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2008年11月10日 (月)

連載 鈴木淳史のクラシック妄聴記 第7回

「ベルリン、そしてドビュッシー」

 恐ろしく落ち込んでいた。雑誌特集のベルリン取材のための航空機に乗り遅れてしまったのである。まったくの勘違いで。ほとんど人気のない成田空港の出発ロビー、終電に近い京成電車、編集者から返ってきた「信じられないことですが」で始まるメール、そして翌朝再び訪れた成田空港の活気に満ちた賑わいのなかで、猛烈な孤独を感じることになった。原稿を落とさないこと、飛行機に乗り遅れないこと、自分が人に誇れるのはその二つだけだったのに……。
 予定より遅れて到着したベルリンの締めつけるような寒さのなかに立ったとき、抱えていた重たげな気持ちが徐々に和らいでいった。ここでは孤独であることは、当たり前なのだ。車窓から見える唐突に現れる建造物の織り成す、奇妙なパースペクティヴ。街を行き交う人も、みな孤独を宿しているのを隠そうとはしない。
 孤独とは、個の存在の主張から生まれる。個を意識しなければ、孤独とは無縁だ。ベルリン・フィルがもっとも個性の強い演奏家をそろえたオーケストラであることは、このベルリンという街の性格と無関係ではあるまい。そして、真の意味で孤独でなければ、音楽への渇望へも生まれない。音楽とは、バラバラになったものを一つに見せてくれる幻影だからだ。

 東京に帰ってきて、ラトル指揮のベルリン・フィルによる《ワルキューレ》を見る。エクサンプロヴァンス音楽祭のライヴ映像だ。演出は正直いって、物足りない(物足りないくらいが人気があるのかもしれないが)。歌手もとりたたてて特筆すべきものもない。しかし、オーケストラの響きがすばらしい。わたしは、《ニーベルングの指環》といえば、真っ先にカラヤンが指揮したベルリン・フィルの録音を挙げるのだが、この響きに似ているのだ。よく整理されたリズムだが、器を小さくすることによる萎縮はまるでない。久々に豪華な《ワルキューレ》を聴いた。

 最近のラトルとベルリン・フィルは、新しい関係性を築きつつあるような気がする。今回ベルリンで聴いたブラームスもそうだったのだが、まるでカラヤン時代のゴージャスな響きとアバド時代の自由さを兼ね合わせたような音楽なのだ。かつてのラトルならではの薄味バランスのなかでの小技連発が影を潜め、オーケストラがもっている響きや個性を最大限に生かそうとしているように感じる。自我を捨てて、大いなるベルリン・フィルに全てを任したのか? いやいや、これだって、ラトルの厳密なコントロールのなかにあるのであり、ラトル自身が聴き手に「大家風の音楽をやってる」と印象づけたいのかもしれないが、ここまでやってくれるのなら、喜んで騙されてやってもいいかな、と思う今日この頃である。
(このベルリン取材で見聞きしたものは、今月24日発売の『エスクァイア日本版』1月号のオーケストラ特集に掲載予定)

 たまった仕事を片づける合間に、聴き逃していたディスクを聴く。今回一番ぶったまげるほど感激したのは、ケラスとタローのドビュッシーとプーランクのソナタ集。ドビュッシーのチェロ・ソナタは、それほど頻繁に聴く曲ではないけれど、以前よりボンヤリと気になってはいた。これぞ決定的な演奏というのもなく、やはりボンヤリしている曲だから仕方ないのかと思っていたのである。
 この新譜を聴いて、まったく印象が変わった。なんという表現の闊達さ。ケラスのチェロはヤバいくらいに雄弁に旋律を奏で、そしてタローのピアノはバランサーとしてガッチリとそれを受け止める。そのアンサンブルの呼吸感がたまらなくセクシーなのである。プーランクのソナタでは、その両者の立場が逆転しているのもいい。合間に入っている小品編曲もすばらしい出来だ。こんなに美しくしなやかな《レントより遅く》は、なかなか聴けるものではない。
 これまでもこの二人のデュオには好ましい印象はあったけれど、ここまでフランス系の音楽に相性が良かったとは。どんな動作をしても重くならないのが、フランス音楽の特徴だ。ケラスもタローも、自分のやっている音楽の輪郭をしっかと描くのだけど、決してそのなかを音(または、その他の何か)で埋め尽くして停滞することはない。今回の新譜は、その最良の成果だと思う。
 ちなみに、二人は今月来日して、各地でコンサートを開く。ドビュッシーとプーランクのソナタを両方聴けるのは、東京(紀尾井ホール)と佐世保(アルカスSASEBO)だ。

(すずき あつふみ 売文業) 

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