ロッシーニ(1792-1868)

ロッシーニ(1792-1868) レビュー一覧 9ページ目

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商品ユーザーレビュー

338件
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  • ミサ曲ではあるものの、ロッシーニの最盛期に書かれて...

    投稿日:2013/05/30

    ミサ曲ではあるものの、ロッシーニの最盛期に書かれていることもあり、ベルカント風の装飾音符がこれでもかと言うぐらいに、随所にちりばめられており、宗教曲としての性格付け、崇高性はさほど感じられない。それでもコーラスを含めたアンサンブルに美しい曲が多く、十分に楽しめる。特にDomine deusが素晴らしくアンサンブルと、ベルカントの両面で楽しめる。とは言うもののオペラチックな部分が多く、曲の完成度という点では、スターバト・マーテルには及ばない。マリナーの指揮もややメリハリがやや乏しく、おとなしく感じられる。終曲への高揚感が今一つ不足しており、カンタービレ豊かな演奏が望まれる。録音が少ないのでこの録音でも全体像を理解するには十分だろう。

    トスカの微笑 さん

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  • 南米の爆演王、バティスのロッシーニ。 1曲目、どろ...

    投稿日:2013/05/14

    南米の爆演王、バティスのロッシーニ。 1曲目、どろぼうかささぎのみが、ロイヤル・フィルで後は、全てメキシコ国立交響楽団。 1曲1曲の出来は差があって、例えばブルスキーノ氏はかなりの遅いテンポで、ロッシーニ特有のあの軽快さがないばかりか、音を思いっきり外していたりするが、当たれば、凄い! ウィリアム・テルの終結部等はこの指揮者らしい、熱いハートのこもった名演奏である。 普通のロッシーニに聴き飽きた人におすすめ。 録音・音質は問題なし。

    レインボー さん

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  • カラヤン63歳の時1971年にBPOを振ってDGに再録(以前の...

    投稿日:2013/05/13

    カラヤン63歳の時1971年にBPOを振ってDGに再録(以前のは1960年PHOを指揮してEMIに収録)したロッシーニ歌劇序曲集は本盤四曲目以外に「泥棒かささぎ」序曲や「セミラーミデ」序曲がありこれらも先のレビューで東京都の方が言われたスッペの「ウィーンの朝・昼・晩」序曲同様に演奏が素晴らしいだけに何とか入れたらいいのにとは思いました。1969年演奏録音のスッペの方は「軽騎兵」序曲以外はカラヤンにとっては最初で最後のものですが・・・私も「軽騎兵」序曲以外は初耳です・・・ロッシーニと共に演奏自体もやはり東京都の方が書き込まれた通りでカラヤンはこうした交響曲とは違った比較的イージーにアプローチ出来る曲目にも手抜きはせず自家薬籠中のものとして各曲の造りのポイントを外さず要領良く且つ楽しく再現してくれます。正直「隙」が無さ過ぎて各作曲家の持ち合わせている「面白み」という視点からは異論を持たれる方もいるかも知れませんが小生は心地よいテンポでのBPOの卓越した技量を味わう処に重きを置きました。タイムデータをメモしておきましょう・・・1971年BPO収録分→ロッシーニ「絹のはしご」序曲5’58、「アルジェのイタリア女」序曲8’28、「セビリャの理髪師」序曲7’22、「ウィリアム・テル」序曲11’55、1969年BPO収録分→スッペ「美しきガラテア」序曲7’30、「スペードの女王」序曲8’28、「怪盗団」序曲7’08、「軽騎兵」序曲7’38、「詩人と農夫」序曲9’46。なお、1960年PHOとの演奏分→ロッシーニ「絹のはしご」序曲6’30、「アルジェのイタリア女」序曲8’09、「セビリャの理髪師」序曲7’21、「ウィリアム・テル」序曲12’01、スッペ「軽騎兵」序曲7’07(PHOとは1955年モノラル録音(7’12)が別にあります)(タイムについては盤により多少異なる場合があります)

    一人のクラシックオールドファン さん

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  • 確かに今までナクソスでロッシーニの序曲全集はなかっ...

    投稿日:2013/05/10

    確かに今までナクソスでロッシーニの序曲全集はなかった。 本盤には第1巻ながらなかなかマニアックな内容。 その中でも注目なのがシンフォニアニ長調。 ロッシーニは自作の転用がかなりあるが、この曲も後にブルスキーノ氏の序曲に転用されている。 ブルスキーノ氏の録音は多いが元ネタのこの曲の録音は珍しいはずで、本盤はそれだけで貴重な1枚だと言える。 ベンダ&プラハ・シンフォニアの演奏は軽快で生き生きとしており、なかなか良いと思う。 また録音も悪くない。

    レインボー さん

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  • 何故日本語字幕が無いのだろう?残念だ。

    投稿日:2013/04/06

    何故日本語字幕が無いのだろう?残念だ。

    カズニン さん

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  • CD1----@『ウィリアム・テル』序曲---11:06、 A...

