橋本徹(SUBURBIA)コンパイラー人生30周年記念対談 with 山本勇樹(Quiet Corner)【2】

2023年05月25日 (木) 09:00

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橋本徹(SUBURBIA)コンパイラー人生30周年記念対談 with 山本勇樹(Quiet Corner)

2000年代の総決算としてのコンピ&ディスクガイド
『Jazz Supreme』そして『Mellow Beats』

橋本 そしてアプレミディ・レコーズが始まったのが2009年ですが、山本くんは90年代後半に大学生で、僕が編集していた頃の「bounce」や、フリー・ソウルやサバービアで紹介された音源がどんどんCD化されるのを聴いていって、2000年代には今度は自分が売る側の立場になって、アプレミディのコンピレイションを聴いて、その背景に広がるフレンチやブラジリアンやジャズをお客さんに届けていったっていうのが、それまでの流れだよね。

山本 そうですね。あと忘れられないのは、やっぱり橋本さんの『Jazz Supreme』シリーズでして。僕にとってはフリー・ソウル、カフェ・アプレミディに続く第3のショッキングな出来事といいますか。売る側の立場になった2000年代前半ってクラブ・ジャズが盛り上がっていて、本当に売りまくったんですけど、正直僕の中では飽和状態で、もういいかなっていう思いもあったんですよ。でも、2004年頃にカルロス・ニーニョとかビルド・アン・アークが出てきて、あ、こういうのいいなと思っていたところに、橋本さんの『Jazz Supreme』が出てきて、うん、これだな! と思って。

橋本 僕も同じようなことをその頃すごく感じていて。クラブDJ用の曲が入っていれば何でもという感じで入手困難だったジャズ・アルバムをブートレグ含めどんどん再発して、どんどん消費させていくみたいな2000年代前半の動きには距離を置いてましたね。もう売り尽くそうってことだったんでしょうけど、さすがに食傷気味じゃないかって思って、リセットというか段落変えがしたかった。特にジャズは自分が好きな音楽だから、意趣返しという意味も含めてね。それまでもアプレミディのシリーズでMPSやConcord、Blue Noteなどの音源をコンパイルしたり、DJプレイして盛り上がるという感じではないけど、自分が好きなジャズをテイスト別に提案する作業はしてましたが、そういうジャズと、DJやクラブ・シーンと親和性のあるジャズの間にある素晴らしい音楽をまるごと提示したかったんですね。それこそモーダル的なものからスピリチュアル的なものまで。それと、2000年代ってマッドリブに代表されるようにアンダーグラウンド・ヒップホップも活気があった時代で、そういうメロウ・ビーツ〜ジャジー・ヒップホップとの接点になるようなジャズを、マクロな視点で一気に統合したかったのもあって。だから自分ではコンピCDもディスクガイド本もすごく気合いが入っていました。

山本 『Cafe Apres-midi』シリーズ後半の、2002年にリリースされた『Cafe Apres-midi Lilas』ではマリオン・ブラウンの「Vista」が、『Cafe Apres-midi Cremeux』ではアレトン・サルヴァニーニの「Imagem 〜 Yelris」がそれぞれ1曲目で、この辺からリスナーとしては橋本さんの選曲の風向きの変化を感じてはいたのですが。

橋本 兆しがね(笑)。だいたいいつもそうなんですけど、フリー・ソウルもシリーズ後半になってチェット・ベイカーやボブ・ドロウ、ジェーン・バーキンあたりが入ってくると、もうカフェ・アプレミディの兆しが見えてきて、『Cafe Apres-midi』シリーズも後半になってくると、次の時代を準備するテイストが混ざってくるんですよね。

山本 そういった前兆を感じてからの、満を持しての『Jazz Supreme』シリーズで、『Modal Waltz-A-Nova』と『Spiritual Love Is Everywhere』でそれぞれエリオット・スミスのワルツが収録されていたところにも痺れましたね。

橋本 またそういう反応をしてくれると、本当に嬉しいですね。なんでエリオット・スミスが入ってるんだって、お固いジャズ・ファンには怒られるはずだし。モッズ・ファンになんでデ・ラ・ソウルやビースティー・ボーイズなんだって怒られるみたいな(笑)。山本くんは常にその部分に反応してくれるから、提案してよかったなって本当に思えるんだよね。

