(8)

価格(税込) : ¥2,640

会員価格(税込) : ¥2,429

まとめ買い価格(税込) : ¥2,244

発売日: 2016年08月24日


渋谷系といわれるアーティストをどこまでフィーチャーするのかも迷ったところです。本書ではオリジナル・ラヴを選びましたが、田島貴男さんがヴォーカルを務めたこの作品でも良かったかもしれない傑作です。都市生活者を描いたポップスとしては第一級の作品ですし、ソウル・ミュージックに裏打ちされたサウンドも見事。カーティス・メイフィールドみたいにクールな「惑星」や「日曜日の印象」などは完璧なシティポップだと思います。

bird / MINDTRAVEL
MINDTRAVEL

CD

MINDTRAVEL

bird

(26)

価格(税込) : ¥3,204

会員価格(税込) : ¥2,948

発売日: 2000年11月22日

注文不可

90年代に入ると、シティポップはR&Bにとって変わられたのかなと思います。MISIAさんやDOUBLEなんかはドライヴ・ミュージックとしても機能しますし。なかでもbirdさんはファンク、ハウス、ブラジリアンなど多彩なサウンドを取り入れていて聴き応えがあり、大沢伸一さんのプロデュース能力の凄さを思い知らされました。サビの決めのリズムがかっこいい「オアシス」とメランコリックなダブの「桜」が大好きです。

cero / My Lost City
My Lost City

CD

My Lost City

cero

価格(税込) : ¥2,619

会員価格(税込) : ¥2,410

まとめ買い価格(税込) : ¥2,226

発売日: 2012年10月24日


ネオ・シティポップのセレクトには本当に苦労しましたが、僕が最初にこのシーンの面白さに気付いたのがceroだった気がします。でも彼らは全然王道のシティポップじゃない。フィッシュマンズからの系譜にあるオルタナティヴなポップスといった印象があって、ものすごく“シティ感”はある。でも、シュガー・ベイブやユーミンの流れからは大きくそれていて、ふわっとした感じは魅力的だけど、カテゴライズ不能の天才集団です。

Night Tempo / Ladies In The City
Ladies In The City 【初回限定盤】

CD

Ladies In The City 【初回限定盤】

Night Tempo

価格(税込) : ¥3,300

会員価格(税込) : ¥3,036

まとめ買い価格(税込) : ¥2,805

発売日: 2021年12月01日


ヴェイパーウェイヴやフューチャーファンクというのも面白いシーンだとは思いますが、やっぱりアンダーグラウンドかつオルタナティヴであって、王道路線には入れられませんでした。まったく別物という意見もわかります。でもNight Tempoさんは独自の感性でシティポップやアイドルポップを切り取っているのがユニーク。彼が手掛けたリミックスよりも、このオリジナル・アルバムのほうがシティポップ感が濃厚で好みです。


【著者プロフィール】
栗本 斉:音楽と旅のライター/選曲家
1970年生まれ、大阪出身。レコード会社勤務時代より音楽ライターとして執筆活動を開始。退社後は2年間中南米を放浪し、帰国後はフリーランスで雑誌やウェブでの執筆、ラジオや機内放送の構成選曲などを行う。開業直後のビルボードライブで約5年間ブッキングマネージャーを務めた後、再びフリーランスで活動。著書に『ブエノスアイレス 雑貨と文化の旅手帖』(毎日コミュニケーションズ)、『アルゼンチン音楽手帖』(DU BOOKS)、共著に『Light Mellow 和モノ Special』(ラトルズ)などがある。
「シティポップの基本」がこの100枚でわかる! 星海社新書

「シティポップの基本」がこの100枚でわかる! 星海社新書

栗本斉

価格(税込) : ¥1,100

発行年月: 2022年02月


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