Return To Forever

Return To Forever (リターン・トゥ・フォーエヴァー) プロフィール

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 「リターン・トゥー・フォーエヴァー」(以下RTF)、日本語で言えば“永遠への回帰”と付けられたバンド名は、おそらく思いがけず全世界(といっても西側)でヒットしてしまったファースト・アルバムのおかげだろう。ジャケットを見てもチック・コリア名義のアルバム名が『リターン・トゥー・フォーエヴァー』であったのは明白だ。
 しかし、「サイエントロジー」に私淑するチックにとっては、発売当時日本では“牧歌的”と謂われたこの作風こそが、マイルス・バンド脱退後、180度展開した「サークル」でのハイテンションな演奏から離れ、彼の心の内を表わした演奏だった。そうした意味ではバンド名もこの作品も発足当時においては、やや哲学的な要素を包含していたといっていいだろう。

 さて、チック・コリアとスタンリー・クラークとの出会いによって生まれたRTFはおおむね三つの時期に分かれている。

<第一期ーオリジナルRTF時代>

 いわゆる“ブラジリアン・フレイヴァーのRTF”の頃である。そのフレイヴァーの中心となったのが、アイアート・モレイラフローラ・プリムのブラジル出身の2人であり、どちらかといえばスパニッシュ系ラテン・フレヴァーをその体内に有していたちチックの楽曲との出会いが、他にはないユニークな演奏を生んだ。しかも、スタンリー・クラークの超絶技巧によってチックはマイルスとは違った方法でポピュラー・ミュージックへの偏りを避けられたし、ドイツECMの録音方法と新しいレーベル・コンセプトがファースト・アルバムの新鮮さをかき立てた。 『ライト・アズ・ア・フェザー』はそうした第一期RTFにとってはある意味での到達点として記憶される作品。特に“500マイルズ・ハイ”は、フュージョン時代を通じた名曲として、他のミュージシャンにもカヴァーされたりした。 その他では“キャプテン・マーヴェル”“チルドレンズ・ソング”もチックにとって記憶に残る名曲だった。近年、アルタネイト・テイクを含む“ライト・アズ・ア・フェザー”セッションの全貌を収録したCD2枚組みのリマスター盤が発売されたが、この作品を聴くとこの時期のチックたちの試行錯誤が見て取れる。

 <第二期ーロック・オリエンテッドRTF時代>(写真)

 この時期の要素は二つ、ギターに加入したビル・コナーズ、そして、とりわけその後を受けた弱冠19歳の(!)アル・ディメオラのスパニッシュ・フレイヴァーを根底に湛えたエレクトリック・ロック・ギターである。 ビル・コナーズは『ヒム・オブ・セヴェンス・ギャラクシー』のみの参加。『ホエア・ハヴ・アイ・ノーウン・ユー・ビフォア』からディミオラが参加、1976年発表の『ロマンチック・ウォリアーズ』で頂点を迎えるが、ディメオラが独り立ちしたためにバンドは解散状態になる。実際はRTFはこの時点で終わっていたといっていいだろう。

 <第三期ーニューRTF時代>

 ある意味での「RTFリユニオン・バンド」といっていいバンド。しかし、その音色は正統派の電化バンドといってよく、ファンには根強い人気がある。ジョー・ファレルが再び参加し、ジェリー・ブラウン(ds)に加えて『スパニッシュ・ハート』にも参加したチックの身内のゲイル・モランが参加している。CD2枚に収録にされた『ライブ・ザ・コンプリート・コンサート』を聞くとやはりチックの音楽のハイクオリティを感じてしまう。

 こうして、RTFは約5年間の活動期間を持っているが、この時期はジャズの現場では、それまでクロスオーヴァーなどと呼ばれていたフュージョン・ミュージックが大きな勢力となり、実際ジャコ・パストリアスに代表される「グレイト・ミュージシャン」が輩出した。 そうした中、初期のブラジル、中期スパニッシュ&ロックといった“フレイヴァー・ミュージック”を志向し多くのヒットを放ったのがRTFだった。

 その影響は多くの分野で如実でその後のスタンリ−・クラークがジョージ・デュークと組んだ「クラーク=デューク・プロジェクト」、アイアートのブラジル路線がワーナー・ブラザースといったメジャー・レーベルから出たりしたし、さらにタニア・マリアをはじめとするブラジル・ミュージシャンの「ボサノヴァ時代」以来のアメリカ進出など、マイルスがポリリズムとブラック・ファンクをベースにした路線を進んでいたのに対して、カリブ海〜南米路線のミュージシャンが台頭した。
 そういった意味では、エルメート・パスコアールこそはブラジルが生んだ最高最大の鬼才であった。

 一方、チック・コリアは様々なユニットやソロを駆使して表現領域を広げていった時代であり、RTFでの「実験」が次のチック個人のプロジェクトとして花開くこともあった。

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