山本 もちろんエリオット・スミスが入ってて本当にびっくりしたんですけど、聴いてみると全く自然ですよね。驚くけど共感できるな、やっぱりすごいなと思って。

橋本 勇み足ぎりぎりというか、勇み足なんだけど(笑)。それぐらい自由なことをやりたいというか、リスナーのストライク・ゾーンを少しでも広げたいというかね。

ーーその頃の橋本さんのコンピレイションCDを振り返ると、2006年に『Classique Apres-midi』シリーズの6枚があって、2007年には『Mellow Beats』シリーズが始まって、2008年から『Jazz Supreme』シリーズが始まります。山本さんは最初はファンとして、そしてHMV渋谷店の売り場に立つようになってからはよき理解者として15年間、橋本さんを追いかけてきたわけですよね。

山本 そうですね。『Jazz Supreme』シリーズが、実際に店頭で売り場作りをしていた最後の時期でした。

橋本:そして2009年の春にインパートメントでアプレミディ・レコーズをスタートするというタイミングで、本社勤務になった山本くんと僕はついに出会うんだよね。

嬉しい予感に満ちたアプレミディ・レコーズのスタートと
『音楽のある風景』〜『素晴らしきメランコリーの世界』

ーーアプレミディ・レコーズからの最初のコンピレイションCD『音楽のある風景〜春から夏へ』が2009年の3月で、以降『夏から秋へ』『秋から冬へ』『冬から春へ』と4枚のシリーズが2009年にリリースされました。

橋本 今回の『Merci 〜 Cafe Apres-midi Revue』がアプレミディ・レコーズからの30作目のコンピレイションCDですけど、リリースごとに毎回、インタヴューや対談記事、僕と山本くんで半分ぐらいずつ書いた全収録曲解説とかを、HMVのウェブサイトに載せてもらったり、オリジナル特典を付けてもらったり、本当に山本くんはアプレミディ・レコーズを14年間続けてこられた立役者のひとりと言っていいですね。最初の『音楽のある風景〜春から夏へ』は、新しいシリーズが始まるときめきみたいな嬉しい予感を、選曲にもアートワークにもパッケージできたかなっていう手応えがあって、自分の周りでもすごく評判がよくて。『Free Soul Impressions』とか『Cafe Apres-midi Fume』とか『Mellow Beats, Rhymes & Vibes』にも引けを取らないくらい、シリーズの顔として第1弾にふさわしい素敵な選曲になったと感じてましたね。山本くんは『音楽のある風景』シリーズが始まって、それを聴いたときってどんな印象だった? もちろん、すぐにインタヴューをオファーしてくれたくらいだから気に入ってもらえたんだと思うけど。

山本 僕の中では、それまでメジャー・レーベルで活躍していた橋本さんが、このシリーズからインパートメントと組んで、インディペンデントな音源にアプローチして、有名なアーティストが入ってるわけではありませんが、選曲においてはより深いところに行ってると思いました。でも音楽的にはむしろ開かれていて、『Cafe Apres-midi』が始まったときに近い印象がありましたね。収録曲に関しては知らない、聴いたことがないという人が多いだろうし、メジャーからインディーズになったわけなので、橋本さんまたすごいところに行ったな、とは思いましたが(笑)。

橋本 山本くんは、2000年代をジャズ・バイヤーとして過ごしてるからわかると思うんですが、僕がジャズ・ヴォーカルを中心にインディペンデントの新しい音源にあれほど詳しいとは誰も思っていなかったと思うんですよね。対外的にはそういう面は前に出ていなかったから。

山本 そうですね。僕は橋本さんがアプレミディ・セレソンのホームページで執筆していた新譜紹介とか、アプレミディ・セレソンのショップにも通ってインディーの新譜も結構置いてあるのをチェックしていたり、「usen for Cafe Apres-midi」の3周年記念で発行された「公園通りの午後」や5周年のときに出た「音楽のある風景」なども読んでいたので、今度はそういう音源をコンパイルしていくんだっていう、シリーズのスタートが楽しみで待ちきれない思いでしたけど、確かに世間的には驚かれたかもしれません。

