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マーラー(1860-1911)

CD 交響曲第2番『復活』 チョン・ミョンフン&ソウル・フィル、ラング、イ・ミョンジュ(2CD)

交響曲第2番『復活』 チョン・ミョンフン&ソウル・フィル、ラング、イ・ミョンジュ(2CD)

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    ほんず内閣総理大臣  |  北海道  |  不明  |  2013年01月09日

    ライヴ盤で最後には聴衆の熱狂的な拍手喝采が収められており、これまで寄せられたレビューもまた絶賛の嵐であります。ですけどねぇ、私はこのディスク、さっぱりよいと思いませんでした。まず、オケと音響面。ソウルフィルは初めて聴きました。新団体ではなく60年ほどの歴史を持つのだそうですが、技量はやはりいま一つではないでしょうか(あるいは大編成故にエキストラがいっぱい入っているはずでその人たちかな)。変な音がそこかしこに聴こえるし、きちんと鳴ってないパートもあり、打楽器は常におっかなびっくりの感じでパンチがない。録音の加減もあるんですかねぇ、銅鑼が極めて小さい音量で全く効果的でなく、オルガンもしょぼいなあ。次に指揮者のアプローチ。テンポは遅めでありますが、細部へのこだわりとかパワーの詰め込みとかいう姿勢の結果ではなく、ただ単に「遅め」の進行というだけ。第1楽章は巨大な問題提起だと思うのですけれど、「提起」でないどころかそもそも「問題」ですらないようなどこか「ぬるい」音楽把握のように思えます。それ故、第2楽章と第3楽章はそこそこにいいのですけれど。第5楽章は音響面でも感情面でもいっこう盛り上がらず、特に最後のクレッシェンドから一打の終結はあっけないほどあっさり。「えっ?!」と思うほどの高揚の無さで、正直がっかりしたなあ。ましてすぐに熱狂的拍手喝采が始まるので「なんで?」という気になってしまいました。現場ではすごかったのかな?ま、ともかく、私としては残念なディスクでした。

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    John  |  UNITED STATES  |  不明  |  2012年04月28日

    In the opening funeral movement, the rich and rock solid sound of the orchestra is quite ear-catching. To borrow some critic’s word, it is ’beefy’, a quality that is hard to find in Asian orchestras. Based on this and previous CD releases that feature Chung/SPO, it is clear that under maestro Chung’s leadership the Seoul Philharmonic Orchestra has grown into a world class ensemble with the unique sonority and high discipleship. Chung’s reading is, as expected, temporally flexible, texturally rich and precise, his concept of the music grand in scale but minute in details. This is a big, hugely romantic view of Resurrection Symphony where memories of dead man’s life are cherished with much sympathy and respect: the opening Allegro motif in the low strings, which is usually sprung with great attack, has never sounded warmer but also clearer thanks to Chung’s slow than normal tempo that allows the series of dotted notes sound exactly as written in the score. In the development, there is a certain tranquility shimmering and hanging like a ghost. Listen how the horns, trumpets register in the extraordinarily controlled pianissimo. Yet, when the score calls for utmost strength in tutti passages, e.g., the main climax that leads up to the recapitulation, the orchestra explodes with all hands breaking loose. It is to Chung’s credit that the final descending chords are undone in a moderate tempo (as per the score) finishing off this 24 min. long epic with poise and exemplary restraint. The rest of the performance goes equally well. The two middle movements are not too far from the norm in tempo and dynamic contrast, providing a nice respite from the burden of the mundane life depicted in the previous movement. In the Urlicht mezzo soprano Petra Lang sings with a voice that is aptly weighty and spiritual. The Finale is rendered very broadly clocking nearly 38 min. But Chung fills up the void in this long movement with many fine details. Again, his former experience in the French repertoire must have helped achieve the level of concentration and refinement that are so well on display in this recording. Under his baton, the Seoul Philharmonic Orchestra literally burnishes, glows, and rocks in the apocalyptic conclusion. One final Note. If the symphony’s ending right after the chorus cuts out sounds somewhat anticlimactic, Chung’s slight down-scaling of the dynamics herein is a stroke of genius! As in Otto Klemperer’s celebrated EMI recording and Claudio Abbado’s razor sharp Chicago version on DG, his emphasis seems to be on the main climax, i.e., the chorus & orchestra combined that precedes the pure orchestra passage. Here, aided by the outstanding singing from the chorus and soloists all of whom sing like Angles, and the finely tuned orchestra, he achieves a state of true exaltation and elevation. Chung’s arguments is then, what follows after such an apotheosis should be a ’wrap-up’ rather than another ’ramp-up’. He has done just that quite nicely. The recording sound tops the previous effort in Mahler First with a wide dynamic range and open sound stage that adds to the scale and scope of this mammoth symphony. It was recorded at the acoustically dry and taxing Art House Hall, but led by Michael Fine, the recording producer of the Seoul Philharmonic, the DG engineers have done themselves proud. Alas, as in most recordings the organ rather weak although the low & high tam tam, bell are well audible. I can’t wait for the next installment in the Chung/SPO/DG series!

