『イリヤ - Ilya』
アルバム解説
TEXT BY 依田”ベルゼバブ”涼太&ハチスノイト
夢中夢のセカンドアルバム「イリヤ - il y a -」は
ヴォーカル・ハチスノイトの詩のプロットをベースに楽曲制作が行われ、
前作よりもハチスノイトの世界観を全面に押し出した楽曲作りがなされたアルバムとなっております。
今までのミニマル+ポストロック+ヘヴィメタルの融合という夢中夢の音楽性もさらに押し進められ、
前作よりバンドサウンドを重視した楽曲中心となっております。
ピアノ、ヴァイオリンを駆使したサントラ風の美旋律は健在で、
今回はリズム面の多様化、ヴォーカル曲入り曲の増加という変化が見られるかと思います。
アルバムの構成としては前半はドリーミーながらも
疾走感とミニマルという点を重視した楽曲が中心となっております。
後半は陰鬱で、深遠なポストロック曲が中心で、終盤に向けて壮大で神秘的な流れを作りたいと考えました。 前半から後半に至るにつれ、ある種の終末感や、厭世的な開放感を感じれるようにしたかったです。
アルバム全体としてはコンセプトアルバムではありませんが、
存在論や現象学など、哲学的なテーマを扱った楽曲が多いです。
キーワードは「存在」、「夢と現実の境目」、「自分と他者の曖昧さ」、そして「反復」。 これらが夢中夢の楽曲製作の根本でもあり、 このアルバムにおいても大きなモチーフとなっております。
【楽曲ごとの解説】
【track 1】 intro 〜 イリヤ 〜
このアルバムのオープニングとなる2分ほどの短いイントロインストゥルメンタル曲です。弦楽八重奏によるクラシカルな曲です。
【track 2】 火焔鳥
本編開始の最初の曲です。手塚治虫「火の鳥」にインスパイアされて作成された、曲です。 余談ですが、この曲のデモ段階のトラックを聴いた、サイケデリックバーガンジャ店長の鉄人さんや、ミドリのハジメちゃんがこの曲をすごく気に入ってくれてたので、身内の意見を取り入れて、この曲が2曲目になりました(笑)。
タイトルとなっている「火焔鳥」は火の鳥では乱世編の呼び名ではありますが、
楽曲テーマは未来編の影響が強いかと思います。
超過去と超未来がつながりループして繰り返していく、ニーチェの永劫回帰的世界観
がベースとなっています。夢中夢の活動において「反復」という概念を音楽的ミニマリズムに置き換えることが
一つの重要な要素となっています。
【track 3】 眼は神
ロカペニス監督にPVを作成していただいた曲です。前半は変拍子を交えながらも疾走間を失わない展開をつくることを心がけました。
中盤からはライヒ的なミニマルな展開、後半からはgodspeed you black emperor!をメタルにしたような、荘厳でクラシカルな展開をイメージしました。 展開が多くありますが、楽曲は4分ほどに短くまとまっております。 「眼は私の所有する唯一の神 私の信仰はいつも、全ての抑圧から解放されるために存在するのだ 」と締めくくられる、この曲の歌詞は、フランス文学のバタイユ「眼球譚」にインスパイアされた楽曲です。
【track 4】 僕たちの距離感
今作の中でもとりわけ複雑な曲展開でありながら、夢中夢史上最もポップな曲でもあるという矛盾した曲です。 変拍子だらけのイントロ、ピアノの複雑な高速ミニマル、サビはディスコミュージック、 間奏はピアノとヴァイオリンがクラシカルなプレイをしつつ、ドラムがダンスビートを刻んでいます。 歌詞はフランスの哲学家レヴィナスの存在論、他者論を、できるだけ簡単に、わかりやすく歌おうとしています。 mF247で配信チャートを1ヶ月間1位を記録した曲です。
【track 5】 反復する世界の果てで白夜は散る
夢中夢のテーマソングとも言えるような楽曲です。 ミニマル、ポストロック、メタルの融合という点でも 夢中夢らしいバランスが取れている楽曲だと思います。 ドラムは前半のダンスビートをサビでは一変させて激しいブラストビートとなりますが、 主旋律はミニマル、クラシカルな美旋律を貫きとおしています。 歌詞の世界観も非常に夢中夢らしいテーマを歌っております。 「トラの跳躍」、「夢はひそかに目覚めを待っている」という ドイツのユダヤ人の思想家ベンヤミンの「パサージュ論」引用が使われているのも印象的かと思います。
【track 6】 ドクサの海の悪樓
夢中夢史上最もブラックメタル色の強い楽曲です。
