--- 本日はよろしくお願いします。
菊地成孔 よろしくお願いします。
--- まずは、昨年12月にリリースされた、Dub Sextetの『Revolution Will Not Be Computerized』についてお伺いします。菊地さんご自身が「最もオーセンティックなスタンダード・バンドを目指した」とおっしゃっていたのですが、そこにダブの要素を流し込んだ理由というのは?
菊地 そうですね・・・さして、明確な根拠があるわけじゃないんですけど。もし、ここからダブを抜いちゃうと、それこそオーセンティックなジャズになるわけで。違いがあるとすれば、編集することによって出来ていることぐらいなんですよね。こうやって言ってしまうと、あまりにも簡単すぎますけど、入れたかったんで入れたっていう総合的なことなんですが(笑)。
多分、厳密な意味でのダブ処理、ダブ・レゲエみたいな意味でのね。90%ディレイのことですけど。ディレイに限らず、あらゆるデジタル・エフェクトっていうものを、例えばフット・ペダルで自分でかけるとかじゃなくて、ダブ・エンジニアが別にいてやるんだっていうコンセプトがないと、CD聴いた人が、普通にせーので演奏したジャズと区別がつかないと思うんですよ(笑)。
ボクは、4年前の『Degustation』(『Degustation A Jazz』)の頃から一貫して、聴こえてるのはアコースティックのサウンドだけなんだけれど、編集することで、実際には演奏しづらい状態、ベースとドラムがちょっとずつずれたままずーっと合わずに最後まで進んでいく、っていうようなことをやってきたんですよ。
だけど、評論家の方もリスナーの方も含めて、伝わらなかったと(笑)。「ピュ〜」とか「ピロピロピロ」ってやると、皆さん何が起こったか分かるんですけど(笑)、こう「シュ〜シュ〜」、「ブーンブーン」って、下(低音)が割れながらずっと進んでいるとか、あるいはさっき吹いたフレーズがもう1回そのまま出てくるっていうことがあっても、分かんないんですよね。クラブ・ジャズみたいにならないと、「電化」されたっていうのが分からなくって。アコースティック楽器だけで演って、エディットされたものは、ボクはそれをポスト・モダニズムだと思っていたんですけど、相当伝わりづらいということが分かってですね(笑)。まぁ、根強くやればいいんですけど(笑)。
元々、ダブ処理がキライなわけじゃないんで。もしそれで、ダブ処理、デジタル・エフェクトは自分にとって耐え難いんだけど、やらないと新しさが伝わらないからイヤイヤ入れたっていう場合だとやらないんですけど。つまり、エレクトリック楽器にデジタル・エフェクトはもう当たり前なんで、ステージ上全員アコースティック楽器で、デジタル・エフェクトが入っていること自体が、キライな感じじゃないところへもってきて、何か新しいこと演ってんなっていうのが分かりやすいじゃないですか(笑)。ライヴ観て一目瞭然だから。真ん中に機材があって、木村さん(パードン木村)がこうやってるわけで。何かいるなっていうね(笑)。何も分からない人は、DJだと思うわけだけど。
ボクの射程っていうのは、すごい分かってるヒトだけ相手にしてもダメなんだっていうね。言ったら、よく分かってないおっさんとかにも伝わらなきゃいけないっていうのがありますから(笑)。そういうところも含んでます。だけどまぁ、大雑把には、入れたいからだっていうのが一番簡単な理由ですけどね。
--- Dub Sextetにおいて、パードンさんの役割というのは非常に大きいんですね?
菊地 まぁ、パードンさんいれば、エフェクト音が出ますからね、単純に(笑)。ていうか、編集するだけだったら、ステージでやったら同じですから。ボク、南さん(南博)の『Celestial Inside』っていうアルバムで、初めてノン・エフェクトで、ただ演奏したものを編集するってことをしたんですよね。『Degustation』の一部もそうですけど、その後も、エフェクトなしでストレートに演奏して、別々に録ったやつを重ねて継ぎ接ぎして、さも一緒に演奏してるかのようにした上で、よく聴くとずれてるっていうことをしばらくしてたんですけど・・・全く「ゼロ」反応というか・・・虚空に球を投げてる感じで(笑)。何の返りもなかったですね(笑)。全く分かんないんだろうなって。こう言うと聴衆分別みたいになりますけど(笑)、そんなに悪い意味じゃなくて、分かりづらかったですか?って感じで。
ボク的には、地味にクールに大事件だと思ったんですよ(笑)。だって、ずれてるもんっていう(笑)。おかしいよ、よく聴いたらっていう(笑)。ハイハットの開き閉じと、それに対する動きがあってないんだから。だけど、分かんないですよ。普通の人は漠然と聴いて、「4ビート」って思うだけなんで(笑)。映像なんかでも、多分分かんないと思うんですよね。例えば、普通のTVドラマで、別のスタジオで撮ったCGを持ってきたとするじゃないですか?で、二人会話していると。まぁ、分かんないですよね?
