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これは・・・思わず絶句の奇書〜『迷走する音楽』

2006年12月24日 (日)

連載 許光俊の言いたい放題 第45回

「これは・・・思わず絶句の奇書〜宮下誠『迷走する音楽』」

 心当たりのない本が届いた。法律文化社? 確かに私は法学部で雇われているが、法律の本を送られる筋合いはない。何だろう? 封を切ると黒いおしゃれな装丁の本が出てきた。
 『迷走する音楽』。副題に「20世紀芸術学講義」とある。ずしりと重いハードカバーだ。きっと読むのがたいへんな音楽論なんだろうな。著者は知らないけど、帯には博識の谷川渥氏の熱い言葉が踊っているし。
 しかし、これが世にクラシック本は無数にあれど、群を抜く奇書だったのである。
 まず最初に、謝辞がある。著者は何と数十人の名前を挙げて感謝するのだが、いちいち理由が記されている。しつこい。このあとネチネチ、ジクジクと攻めてくる本だろうと怖くなるのに十分だ。
 しかも、まだまだ本文が始まらない。まずは手紙と鼎談だ。編集者や大学関係者との言葉のやりとりが記録されている。
 続いてこの本を書く戦略が記される。
「本書は多くの箇所で音盤紹介を『擬装』している」(と書いちゃったら、擬装にならないんじゃないの?)
「本書は音楽学に対する寄与を目論んでいない」(言われなくても、わかります。ここまで読んだだけで)
 結局、第1章に入るまでに何と50ページが費やされているのである。
 そして、ようやくたどり着きました、第1章。どんなすごいことが書いてあるのかと思うと、なんと、著者は子供の時からクラシックや文学全集が好きだったという妙に卑近な話題から話が始められるのだ。百科事典に出ている裸婦を見て興奮したとか・・・。
 はあ、要するに自分史を書きたいわけね、なーんだと思っていると、今度はマニアックにもマーラーの第3交響曲約30種類の聴き比べ。続いて著者が考える「長い曲」が約30曲紹介されている。
 著者はティンパニ・フェチらしく、気持ちのよいティンパニの音を求めて三千里みたいな章があるかと思うと、日本では誰も見たことがないような20世紀オペラの話が延々とあったり、シュトルツェへの愛情が吐露されたり、展開は予断を許さない。
 およそ常識的なクラシック本ではあり得ない構成だが、なぜこんな風になったかと言うと、著者は大きな主題を持っていて、それをどう扱おうかと頭をひねったあげく、こうした尋常でない書かれ方に到達したのである。その主題とは「ものがたり」。クラシック音楽をこのキーワードによって横断した経験が本書というわけである。どう横断したかは、本書を見ればはっきりわかるので、ここでは書かない。
 ともかく300ページにぎっしりマニアならではのこだわりが詰まった本だ。アカデミックに解説してもよいが、これを読んでいる人の多くには無用だろう。まずは変な情報が詰まった珍本としてご覧あれ。
 著者は國學院大学の先生。

(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学助教授) 