橋本 「usen for Cafe Apres-midi」も今ほどは知られていなかっただろうしね。でもこのチャンネルのヘヴィー・ローテイション曲をCDとしてパッケージできたら、すごく素敵なものになるなっていうのが出発点だったんですよね。しかもその切り口で、3か月に1枚、季節の移ろいを描いていくっていうテーマにして。「usen for Cafe Apres-midi」の5周年のときに作った本が「音楽のある風景」っていうタイトルで、内容も含めてとても評判がよかったので、アプレミディ・レコーズからの最初のコンピレイション・シリーズのタイトルもそれにしたんですよね。

山本 こういうインディペンデントな音源だけで選曲された1枚のコンピレイションCDが、こんなに素晴らしいものになるんだって驚きがありましたね。

橋本 それは本当にA&Rの稲葉さんの功績なんですが、1曲ずつインディペンデント・レーベルに連絡してライセンスの許諾を取って、コンピレイションCDを作ることができるんだ、インターネットの時代になって、これからはそうなっていくんだなっていうね。あのときにそういう形に移行できたのは、その後を考えてもすごくありがたかったですね。2009年の時点でもうコンピレイションCDを200枚以上は作っていたわけで、やっぱりメジャー・レーベルの音源、特に旧譜ではやり尽くした感も少しあったから。

山本 『春から夏へ』の収録曲の並びで、ホセ・ゴンザレスがあってスウィートマウスがあってというのを見たときに、また『Jazz Supreme』でエリオット・スミスが入っていたときに似た嬉しい驚きがありました。

橋本 当時、稲葉さんにも言ったと思いますが、ホセ・ゴンザレスが入ることはすごく重要でしたね。『Cafe Apres-midi』が全部ブラジル音楽では意味がなかったように、『音楽のある風景』が全部サロン・ジャズではNGという意識があったので。スウィートマウスもネオアコ系譜のイメージがあるのかもしれないけど、ワルツァノヴァ的に聴けるしね。『夏から秋へ』でもそうで、クララ・ヒルやエイドリアナ・エヴァンス、あと何といってもホセ・パディーヤとかね、必ず何か異ジャンル的だけどテイスト的に流れに合う曲を入れたいんですよね。

ーー2009年の9月に『秋から冬へ』、12月に『冬から春へ』と4枚リリースしたわけですが、そのたびに、山本さんは充実した記事を作ってましたね。で、『秋から冬へ』のときは『公園通りの秋』っていうオフィシャルの特典CDを作って、『冬から春へ』ではそれまでに掲載した4枚分の記事を再編集という形でまとめて特典の小冊子を作ったり、CDが売れなくなってきていた時代にいろいろ工夫をしていました。

橋本 『冬から春へ』の対談記事は確か、ジョー・クラウゼルのメンタル・レメディーに始まって、アルゼンチンのアンドレス・ベエウサエルトで終わるっていうのが、これからを暗示してますねっていう稲葉さんの発言で終わった記憶があるんですが、まさにそこから『美しき音楽のある風景〜素晴らしきメランコリーのアルゼンチン』と『チルアウト・メロウ・ビーツ』、そして『素晴らしきメランコリーの世界〜ピアノ&クラシカル・アンビエンス』『素晴らしきメランコリーの世界〜ギター&フォーキー・アンビエンス』へつながっていくっていうのは、アプレミディ・レコーズのスタート当初を象徴してますね。『音楽のある風景』で、山本くんのような新しい音楽仲間も含め新たに何かやろうという雰囲気ができて、そこにアンドレス・ベエウサエルト始めHMVの「素晴らしきメランコリーの世界」の売り場から受け取ったインスピレイションを反映させていったのが2010年だったのかなっていう気がします。そしてそれを気に入ってくれたリスナーの方たちと、カルロス・アギーレ周辺を中心に、さらに2010年代にいろんなことが起きていくんですよね。メンタル・レメディーは最高だよねって、よく話して意気投合していたNujabesはその年に亡くなってしまったんだけれど。

