作曲をする指揮者というのは、現代では少数派と言えるのではないか。かつての指揮者は、一つのオーケストラにとどまることが多かったが、現代では、世界中を飛び回って数多くのコンサートを指揮しなければならないというきわめて繁忙な状況にあり、とても作曲にまでは手が回らないというのが実情ではないだろうか。現役の指揮者ではスクロヴァチェフスキやマゼール、ブーレーズなどが掲げられるが、それ以外の指揮者は、作曲はできるのかもしれないが、作曲をしているという話自体がほとんど聞こえてこないところだ。少し前の時代に遡ってみれば、バーンスタインやブリテンがいたし、更に、マタチッチよりも前の世代になると、クレンペラーやフルトヴェングラー、マルティノンなど、いわゆる大指揮者と称される者が目白押しである。もちろん、現在では、作曲家としての認知が一般的なマーラーやR・シュトラウスも、当時を代表する大指揮者であったことに鑑みれば、かつては、指揮者イコール作曲家というのは、むしろごく自然のことであったと言えるのかもしれない。ただし、昨今の指揮者兼作曲家が作曲した楽曲が名作と言えるかどうかは議論の余地があるところであり、マーラーやR・シュトラウスなどはさすがに別格ではあるが、前述の指揮者の中で、広く世に知られた名作を遺したのは、大作曲家でもあったブリテンを除けば、ウェストサイドストーリーなどで有名なバーンスタインだけではないかとも考えられる。マタチッチも、そのような作曲をする指揮者の一人であるが、その作品が広く世に知られているとは到底言い難い。ヨーロッパでは二流の指揮者の扱いを受けていたマタチッチは、自作を演奏する機会などなかなか巡って来なかったのではないかと考えられるが、マタチッチが、最後の来日の際の条件として、自作の対決の交響曲の演奏を掲げたことも、そうしたマタチッチのヨーロッパでの不遇のあらわれと言えるのかもしれない。対決の交響曲は、私も本CDではじめて耳にする楽曲であり、加えて既発CDも持っていないので、今般のBlu-spec-CDとの音質の比較をすることもなかなかに困難である。ただ、従来CDではなく、Blu-spec-CDであるということで、音質が非常に鮮明であるということは十分に理解できるところであり、その結果、マタチッチの手による対決の交響曲が、細部に至るまで鮮明に表現されているということについては、本CDは十分に評価に値すると言えるのではないか。対決の交響曲は、現代音楽特有のいささか複雑な楽想や構成、不協和音なども散見されるものの、比較的親しみやすい旋律も随所に満載であり、この作品を名作と評価するにはいささか躊躇するが、マタチッチという大指揮者の作曲家としての力量やその芸術の神髄を味わうことができるという意味においては、意義の大きい名CDと高く評価したいと考える。