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2006年12月10日 (日)
連載 許光俊の言いたい放題 第43回「ヴァントとライトナーに耳を洗われた〜バイエルン放送響のライヴ」
バイエルン放送響の記録が今後、本格的にCD化されるという。大いに期待したいが、最初は何とも渋いものを出してきた。ヴァントの「ハフナー・セレナーデ」、それにライトナーの2枚。
当然(?)、私としては、ヴァントから聴く。予想通り、きわめて端正だ。1980年代前半というと、まだガチガチの音楽をしていた頃である。最初の楽章など、いかにもそれすぎるが、第2楽章ではぐっと音楽が柔らかみを増すのがおもしろい。といっても、軟弱ではない。ぴしっとした柔らかさ、と言うと矛盾のようだが、要するにデレデレ、ニヤニヤではなくて、上品な貴婦人の微笑といった感じなのだ。これぞ鍛えに鍛えた社交術という感じの。前から書いているが、私はこういう訓練の果てにある優雅というものを高く評価する。
フレージング、音の溶け合い、歌い方の抑揚、すべてがピタッとかみ合っている。隙がない。この猛烈に美しい弦楽器の統制は、稀有の美味だ。甘い歌が好きとか、燃えている演奏が好きというレベルの鑑賞では、この美味の価値はたぶんわからない。ぜひとも集中してこの楽章を聴いてみなされ。あらゆるモーツァルト演奏の中でも最高の部類に入る。
第3楽章以下も精巧の限りを尽くした宝石細工のようだ。第5楽章の短調の部分などその種の極致で、この異常なまでの端正を聴くと、ヴァントが精度を求めて執拗に練習を繰り返すあまり、時に理解されず狂人扱いされたことも理解できる。生で聴いたら、私がハンブルクでの「ポストホルン」を聴いたときもそうだったように、溜息の連続だったろう。
意外なのは(失礼)、ライトナーがたいへん好ましい演奏だということだ。ヴァントに比べるまでもなく、実にくつろいだ演奏である。ほとんど無策という感じの。ところが、その緩み加減が絶妙なのだ。早過ぎも遅過ぎもないテンポで音楽は流れ、巧まずとも平和でのどかな空気が広がる。あれもこれもやりましたという今風のハイドン演奏には求められない魂の平安がある。差異のための差異を求めて演奏家たちが汲々としている現代においては消えてしまった種類の音楽だ。特に、ノリントンのベートーヴェンのようなせっかちでヒステリックな音楽を聴かされたあとでは、慈雨のごときである。
モーツァルトもたいへん結構。K200の第2楽章など、春の黄昏の気配で、とても美しい。消え入るような、滅びていくようなはかなさが充満している。影の部分がはっきりと影になっている。「ハフナー」交響曲第2楽章では、ことに3分50秒過ぎの弱音が続くあたりが、天国的のひとことに尽きる。弦楽器と管楽器がすばらしく溶け合い、陶酔的な音楽が奏でられる。全体にしみじみした静けさがあるのもいい。
オーケストラの実力もすばらしく、弦楽器群のクオリティの高さには感心するしかないし、管楽器もどのパートも達者でいながら、目立とうとしないのが、まろやかな印象に結びついている。
ハイドンもモーツァルトも、聴いていると、よい意味で眠くなる。すうっと睡魔が忍び寄ってくるのだ。退屈だから眠くなるのではない。きれいだなあと思いながら、眠くなるのだ。これは私にとっては非常に珍しい経験だった。おそらく音楽の呼吸が自然なのだ。これがライトナーの技なのか。今後要チェックのようだ。とりあえず今は催眠指揮者と呼んでおこう。
このように、3点のうち、屑がひとつもない。もし選び抜いてこの渋いラインナップになったとしたら、相当の目利きが仕切った仕事ということになろう。刺激や目新しさではなく、高級感ある美しさを求める人には絶対におすすめだ。
また、音質がどれも極上なのにも驚いた。何とは言わないけれど、最新録音の大半よりもすぐれているのではないか。きわめて明快で、乾いても固くもなく、ノイズも少なく、文句なしだ。
(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学助教授)
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ハフナー・セレナーデ ヴァント(指)バイエルン放送響
モーツァルト(1756-1791)
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Sym.28, 35, Der Schauspieldirektor: Leitner / Bavarian.rso
モーツァルト(1756-1791)
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ハイドン(1732-1809)
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