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  • ★★★★★ 

    masashing  |  大阪府  |  不明  |  2012年03月30日

    NHK-BSで放映されたN響との第3番が素晴らしかったが、この2番でも彼の意図がはっきりと聴き取れ、音楽に没頭できる。終始シャイー&RCO盤に近い、ゆったりとしたテンポで進む。ちなみにシャイー盤と同じくメゾがP・ラングであり、演奏時間(87分58秒)もほぼ同じ。ライブの、この遅いテンポでも、ソウルフィルは乱れのないしっかりとした足取りで心地よく奏でる優秀な楽団であることが確認できた。女声2人の声質が少し似ているもののうまいし、合唱も大変立派。ライブのハンディを考慮しても、SHM-CDである本盤は、EXTONのSACDほどの鋭さはないが、S/N比もソノリティも大変素晴らしい。私蔵の28組の第2番の中でベスト5に入る。(ちなみに、4はバーンスタイン/NYP、ヤルヴィ、ハイティンク/BPO、シノーポリ/POでラトル/BPOが6位に落ちたかな。)このチクルスも今後大いに期待できるといえるが、インバル、P・ヤルヴィ、ラトルなどがまだまだ後に控えていることを考えると、財政面で悩ましい。

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  • ★★★★★ 

    くるとん  |  福岡県  |  不明  |  2012年03月18日

    おどろくべき名演の登場だ。最近はとんと活動の話を聞かないチョン・ミュンフンであったが、ボックスが出て「はいおしまいよ」と音楽人生の総まとめをしたのかとおもったら、そうではなかった。いやいや、かかる深化を遂げていたとは…というのは我々の思い込みであって、実はチョン・ミュンフンのマーラーは実に定評があるらしいのだ。YouTubeでのチョンのマーラーの指揮姿を拝見したが、これが、どの指揮者とも似ていない、素晴らしい雰囲気、女性で言うところの、声も出ないほどのイケメンに出会った時のような感じで、「あ、この人すごいかも」と思った。ワタシモ、邦人も含め、東洋人がするクラシックに一種の偏見を抱いているが、いや、申し訳なかった。グラモフォンと契約しているだけはある。といっても、「マーラー=東洋=チョン」という図式で「売れ」の勝算がないと、グラモフォンも録音に及び腰になってしまうほどのCD不況なんだろうが、さすが、グラモフォンも重いお尻を上げただけのことはある。このチャンスをつかみ、再び「チョン=売れ」の図式を復活させることが出来れば、彼はまだまだ伸びるだろうし、どんどん素晴らしい録音を残して行ってくれるだろうと考える。ティーレマンやパッパーノみたいな「オペラハウス、叩き上げ、だから偉いでショ」みたいな指揮者は、結局制度と伝統というものに媚びて甘えてるだけだ。才能は叩き上げなかろうが才能なのだ。パッパーノなんて、セラフィンみたいにオペラ指揮者として生きればよかったのに。結局、オペラがいやになったんでしょ。ティーレマンだって、オペラを自分の才能を伸ばす場にすんな!と思う。オペラに失礼だ。そういう人に芸術の神髄なんてつかめるはずがない。チョン、期待している。頼むよ。彼の指揮姿、ぜひ見てみてください。あ、あと、これはパロディとして書き始めたが、ついつい熱を帯びてしまった。最後は真面目にやろう。このCDの国内盤はSHM−CD仕様であるところは論をまたないところであり、それが使用されている国内盤を購入することにいささかの躊躇もするものでもない。ついては、この極上、至高の演奏内容であるのは論をまたないところであり、これがさらに鮮明な音質で聴くことが出来るSACD化されるのを待つのである。いつの日か、シングルレイヤーによるSACD&SHM−CDによる極上の高音質で味わうことができることを希望しておきたいと考えるのにいささかの躊躇もないことは論をまたないものである。

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