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ブラームス(1833-1897)

CD ピアノ協奏曲第1番、第2番 アンドラーシュ・シフ、エイジ・オブ・インライトゥメント管弦楽団(2CD)

ピアノ協奏曲第1番、第2番 アンドラーシュ・シフ、エイジ・オブ・インライトゥメント管弦楽団(2CD)

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    まさやん  |  新潟県  |  不明  |  2021年07月16日

     日頃から古楽器や時代楽器による演奏に親しんでいる者としてはやっとブラームスの2つのピアノ協奏曲も時代楽器で聞けるのは嬉しい限りである。第1番はリットナーとアルテ・デル・モンドによる世界初録音の時代楽器演奏があり、その生き生きとした刺激的な演奏が印象に残っているが、ロマン派的ではなく古典派的アプローチの音作りのような気がした。しかしシフ(オーケストラも)の演奏はロマン派の香りがする。第1番のアダージョがその典型例である。シフが用いた、1859年ころ制作されたブリュートナーのピアノ(時代楽器)は古典派時代のフォルテピアノとも現代ピアノとも違う音がするが、特に弱奏でニュアンスのあるやわらかな美しい音が出ている(シフの実力もあってか)。強奏しても現代ピアノのようなうるささはなく、無機質な音ではない。ロマン派時代のピアノの良さをシフはちゃんとわからせてくれる。ブラームスのピアノ協奏曲の本来の姿を人々に伝えたいというシフの思いにエイジ・オブ・エンライトメント管弦楽団もよく応えている。時代楽器はその時代に求められた音・演奏・音楽を現在においてよみがえらせてくれる。あとはそれを聞いた我々がどのように感じ、感動できるかということになろう。私としては、シフだけでなく、他の演奏者によるブラームスの他の作品を時代楽器でもっと聞けるようにならないかなと思う。

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    好事家  |  千葉県  |  不明  |  2021年07月10日

    室内オーケストラとの共演、1850年代のブリュートナー使用ということで、こじんまりとしたインティメートな演奏かと想像していましたが、全く違う仕上がりです。オケは必要にして十分な厚みと力強さがあり、シフのソロも豊かな表現力に満ちています。シフは音楽家として優秀なだけではなく、ピアノを操る職人的な名手でもあり、非常に聴きごたえがあります。私もできればベーゼンドルファーを使って欲しかったと感じました。

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    てつ  |  東京都  |  不明  |  2021年06月27日

    ライナーノートに記されているシフの言葉がこの演奏の根幹である。フルトヴェングラーも、ブラームスの本質は自然で純朴であり、時代が求める音楽的質量の拡大とは違う道をブラームス自身が選択した、と「ブラームスと今日の危機」と言う論文で述べている。まさに分厚い重量級の演奏のアンチテーゼとして、フォルテピアノ的響きのするピアノを用い、手兵の古楽集団と共に、清明なブラームス像を目指している。ベルクルンドの交響曲全集のように薄い響きがブラームスの音楽の骨格を剥き出しにする。かと言って表情づけは薄くなく、陰影は濃い。その良さは特に緩徐楽章で発揮され、1番の第二楽章など清浄感が素晴らしく、過去聞いたことのないレベルで沁みてくる。シフのピアノ自体も音自体がクリアなので、各声部の見通しが良く、特にトレモロがしっかり響くのでブラームスの意図が伝わってくる。このピアノ、現代ピアノとフォルテピアノの良いとこドリのようなピアノの音がする。本当に1850年代にはピアノは楽器として相当発展していたんだなと感心した。音のレンジがフォルテピアノに比べると相当広い。なんとなくシフ得意のベーゼンドルファーに似ている感じがした。この演奏、オーケストラが小ぶりなことも相まって、必要以上に大音量を出さない。大音量にするとバランスが崩れ、演奏ポリシーに反するから当然なのだが、この抑制を是とするならば、この演奏の魅力に取り憑かれるだろうし、物足りないのであれば従来の重量級で良い。シフは自らのポリシーに従って、この清明さが優しさにも繋がる演奏を繰り広げた。一方フルトヴェングラーは私から見れば自らの意見と演奏が食い違う。言行不一致か?いや違う。彼は「両方ともブラームスだ」と言うことを身をもって示した。私も両方ともブラームスだと思う。 このコンチェルト好きなら聞いておくべきディスクをシフは作ってくれたのだが、一つだけ難癖つけると、シフの考えとジャケ写が合わない。従来の「秋の夕暮れ」的ブラームス像を踏襲していて、シフの革新的(確信的?)意図とは異なるのがもったいない。これに限らず最近のシフのECM録音は薄暗い風景写真見たいのばかりでよろしくない。さて、シフは演奏会ではブラームスの独奏曲を取り上げているので、いずれは録音してくれるだろうと信じているが、できればベーゼンドルファーでお願いしたい、と私は思ってしまう。このディスクを褒めておきながら、情けないけど。

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    うーつん  |  東京都  |  不明  |  2021年06月24日

    落ち着いた佇まいの表情をもった演奏を満喫できるディスクと思う。いわゆるモダン楽器による厚みと重みをもったブラームスの協奏曲と明らかに一線を画す演奏は、現代のオケとピアノの掛け合いに慣れた我々に新鮮な喜びを与えてくれるものとしてお勧めしたい。   私自身でいうと前述の厚みと重みをもった演奏も好きである。ツィメルマンとラトル&BPOの1番は愛聴しているし、ギレリスやバックハウスの2番などもよく聴く。とはいえ、そもそもブラームスのピアノ協奏曲で古楽器オケとヒストリカルなピアノ独奏の組み合わせ自体が珍しく、初めて聴いたのだがどちらも面白く甲乙を付けるような問題ではないと思う。   1番は若書きの作品であるが、当盤では勢いに任せて前のめりになることなくじっくりと清らかな響きで進んでいく。2番は歌に溢れ、しかもその歌が大声になることなく、さながら室内楽のような親密さで心に染み込んでいく。2曲ともおそらく楽譜に信を置いて演奏しているのだろうが、そこにこだわりすぎず自然な感興にも不足していない。「響き渡る」でなく「沁みこむ」という印象と言えば理解していただけるだろうか。普通の息遣いでの良質な協奏曲を愉しむことができると思う。   このディスクでは普段大規模なオケの響きでなかなか聴こえてこない音の模様がくっきりと出てきて新鮮な発見の連続。ピアノ(ブリュートナー、1859年ころ)は確かに現代のスタインウェイなどと比べてしまえば音の輝きも少なく、音は広がっていかないし、これを大ホールでモダン・オケと合わせたら何も聴こえてこないことだろう。しかし、シフの演奏とエイジ・オブ・インライトゥメント管弦楽団の繊細なバックアップのおかげで、鈍いが落ち着いた音の光沢を帯び、逃げずに留まる音をじっくり愉しむことができる。バッハやモーツァルトならいざ知らず、ブラームスの協奏曲で古楽器系アプローチはなかなか広がらない気もするが、だからこそこのディスクの価値が維持され、次のアプローチを志す演奏家に一石を投じることになるのではと思う。   更に蛇足ながら…。 A.シフはECMに連続でブラームスの作品(クラリネット・ソナタとこの協奏曲)をリリースしている。願わくば、ブラームスのヴァイオリン・ソナタやチェロ・ソナタ(チェロはM.ペレーニ希望!)にピアノ・トリオ、更に後期ピアノ小品集なども取り上げてもらえたら嬉しいのだが…。 リクエストし過ぎかな?

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