Steve Winwood

Steve Winwood (スティーヴ・ウィンウッド) プロフィール

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10代でスペンサー・デイヴィス・グループのヴォーカリストとしてデビューしたスティーヴ・ウィンウッドは、当時、天才シンガーと呼ばれた。ブラック・ミュージックに影響を受けたR&B感覚に溢れた彼のヴォーカルは、とても10代の英国人のものとは思えないほどの「熱」と「瞬発力」を備えていたのだった。

1948年イギリスのバーミンガム郊外グレート・バーに生まれたスティーヴ・ウィンウッドは、少年時代からピアノを習うかたわら、3歳年上の兄の影響で50年代アメリカのロックンロールに親しんでいったという。その兄の発言によると、当時のスティーヴレイ・チャールズが大好きで、変声期の頃レイ・チャールズのまねをして歌っていたため、変声期が終わった頃にはスティーヴの声は黒っぽい感覚を備えるようになったのだという。またスティーヴ本人が語ったところでは、リトル・リチャードが一番のヒーローで、エルヴィス・プレスリーにもある程度影響を受けたと言い、そしてサム&デイヴジャッキー・ウィルソンサム・クックジョージ・ジョーンズらにも影響を受けたとのこと。面白いところではジュニア・ウォーカーのサックスも彼の歌い方に影響を与えたとも語っているところだ。また教会音楽からの影響も強いという。10代前半から既に地元のクラブで歌っていたスティーヴ・ウィンウッドは、スペンサー・デイヴィスのグループに加入、1964年にスペンサー・デイヴィス・グループのヴォーカリストとしてレコード・デビューを果している。

スティーヴ在籍時のグループの代表曲は“ギミ・サム・ラヴィン“”アイム・ア・マン“スティーヴのヴォーカルは「最高のホワイト・ブルース・シンガー」という称号を与えられ、エリック・クラプトンを始め、一流のミュージシャンから大絶賛された。スペンサー・デイヴィス・グループ脱退後、スティーヴは友人ミュージシャン二人とトラフィックを結成。トラフィックの第一期解散時にクリームエリック・クラプトンジンジャー・ベイカー他とスーパー・グループ、ブラインド・フェイスとして活動したりもした。その後1977年からはソロ・アーティストとして現在に至っている。

まず「天才」とよばれたスペンサー・デイヴィス・グループ在籍時のスティーヴのヴォーカル。その爆発的なエネルギーは凄まじいものだった。しかし、その後は現在に至るまで、一定の評価を受けながらも、その才能の豊かさ、奥深い表現力の割に、スティーヴのヴォーカル自体が高く評価されることは少なくなったといえる。トラフィックでのサイケから渋い音楽性へ至る流れ。その後のソロでも、生涯一ヴォーカリストというイメージよりも、さまざまな音楽スタイルを巧く取り入れるスタイリストとしてのイメージやトータルな音楽家としてのイメージのほうがやや強い。また他人の書いたやや甘い歌詞を受け入れてしまうような個性も、評論家から批判されることが多いというし、何よりもカリスマ的なヒーローとして本人が振舞わないことが、華のあるヴォーカリストとして認知されない原因でもある。しかし彼の作品をひとつひとつ追う事をすれば、イギリスの生んだ最高のミュージシャンの軌跡を辿れるのは確実だ。そして特に「天才」シンガー時代はやはり若いロック・ファンにぜひ聴いてもらいたい。なぜポール・ウェラースティーヴ・ウィンウッドに対して常にリスペクトを払うかが解るだろう。

直前にも触れたが他のアーティストへの影響とについて。やはりポール・ウェラーのソロ活動を見ていると、 スティーヴ・ウィンウッドのことを思い出さずにはいられない。ダイレクトでありながらスタイリッシュに音楽活動をキメてみせるスティーヴ・ウィンウッドに、特にソロ以降のポール・ウェラーはかなり影響を受けていることだろう。ヴォーカルもまた然り。それぞれ持ち味は異なるものの、ブラック・ミュージック的、R&B的なフィーリングを英国人として吸収し、独自の表現にまで高めるという志向性は共通している。若い音楽ファンもぜひスペンサー・デイヴィス・グループからスティーヴ・ウィンウッド・ソロ(特に初期がお薦めだろうか)へと追って聴いていってほしい。

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