    投稿日:2013/04/05

    CD1----@『ウィリアム・テル』序曲---11:06、 A『コリントの包囲』序曲---08:53、 B『シンデレラ』序曲---07:44、 C『どろぼうかささぎ』序曲---09:44、 D『婚約手形』序曲---05:24、 E『絹のはしご』序曲---05:56、 F『タンクレディ』序曲---05:43、 G『ブルスキーノ氏』序曲---04:46、 H『イタリアのトルコ人』序曲---08:24、 I『幸福な錯覚』序曲---05:24、 CD2----@『マホメット2世』序曲---12:20、 A『リッチャルドとゾライデ』序曲---12:25、 B『シンフォニア・アル・コンヴェンテッロ』序曲---04:06、 C『ボローニャのシンフォニア』序曲---06:22、 D『セミラーミデ』序曲---11:39、 E『ランスへの旅』序曲---07:21、 F『セヴィリャの理髪師』序曲---07:05、 G『アルジェのイタリア女』序曲---08:05、 CD3----@『ビアンカとファリエロ』序曲---07:09、 A『オテロ』序曲---08:34、 B『デメトリオとポリビオ』序曲---06:38、 C『エドゥアルドとクリスティーナ』序曲---09:48、 D『アルミーダ』序曲---07:39、 E『コロノスのオイディプス』序曲---06:19、 F『エルミオーネ』序曲---09:05、 G『トルヴァルドとドルリスカ』序曲---08:48、 歯切れの良い演奏と良い録音でロッシーニの魅力を余すことなく表現されていてすばらしい。

    クラシックなおじさん さん |60代

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  • これは難曲です。そうだろう、ロッシーニのことだから...

    投稿日:2013/03/10

    これは難曲です。そうだろう、ロッシーニのことだから歌手に容赦はないということではありません。日本人が理解するというかおもしろがるのが難しいという意味です。オペラは完全な異文化です。歌謡曲は流れていましたが、とてつもない高音で男女がデュエットするなんてことはありません。ちらっとTVでみてみると節をつけて会話しています。現実にはありえないことで笑うほかありません。そのただで笑えるオペラでこれは笑えるのだという。聴いてみると猛烈な早口言葉やSやBが妙な声を出す箇所がある、これがおもしろいというのだろうか、このように分析するようでは可笑しいわけがありません。イタリア語がわからないのが大ハンデで、日本語字幕で見るにしくはないで見てみます。咳で退散の約束をくりかえし反故にする、ウーム吉本では完全にスベリまんがな、高崎市民でないトルコ人にスパゲッティを大盛りにして一杯食わせているのがまあおもしろいといえなくもないが、何度も見れるものではないでしょう。それでCDで聴きなおしてみるとああこんな曲だったなとは思います。しかし、何かの拍子に頭のなかに浮かんできて、あれ、これどのオペラに出てくるんだっけという曲はないでしょう。作曲家初の大ヒット作といっても、音楽そのものとしても、最上とはいえないと思います。タイトルロールのMsが要です。頭の回転が速く行動力があるらしく聴こえなくてはいけません。が、女前でないといけないといっても和田アキ子みたいではムスタファのいうとおり持参金つきのSと一緒になったほうがいいと思えてきます。その辺は登場の際のo mio Lindoroのくだりを聴くとよくて本盤は合格だと思います。男性は若ければリンドーロ(T)、中年ならタッデオ(B)のつもりで見るのでしょうが、本盤で一番いいのはムスタファです。VPOは溌剌として美しく作曲家がウィーン訪問したとき街がロッシーニ一色に染まったという話を思い出します。そのとき片隅においやられたベートーヴェンにも同じ女性による男性救出劇があるときくが、これは作曲したということ自体がギャグに思えて実物を聴いたことはありません。曲自体ー1、DVDでないでー1です。

    西荻椿山 さん |60代

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  • 評価困難な音源です。まず音質は現代の録音に慣れた耳...

    投稿日:2013/03/09

    評価困難な音源です。まず音質は現代の録音に慣れた耳には聴けたものではありません。オケは団子状態、合唱もそうで何をいってるのかわかりません。歌手は遠くそれでいて高音では必ずヒスが入る始末です。次に台本の処理とキャスティングです。台本を見ながら聴いていると大きく飛ぶ箇所がいくつもあります。そしてTにはかけもちの方がいます。それもチョイ役ではなく2番目に重要な男性です。しかも殺される役と殺した奴を救出する役兼任というのだからすごい。ズタズタ、メチャメチャなのだが、本作品はロッシーニのなかでも特に愛の甘さを表現する点で最高級品と感じます。イタリア語がわからず、大幅にカットしているのでかえってドラマチックになっている可能性はありますが。困るのは、SがDella morte,piu funestaと歌い始めると諸々の難が気にならなくなることです。第1幕第7場TのAmor・・・Possente nome!ではじまる二重唱、鳥肌ものです。そして第2幕終わりのD’Amore al dolce imperoの圧倒的なパトス、拍手がしばらく鳴り止みません。第2のカラスという売り出し文句は最近使われなくなりました。上から下までムラなく無理なく出すことはできてもこのパトスにかけとうてい同列に論じられない方が続いたからでしょう。いくらTをきちんと揃え完全版にしてもSがカラス級でないとアルミーダの魔法はかかりません。未だカラスの魔法が解けていないのは検索すると本音源が5社から出されているのでわかります。しかし、未来永劫解けないとは思えません。カラスの活躍したのは前世紀の半ば、今世紀はもう10年以上過ぎています。いくら天才といっても百年に一人は出現すると思われ、もうすぐ完璧に塗り替えられるものと思いたい。