「usen for Cafe Apres-midi」の10周年を祝うサロン・ジャズと
内省的な私小説『ブルー・モノローグ』の並列

山本 この頃のコンピレイションは、橋本さんのプライヴェイトでのリスニング選曲がそのままコンパイルされているんだなって思って聴いていました。

橋本 内省的なモードで、ひとりで過ごしている時間も長かったし、夜中に起きて音楽を聴いている時間も長かったから、そういうのが反映されてるよね。でも、2011年になると「usen for Cafe Apres-midi」の10周年コンピCD『Haven’t We Met?』や、『音楽のある風景〜食卓を彩るサロン・ジャズ・ヴォーカル』『音楽のある風景〜寝室でくつろぐサロン・ジャズ・ヴォーカル』があって、『ムーンライト・セレナーデ・フォー・スタークロスト・ラヴァーズ』もそういう雰囲気があるけど、この年は結構サロン・ジャズなテイストで、『音楽のある風景』の四季シリーズに戻した感じですね。中でも『Haven’t We Met?』は、「usen for Cafe Apres-midi」〜アプレミディ・レコーズ周辺の仲間と一緒に集まってハンドメイドのパッケージ作業をしたりとか、いい思い出がいろいろありますね。やっぱり10周年記念ってことでそれまでのベスト・オブ・ベストという感じの選曲だったし、総決算的な決定版が出せた充実感はあったかな。逆に、2010年に作った『美しき音楽のある風景〜素晴らしきメランコリーのアルゼンチン』『素晴らしきメランコリーの世界〜ピアノ&クラシカル・アンビエンス』『素晴らしきメランコリーの世界〜ギター&フォーキー・アンビエンス』的な心象が極まったのは、2012年春にリリースした『ブルー・モノローグ』でしたね。

ーーそこは別々の流れとして並行してあったんですね。

橋本 アンビヴァレントな感情はありましたけど、誰かと過ごす時間とか昼間とかは、耳ざわりのよいサロン・ジャズ的なテイストで、夜にひとりになって自分の内面世界と向かい合うと、メランコリーでブルーな世界へっていう感じだったんですね。でも『ブルー・モノローグ』を出せたことで、自分の気持ちにひと区切りつけられたし、精神的に救われたっていうことはとても大きかったです。これまでアプレミディ・レコーズで作った29枚の中でも、やっぱりいちばん感謝しているし、思い入れの深いコンピかもしれません。

山本 『ブルー・モノローグ』は橋本さんの作家性が強くて私小説みたいな要素が強いっていうのはもちろんあるんですけど、そうでありながらも、実は時代の空気もちゃんとまとっているんですよね。コンピレイションのサブタイトルになっているテイラー・アイグスティの『Daylight At Midnight』だったり、当時のグレッチェン・パーラトの『The Lost And Found』とか、そういうところともリンクしていて。だから個人的な内省的な作品だとしても、リスナーはしっかり聴いてくれているんでしょうね。

橋本 その時代の動きともリンクしてるのは、やっぱり普段聴いてる音楽がほとんど現在進行形の割合が高いからなのかな。でも本当に『ブルー・モノローグ』については、吟味に吟味を重ねてというか、深いレヴェルで心に響く曲だけを集めたんですよね。

豊作の2010年代と『Seaside FM 80.4』によるリスタートから
『Free Soul 〜 2010s Urban』と『Good Mellows』へ

ーーやはり『ブルー・モノローグ』をひとつの区切りとして、2012年の後半に向かっていった感じですか?

橋本 そうですね。2012年ってほら、フランク・オーシャンの『Channel Orange』やロバート・グラスパー・エクスペリメントの『Black Radio』があって、前年にはグレッチェン・パーラトの『The Lost And Found』をロバート・グラスパーとテイラー・アイグスティがサポートしていて、ジェイムス・ブレイクのファーストなんかもあったわけで、現在進行形のディケイドを代表するような名盤がその頃から次々にリリースされて、自分が聴く音楽も新譜の割合がぐっと高まったというか、100パーセントに近くなって。以前山本くんと柳樂光隆くんと3人で座談会をしたときにも話が出てたけど、この辺からリイシューをあまり追いかけなくなったんですね。そんな感覚が自分の作るコンピにも、アプレミディ・レコーズの作風にも影響していったんでしょうね。気持ち的にも、『ブルー・モノローグ』を作ったことで底をついたというかね、もうこれ以上落ちないところまでいってさ(笑)、そこから徐々に上がっていって、そのスタートが2012年夏にリリースした『Seaside FM 80.4』でしたね。これを出したときに、自分の気持ちが吹っきれるのを感じたというか、すごくいいものができたという手応えがあったんですね。久しぶりに抜けのよいものを作れたなっていう実感があって。