迷走する音楽
宮下 誠著

謝 辞
     プロレゴメナ
誘 惑
筆 制
鼎 談
 編集者のお仕事
 交響曲の「運命」
 「批評」することの蹉跌
 指揮者のお仕事
 「遅い」ことには理由がある
 逸脱するティンパニ
 「ものがたり」の復権?
 「ものがたり」の終焉
序奏 迷走する「ものがたり」
 大きな「ものがたり」の終焉
 断片化する「知の体系」
 アロイス・リーグル
 ハインリヒ・ヴェルブリン
 本書の記述法、体裁についての註
第1章 「ものがたり」の過剰
 ヴィタ・セクスアリス
  ヘルベルト・フォン・カラヤン
 アントン・ブルックナー
  ヴィルヘルム・フルトヴェングラー
 グスタフ・マーラー
  ロリン・マゼル
  レナード・バーンスタイン
  ヤッシャ・ホーレンシュタイン
  ピエール・ブレース etc.
 何故長くなるのか?
  フランツ・リスト
  ハーヴァーガル・ブライアン
  アラン・ペッテション
  ディーター・シュネーベル
  モートン・フェルドマ
  カイホスル・S・ソラブジ etc.
 リヒァルト・ヴァークナー
 「ものがたつ」の過剰
第2章 「ものがたり」の纂奪
 見クわれる「ものがたり」
  マクシミアンノ・コブラ
 「ものがたり」の簒奪
 何故遅くなるのか?
 オットー・クレンペラー
 ハンス・クナッパーツブッシュ
 ヘルマン・シェルヒェン
 セルジゥ・チェリビダッケ
 遅い演奏の方へ
  レジナルド・グッドール
  カルロ・マリア・ジュリーニ
  ショゼッペ・シノーポリ etc.
 崩 壊
  カール・ぺ一ム
  ハンス・スフロフスキ
  ホルスト・シュタイン etc.
 マニエリスム
  ロリン・マゼル
  クリストフ・エッシェンバパ
  ヴァレリー・アファナシェフ etc.
第3章 「ものがたり」の断裂
 太鼓学事始め
 古楽の衝撃
 最近の太鼓から
  フローリアン・メルツ
  デイヴィッド・ジンマン
  グスタフ・クーン
  ルドルフ・ヴァルシャイ etc.
 ヴィーンの太鼓
  イシュトヴァン・ケルテス
  ジョージ・セル
  ゲオルク・ショルティ
  チャールズ・マッケラス
  サー・サイモン・ラトル etc.
 ドレスデンの太鼓
  カール・エレメンドルフ
  ヨーゼフ・カイルペルト
  ヘルベルト・ブロムシュテット
  ヴォルフガンク・ザヴァリッシュ
  ルドルフ・ケンベ
  オイゲン・ヨッフム
  ハンス・シュミット=イッセルシュテット
  カルロス・クライバー
  ハインリヒ・ホルライザー
  マレク・ヤノフスキ etc.
第4章 「ものがたり」の逡巡
 20世紀オペラ―時代錯誤の怪物?
 ポリス・ブラッハーの『抽象的オペラ』
『新しいハーモニー』
  ハンス・ヴェルナー・ヘンツェ
  アルハン・ベルク
 煮え切らない「ものがたり」
  エルンスト・クルシェネク
  ヴェルナー・エク
 「オペラ/大きなものがたり」の終焉(終演)
  マウリシオ・カーゲル
  カール・ハインツ・シュトックハウゼン
 「ものがたり」の復権?  4
  ヴォルフガンク・リーム
  シェーンベルク
  アリベルト・ライマン
  アルフレド・シニトケ
 逡巡する「ものがたり」/見失われた「ものがたり」
 逡巡しない「ものがたり」
  リヒャルト・シュトラウス
  カール・オルフ
  エーリヒ・フォン・コルンゴルト
  レオシュ・ヤナーチェク
  ディミトゥリ・ショスタコーヴィチ
 フェルソチオ・フゾー二(1866-1924)
  『花嫁選ぴ』
  『アルレッキーノ』
  『トゥーランドット』
  『ドクトル・ファウスト』
 ハンス・プフィッツナー(1869-1949)
  『哀れなハインリヒ』
  『愛の花園の薔薇』
  『キリストになった小妖精』
  『パレストリーナ」
  『心(心臓)』
 パウル・デッサウ(1894-1979)
  『ルクルスの審判』
  『プンティラ』
  『アインシュタイン』
 パウル・ヒンデミート(1895-1963)
  『殺人者,女たちの希望』
  『ヌジュ=ヌジ』
  『聖女ズザンナ』
  『カルディヤック』
  『今日のニュース』
  『画家マテイス』
  『世界(天体)の調和』
 ゴットフリート・フォン・アイネム(1918-)
  『審判』
  『老婦人の訪問』
後奏 「ものがたり」の終焉
 「あとがき」にかえて?
 クレンペラー晩年のテンポ
 クレンペラー名演補遺
 ゲアハルト・シュトルツェの哄笑
 シュトルツェ名唱集
 クルト・ザンデルリンクの唯我独尊
 ヘルベルト・ケーゲルの挫折
 おわりに,或いは二人のヘルベルトによる『第9』を巡って
極私的文献表


⇒評論家エッセイ情報
※表示のポイント倍率は、
ブロンズ・ゴールド・プラチナステージの場合です。

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迷走する音楽 20世紀芸術学講義 2

本

迷走する音楽 20世紀芸術学講義 2

宮下誠

ユーザー評価 : 3点 (6件のレビュー) ★★★☆☆

価格(税込) : ¥3,850

発行年月:2004年11月

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