--- まぁ、分かりにくいですよね。
分かりにくいですよね。HMVさんのウェブなのに抽象的な話になってしまうんですけど、例えば、ボクがラリー・カールトンと共演したぞって言って。1回も会わなくても共演できると思うんですよ。トラック作って送ればいいんだから。で、送って返ってくるわけでしょ?音は、後乗せじゃない?だけど、あたかも一緒に演奏したかのようにできますよね?それで、知らない人に、これロスで一緒に録ったって言ったら、録ったことになっちゃうと思うんですよね。
で、マライア・キャリーと明石家さんまさんのコーヒーのCMっていうのは、それをCGだよって開示された状態でやったもので(笑)。CGであることを見せるには、色んな手があるわけで。逆に、日本で同じスタジオで撮っても、一人が消えたりすれば、それはそれでCGですよね。そういう意味で、一緒にいるフリするのも、いないフリするのも自由自在なんですよね、CGっていうのはもう。
だから、一緒にスタジオで録らなかったんだと。だけど、限りなく一緒に録ってるように聴かせることは、今可能だし、一緒に録ってるのに、別々に被せたりするのも可能だし。今、コンピュータを、どのぐらい一般的なアコースティック・ジャズの人が使っているかは分からないですけど。例えば、上原ひろみさんがどう使っているか、あるいは、使ってるかどうかすらボクには分からないんだけど。少なくとも、アケタ、PIT INN系の人は誰も使ってないですけど。時折ね、地球上でボクだけじゃないかって思うことがあるんですよ、こんなにエディットしてるのはって(笑)。みんな多分、録音には使ってるのね。あと、パンチ・イン、パンチ・アウトには使ってるけど、それはテープでできることじゃない?
まぁ、それ言ったら、細かい編集もテープでできるよって言われればそれまでなんですけど、手軽にできないですから。4回テイク録って、トランペット・ソロだけテイク2をごっそり持ってきて、あとは全部テイク1だけとかね。そういうことは、やれるけど、みんなやってないと思うんですよね。
結局、自分がどのくらいコンピュータライズドされてるのかは、他の人と較べられてないんで分からないんですが・・・少なくとも最初期の頃にやってたことは、地味に、我ながらこれはクールだと思ってたんですよ。「ピュ〜」とかも言わず、あと、ブレイクビーツみたいな見え見えの反復もなく、普通に演奏しているように聴こえるんだけど、違うところから持ってきてるっていうね。ピアノのバッキングだけ、後ろの方から持ってきているんだとか。よく聴くと分かるっていうね。そういうのが80年代のポスト・モダンみたいな。かぶきで見え見えの・・・ジョン・ゾーンみたいな、ド派手でめちゃめちゃ変わった音楽が、ポスト・モダンっていうんじゃなくて、地味〜な、普通の家なんだけどよく見ると柱の位置がおかしいぞとかさ、そういうものがポスト・モダンだと思ってたんですよ、その頃ね。
--- エッシャー的な解釈ではなく?
菊地 エッシャーほどじゃない。もっと、ずーっと地味な話なんですよね(笑)。ヘタしたら普通っていう(笑)。『Degustation』の曲のほとんどは、スタジオで顔を合わせてないですし。呼んで、一人ずつ録ったのをためて、合わせたんですよね。だけど、やってみるもんで、一緒に会ってなくて、クリックも違くても、一斉にドーンって鳴らすと、ジャズのサウンドになっちゃうんですよ。これはいいと思って、どんな大騒ぎになるのかと思ってやったはいいですけど・・・数年間音沙汰なしみたいなね(笑)。父帰らずみたいな感じだったんで(笑)、これは、虚空に球を投げる、自己満足だったんだということに気がついてですね(笑)。マーケットに対してですよ。自分的には、やったらもうOKなんで。これは、もっと「ピヨ〜ン」
とかさ(笑)、ディレイとか逆回転とか誰でも分かるデジタル・エフェクトが必要だなと。
あとは、自分で(エフェクトを)かけないってことですよね。だから、パードンさんがプレイヤーっていう。今、簡易な機材で大学生のバンドなんかもできるから、やってみるべきだと思うんだけど。かけてくれって思って吹いてても、かけてくれない時もあるわけで。逆に、かけてくれるなっていい調子で吹いてても、勝手にディレイかけられれば、こだましちゃいますからね。
元々、ダブっていうのはレコーディング芸術ですけど、ライヴ・アクトにダブ・レゲエが進化した時に、まぁ、打ち合わせがあるわけですよね。ここでハイハットだけディレイをかけるから、BPMをあらかじめ決めてセッティングしておいて、こだまが来たらやめる、とかさ。「パーンッ」って鳴ったらそれがかかるからよろしく、みたいなのがあるじゃない?
でも、ジャズはそんな音楽じゃないんで。もっと速くて多い情報を交換するから、今かけてなんて言ってる場合じゃないんですよね。あるいは、トランペット・ソロではかけるからって言ったところで、いつトランペット・ソロが来るか分からないし(笑)。だから、スリリングですよね。ジャズにおいてダブ・エンジニアがいて、リアル・タイム・エフェクトするってことは。そういう意味でも、パードンさんもプレイヤーなんだっていうことで、ステージに乗せるのは面白いよねっていう。そいつもスーツ着てるんだっていうね。