    西荻椿山 さん |60代

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  • 「湖上の美女」、シューベルトの歌曲「水の上で歌う」を連...

    投稿日:2013/03/08

    「湖上の美女」、シューベルトの歌曲「水の上で歌う」を連想します。事実、跳びはねるような旋律もありますが、第1幕第2場のエレナ(S)のOh mattutini alboriのロマンチックな雰囲気が大勢をしめています。お話の設定は水戸黄門、もっと若いから暴れん坊将軍(T)みたいです。Tは対立する陣営の娘(S)に恋しますが、Sはこれまた同陣営の恋人(Ms)に忠実で2度も拒絶されるのですが、TはSに恋慕する首領(別のT)を成敗した後さっぱりと陣営ごと許すという筋書です。政治と愛情、2重に対立しながらこの結末はひじょうに寛大で、ありうべからざることと思われますが、当時の当局に対する配慮でもあったのでしょうか。まあそのような疑問は結尾のSのアリアAh chi sperar potea tanta felicitaの歓びを聴くとどうでもよくなりますが。このように本盤の聴きものはカバリエ(S)です。恋人がMsというのは「タンクレーディ」やベッリーニの「カプレッキとモンテッキ」などヴェルディより前にはありがちなのですが、宝塚的違和感があります。が、第1幕第7場終結の2重唱など美しくありかなとも思います。ライヴですが、観客の存在は幕の終わりの拍手だけで聴くじゃまになることはありません。ステレオと盤面に記してありますが、拡がりはなく歌手が遠い。90年よりずっと前の録音のように感じます。といって、スカラ座盤もアンダーソン(S)のせいなのか、ムーティがへぼなのかどうにも退屈です。本曲の理想的上演は未来に期待するほかありません。なお、手元にあるのはfoyer盤です。

    西荻椿山 さん |60代

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  • 第1幕82分、第2幕59分、第3幕58分、第4幕36分計235分...

    投稿日:2013/03/06

    第1幕82分、第2幕59分、第3幕58分、第4幕36分計235分、4CDです。普通のオペラたっぷり2つ分で、超難度の歌唱が要求されていなかったとしても、ロッシーニ最高傑作という掛け声ばかりでおいそれとは実演にお目にかかれないのもわかります。お話は子供の頭上のりんごを射ち落すスイス独立の英雄(Br)でおなじみだが、これにからむロメオ(T)とジュリエット(S)的なカップルの話が肥大しているのでこの始末です。本盤のBrは粘りつくような声が個人的に好みでなく聴きながし、T、S中心に聴くことで注意力をセーブできます。序曲の結尾はクラシックファンならずとも聴きなれた節だが、そこまでの調べにもうたれます。その他の部分のオケ、合唱もそうで、ワーグナーのように耽溺的ではない淡いロマンチックな色彩が魅力的です。理髪師のようにクレッシェンドだけで乾いた印象ではなくしっとりと潤っています。第1幕、TとBrのかけあいでTがAlla patria ,al dover mioと抜け出して歌うところは「ジョコンダ」を髣髴とさせます。第3幕SのEi stesso?以降、「清教徒」のTに同様の節回しが聴こえ、その後のTとの絡みは「アイーダ」の第3幕を先取りしているかのようです。つまりヴェルディ以降のイタリアオペラは好きだが、それより前のイタオペはどんなものだろうと躊躇っている方にも管弦楽も歌唱も抵抗が少ないだろうと思われるものです。本盤のTは後年のように高音が細くかすれるようなことはなく第4幕O muto asil del piantoなど見事です。Sも後年のアクが出てきてなく彼女の最高の録音の一つだと思います。これらT、Sの差がムーティ/スカラ座盤が退屈な理由の一つでしょう。ロッシーニがこれを最後にまだ若いのにあっさりオペラから足を洗ったのはよく知られています。インスピレーションが枯渇してしまったとは思われません。この後観客が望んだ方向でも作曲できたでしょうが、そうするのをご自分の美意識が許さなかったのでしょう。同じく肥満していましたが、本盤のTにはこの作曲家のダンディズムは理解できなかったようです。

    西荻椿山 さん |60代

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