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青柳いづみこ『双子座ピアニストは二重人格?』

2006年1月24日 (火)

連載 許光俊の言いたい放題 第46回

「青柳いづみこ『双子座ピアニストは二重人格?』」

 バロック時代からベルリオーズ、シューマンを経て現在に至るまで、文章を書く音楽家はいつの時代にもいる。が、少なくとも今、青柳いづみこのように端正なエッセイを書く人は、他にあまりいないだろう。
 エッセイというのは、気の利いた小品のようなもので、いくらアイディアがすばらしくても、いくら論理的に正しくても、それだけでは光るものにならない。
 また、世の中には、死ぬほどたくさんの「エッセイらしきもの」が氾濫しているが、その多くは、どうでもよいような私生活を露出したものばかりだ。しかし、もちろん、それでは美しいエッセイにならぬのである。
 エッセイを書く一番のコツは、自分が何を書きたいか、書けるかをよく把握しつつ、それを抑制によってうまくコントロールすること、つまり常に腹八分にしておくことなのだ。言い換えれば、エッセイを光らせるのは、何よりも話術や雰囲気なのである。内容もさることながら、どう話すか、どういう雰囲気を作り出すか、どう抑制するかということも、内容に劣らず重大な知性である。このような知性を伴わないただの内容の発露などは、ブレーキを持たず、ハンドルの不正確な、馬力だけはめっぽうある車のようなものだ。
 そういう点で言えば、この本に入っているのは、きちんと統御されたエッセイのお手本のようなものばかりだ。しかも、統御されつつ、力ずくでそうしたという感じ、窮屈な感じがない。論旨はきわめて明快だが、どうだ、文句あるかという暴力的な説得を試みているように見えない。私生活について述べても、自分をユーモラスに客体化する視線があるので、つまらぬナルシシズムを避け得ている。素直であけっぴろげのようでいて、崩れない枠があると言ってもよい。
 心地よいテンポとリズムで、言葉が先へ進む。筆者は世紀末芸術や、エロティシズムや、グロテスクにことさら興味を持つとは、この本の中でも言われているが、どうして、文章は湿っておらず、のびやかで、開放的で、明るい。もったいぶらず、難解ぶらず、すっと頭に入る。さわやかなユーモアがそこかしこに見える。ユーモアとはものごとや自分の姿を一歩退いて見ることに他ならない。いわば知性の別称である。
 ドビュッシーをはじめとする作曲家の話、ミケランジェリやアルゲリッチなどの演奏家論、マルセイユ留学時代の話、飲み食いの話と、テーマは多岐にわたる。最後の章では音楽評論についての率直な意見が示されているが、これは評論家も、愛楽家もどちらも読んでおいてよい。どうせなら、もっと辛辣でもよかったのだろうが、そうはしないところが、この著者のたしなみなのだろう。私は特に、留学時代の話をおもしろく読んだ。

(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学助教授) 

私のなかの「二つ」   
  ピアノとエクスタシー
私がピアノをやめるとき
図書館で見たドビュッシーの素顔
二つのフランス
仮面のある風景
コラム「弦が切れた!」
ドビュッシーのなかの「二つ」  
  ドビュッシーのなかの「二つ」
もし、ドビュッシーがジイドだったら?
ピアノで描くドビュッシーの光と影
ワーグナーとドビュッシー
《ペレアスとメリザンド》
コラム「感覚指数」
ピアニスト的作曲家論  
  モーツァルトとの出会い
おとぎばなしと《魔笛》――グリム、エッシャー、モーツァルト
ピアニシモの秘密――マーラーとドビュッシー
劣等生のサティ
ニュートラルなシューベルト
ドイツの黒い森 ブラームス
シューマンのジレンマ
コラム「楽器の顔」

音楽の風景
  あぶない鏡の幻想
    ――ドビュッシーと《アッシャー家の崩壊》をめぐって
一八九〇年の青春――ドビュッシーとパリの詩人たち
パリの街、セーヌは流れる
コメディア・デッラルテ(イタリア喜劇)と音楽
    ――じとじととからからのお話
水の女
ドビュッシーとラヴェルの話
コラム「カメラマン」
大いに飲み、食べ、語る
  酒は涙かためいきか……
食の審美眼
フランス音楽のエスプリ
マルセイユの思い出
ニースの桃の夢――マルセイユと南フランス
コラム「ネルの思い出」
ピアニスト的演奏論
  キャンセルする天才、しない天才
    ――アルゲリッチとラローチャ
双頭の女神ヤヌス――ポリーニとミケランジェリ
マニエってるミケランジェリがドビュッシーを弾くと……
神の国の序列――『グルダの真実』を読んで
作曲家系ピアニストの演奏は、なぜ面白いのか?
コラム「無駄毛再考」
演奏することと書くこと
  批評の暴力
批評の諸問題
安川加壽子先生の評伝を書き終えて
書評とコンサート評
演奏することと書くこと


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