山本 そうですね。僕らも久々にグルーヴィーな橋本さんの選曲が聴けて嬉しかったっていう。

橋本 今思えば、「シーサイド」っていう意識がここから始まってるんですよね。このコンピレイションの「FM」っていう部分は、その後の『Free Soul 〜 2010s Urban』シリーズへつながっていくわけだし、「シーサイド」っていう視点は、『Good Mellows』シリーズに発展していって。僕のアプレミディ・レコーズ以外での代表的な2010年代の二大シリーズの原点というか、アイディアの源泉になってるのかなっていうのも感じます。2013年末に『Free Soul 〜 2010s Urban』、2015年春に『Good Mellows』が始まるわけだから。『Seaside FM 80.4』で久しぶりに抜けのいいグルーヴィーなコンピレイションを作れて、それこそ、友人の女性たちに正々堂々と渡せるような(笑)CDを出せたのは大きかったんでしょうね。

『Cafe Apres-midi』シリーズとHMVのアニヴァーサリー・コンピに宿る
フレッシュでエヴァーグリーンな輝き

ーー2015年には山本さんからご提案いただいて、HMVの25周年と『Cafe Apres-midi』コンピ・シリーズの15周年のダブル・アニヴァーサリー企画として『Cafe Apres-midi Orange』を作って、同時にユニバーサルからの『Cafe Apres-midi Fume』と『Cafe Apres-midi Olive』の15周年記念エディションもリリースされましたね。

山本 僕のわがままを聞いてくださって(笑)。

橋本 いやいや、こちらこそありがとう(笑)。やっぱり2010年代になって5年も経ってると、逆にそれまで新譜中心のコンピレイションばかり作っていたから、こういう旧譜も混ぜられるような『Cafe Apres-midi Orange』は、むしろフレッシュな気持ちで、いい感じのヴァイブスでできたなと。

山本 それまでサバービアなどで紹介されていたけど、さまざまな理由で権利所有者にたどり着けなかった音源が、インターネットが発達してコンタクトできるようになったおかげで、まとめて収録することができて、残っていたものを全部回収できたみたいな感慨がすごくありましたね。ロンドン・ジャズ・フォーのビートルズ・カヴァーとか許諾を取れたのもすごいと思いますし、フレンチのジャクリーヌ・タイエブの収録も嬉しかったなぁ。レコード屋でかれこれ20年探しても見たことなかったですから。

橋本 アプレミディ・レコーズでの稲葉さんのライセンス・ミラクルを旧譜にも当てはめたっていう。現代のテクノロジーで過去のお宝にたどり着くみたいなね(笑)。

山本 僕も関わらせてもらったこともあって、『Cafe Apres-midi Orange』にはとても思い入れが深いです。吉本宏さんにも協力してもらって、久々にムッシュ・エスプレッソのエッセイも掲載できましたし、自分の青春時代をこうしてひとつの仕事にできたことは感慨深いものがあります。

街鳴りを意識して進化・更新を続ける「usen for Cafe Apres-midi」
選曲コンピが描く物語とポジティヴィティー

橋本 続く2016年の『Music City Lovers』は「usen for Cafe Apres-midi」の15周年記念盤でしたが、10周年のときの『Haven’t We Met?』とは大きな違いがあって。『Haven’t We Met?』は「usen for Cafe Apres-midi」の趣味性や仲間意識の集大成だったと思うんですが、2010年代に入って、大型の商業施設や公共の場所とかでもチャンネルを使ってもらえるようになってきたことがひとつと、もうひとつは現在進行形の音源で僕らの選曲とも親和性が高い、いい曲がたくさん生まれていたことを反映して、10周年のときに比べて外に向いたセレクションになりましたね。

ーーより街鳴りを意識した選曲になっていましたね。

橋本 まさにそうです。僕の中で、街で流れる音楽っていう意識がすごく高まっていて。僕が選んだカマシ・ワシントンの「The Rhythm Changes」はその象徴なんですけれど、セレクターのみんなの選曲にも「usen for Cafe Apres-midi」のカラーや役割の変化みたいなものが投影されているのかなって感じますね。ジャケットも含めてイメージをポジティヴに更新したものができたし、5年間の成長を示せたかなって思います。