全体的に疾走するオーケストラをイメージして製作しました。
ゲストミュージシャンに赤犬のヴォーカリストであるロビンがデス声で、
ミドリの鍵盤奏者であるハジメがピアノとコーラスで参加しております。
楽曲名にある悪樓は「日本書紀」に出てくる巨大な魚の化け物です。
ドクサ(憶見)により心に生じた巨大な怪物が本質を食らうというイメージで作成いたしました。
【track 7】 塵に過ぎない僕は塵に返る
この曲から、このアルバムの静寂度が増していき、陰鬱な楽曲が増えていきます。
この楽曲は夢中夢のデモ音源の頃のような作風を持つ、
重々しい、クラシカルなポストロック曲です。
後半になるにつれ、疾走間を増していき、盛り上がっていきます。
例えるならば、古谷実の漫画「ヒミズ」のラストの「決まっている」というあの感じを出したかった曲です。
非常に暗いテーマを持つ楽曲です。
タイトルは「聖書」の「創世記」の一説をベースにして、非常に皮肉な意味付けがなされたタイトルがつけられています。
【track 8】 いく度も繰り返されて、言葉は少しずつ意味を失い、言葉のもたらす痛みも和らぐ
白く、静寂なイメージで制作され、このアルバムでもとりわけ美しさに重点を置いた楽曲です。 教会風の静かなオルガン、ヴァイオリンの旋律、神秘的なコーラスがリフレインされる度に重なっていきます。 リズムは中盤からアブストラクトなビートを刻みます。 後半はピアノとヴァイオリンが絡み合い、疾走間を強めながら盛り上がって行きます。 最後には静かなピアノのリフレインとポエトリーが幾度も繰り返されて行きます。 曲のタイトルはメンバーにファンも多い、ハンガリーの作家アゴタ・クリストフの代表作「悪童日記」の引用です。 タイトル通り、前作「夢中夢」で使用されているポエトリーが楽曲の中で重なりあい、繰り返されていきます。
【track 9】 サッフォー
童謡『イカロスの歌』のような曲をイメージして 作成された、静寂かつアンビエントでトライバルフォークな楽曲です。 ギターのボールペン弾奏法を駆使して深いギターアンビエントを作り出しました。 できあがってみれば、シューゲイザーなサイモン&ガーファンクルとでも例えれそうな曲になりました。詩は古代ギリシャの女性詩人「sappho」のレズビアンな逸話をコンセプトに 書かれております。
【track 10】 祈り
このアルバムを締めくくる最も壮大な10分超の大作です。
前半は静かでフォーキーな歌が中心の展開ですが
後半になるにつれ、ミニマルにクラシカルに徐々に加速して行き、
疾走するダンスビートが刻まれる中、バイオリン、ピアノ、声楽コーラス隊が美しく、カオスに重なり合い、
最後の盛り上がりの頂点でブラストビート、ピアノの高速速弾き、轟音ギターノイズのコンボが待っています。
歌詞はこのアルバムの中で最も力を注がれ、最も世界観が凝縮されている楽曲です。
私という存在に光を照らし、確定させる他者。
その意味で他者は私自身の一要素であるにも関らず、私は永遠に他者になることは出来ない。
私の祈りは永遠に満たされることはないが、この祈りこそが私自身であるということが表現されています。
【track 11】 灰の日
アルバムのアウトロインストゥルメンタルとなるこの楽曲は過去にデモでリリースした楽曲を
今回ゲストで参加していただいたWorld's End Girlfriend氏のアレンジで再録音したものです。
再録音ヴァージョンではグランドピアノ、バイオリン、チェロに一部、サンプリングを加えたクラシカルな編成での録音となっております。
最後の火が燃える音と、教会風のベルは、World's End Girlfrindが消失と再生をイメージした演出となっております。
夢中夢のピアノとWorld's End Girlfrindのストリングスアレンジが最後の曲にふさわしい化学反応をおこしたのではと思います。
イリヤ制作においてインスパイアされたアルバム
【ALBUM / Artist】
『18人の音楽家のための音楽』 / Steve Reich
『Slow Riot for New Zero Kanada』 / godspeed you black emperor!
『()』 / Sigur Ros
『#4』 / 凛として時雨
『The Silent Force』 / Within Temptation