ーー2010年代後半以降はアニヴァーサリー・コンピが増えてきてはいるんですけど、実は懐古的ではない選曲で、今の進行形を見せるんだっていう思いが感じられますよね。

橋本 それはすごく意識してます。やっぱりコンピ・シリーズっていうのは、続いていく物語っていうか、物語の続きを見せないと。連続体・運動体として聴いてもらいたいですからね。そして『Cafe Apres-midi Bleu』は、『Cafe Apres-midi Orange』からさらに5年経って、HMVの周年とも5年ごとにタイミングが合って、またまた稲葉さんのライセンス・ミラクルが炸裂して(笑)、本当に素晴らしい曲ばかりが揃って、僕はかなり満足度が高かったですね。

山本 ちょうどコロナ禍に入った直後にリリースされたんですが、やっぱりこういうのを聴きたかったっていう声が多かったです。

橋本 あと『Cafe Apres-midi Bleu』は、僕がdublab.jpで毎月やっている、「suburbia radio」のベスト・オブ・ベストだなっていう感じだったんですよ。その精粋を集めたような選曲で。『Cafe Apres-midi Orange』以降の新譜の好きな曲を凝縮したら、こんなに素敵なコンピができちゃった、みたいな感じかな。2021年末の「usen for Cafe Apres-midi」20周年コンピ『音楽のある風景〜ソー・リマインディング・ミー』もそうですけど。

山本 プレイリスト時代の真っ只中にあって、こうして魅力的なジャケットがあって、盤があって、橋本さんにベスト・オブ・ベストな選曲をしていただいて、その先にもこまやかな配慮がいろいろあって。そういったことを含めて丁寧に大切にしてるのがアプレミディ・レコーズのプロダクトですよね。

橋本 『Cafe Apres-midi Bleu』リリース時のHMVウェブサイトでの対談でも話しましたが、微妙な曲間にもこだわっているし、稲葉さんは曲ごとのヴォリューム調整にもめちゃめちゃ気をつかってくれているし、いろんな意味でプレイリストでは絶対にできないクオリティーのものを作っていると思いますね。フィジカル・メディアの良さって、ライナーがあってジャケットがあって、とかはよく言われますが、それだけじゃないさまざまなこだわりがあるんですよっていうことは伝えたいし、今回の『Merci 〜 Cafe Apres-midi Revue』でも、その気持ちをとても大切に作っているわけです。

山本 そのことは何回でもお伝えしたいですね。『Cafe Apres-midi』はもう伝説的なコンピ・シリーズって言ってもいいと思いますし、それが更新されていく様を聴けるっていうのは、リスナーとしても非常に嬉しいし贅沢なことだと思います。

ーーアプレミディ・レコーズからリリースした過去のコンピレイションも、時が経って結構廃盤になってしまっている中で、歴代の29枚から選び抜いたベスト・セレクションになっている『Merci 〜 Cafe Apres-midi Revue』は、これまでのアプレミディ・レコーズを振り返りつつも、新たな物語が紡がれた、聴く価値のあるとても充実した内容になっていますね。

橋本 やはり収録曲のすべてが輝いていて、それぞれにかけがえのない思い出もあるんですが、80分の物語としてもとても素晴らしいものになったと思います。いや本当に、すごいのできちゃったなって思いますね。特に今回はアナログ盤もリリースしたいということで、それも少し意識したセレクトになっているんですけどね。ファンの方がアナログ盤でも欲しいなって思うだろう曲がたくさん入っていて、時代もジャンルもテイストもさまざまですが、アプレミディ・レコーズのハートの部分を構成してきてくれた、僕の心に大切に刻まれた名作中の名作ばかりが収められていますので、ぜひ聴いていただけたら嬉しいです。


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  30周年記念コンピ『Merci 〜 Cafe Apres-midi Revue』

国内盤CD

Merci 〜Cafe Apres-midi Revue

CD

Merci 〜Cafe Apres-midi Revue

価格(税込) : ¥2,970

発売日: 2023年05月26日

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