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ベートーヴェン(1770-1827)

SACD 交響曲第9番『合唱』 ヴィルヘルム・フルトヴェングラー&バイロイト(1951 スウェーデン放送所蔵音源)

交響曲第9番『合唱』 ヴィルヘルム・フルトヴェングラー&バイロイト(1951 スウェーデン放送所蔵音源)

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  • ★★★★☆ 

    さすらうおっさん  |  東京都  |  不明  |  2022年01月04日

    年末にぽちっとしたら大みそかに配送メールが届き、元日の昼に届きました。少し申し訳なかったです。 音質の面だけで★一つ減らしましたが、歴史的な意義は非常に大きいです。同じ仕様でオルフェオにはバイエルン放送盤を再発してほしいです。 演奏の善し悪しの評論は飛ばして、この音源の特徴で気づいたところを以下に。 ・冒頭のアナウンスで「バイロイト音楽祭からの生中継」など演奏の基本情報が、ドイツ語、英語、スウェーデン語で読み上げられる。たぶん一部は録音で一部(スウェーデン語部分?)はスタジオで生で読み上げたのか、声のクリアさに差がある。バイロイトから伝送しただけでも音質は特性に変化があるはずだから、スウェーデン放送のスタジオでの音声が一番クリアなのは自然だ。 ・アナウンスが終わってすぐに演奏が始まったら不自然だな、と予想していたけれど、そんなことはなく、一通り案内が終わったあと、しばらく間があって、アナウンサーがもう一度演奏者の名前を読み上げた。おそらく時間調整のためのアドリブだろうから、これは自然だ。 ・1楽章の冒頭のレベルが非常に低いのだけど30秒くらいで急に大きくなる。卓でのレベル設定が低すぎたと、エンジニアがボリュームをいじったのではないか。生放送だと事前には読みきれない部分もあるからこれもないことではないだろう。バイロイトの送出側の処理か、スウェーデン放送の受けて側の処理か、はバイエルン盤との比較でわかるかもしれない。 ・音質的には、伝送の特性があって、当時の記録テープの特性、さらに時間による劣化、保存状態などがあるのでけっしてよくない。全体には低域不足でハイ上がり。特性上周波数的には上もどこかでスパッと切れているのだろう。ただSACDということもあって、収録には余裕があって、楽器が重なってきても厚みが自然に出る。 ・楽章間の客席の咳払いを聞いた感じからは、これはゲネプロの関係者ではなく、お金を払って聞きに来たお客だ、と思う。ゲネプロで、出演者の知り合いとかだと、たとえ曲間であっても、咳払いはもっと遠慮がちにするはずだと思う。ましてや演奏中に聞こえるような咳は控えるだろう。 ・演奏が終わってからの拍手が自然。しかも長時間収録されている。当時の拍手・歓声の入り方も、案外いまに近いのだな、という感覚になった。一点だけ、初めて歓声が聞こえるタイミングが妙に揃っているのはなぜかな、と思ったけど、これは舞台上でどういう動きがあったか、がわからないと理解できないかもしれない。 というわけで、自分の感覚としてはほぼ間違いなくこれがノーカットの本番の演奏で、バイエルン盤もそうなのだろう、という結論に落ち着きました。 自分の中ではもう結論は出たけれど、謎がもう一つ残った。「なぜEMI盤はああなったのか」ということ。フィナーレのラストのアンサンブルが特徴的な崩壊を起こしているようなテイクをつないだら、実際に聞いた人が「自分が聞いたのはあんな演奏じゃなかった」と気がつくと思わなかったのだろうか。 仮説として一つあるのは、「EMIの技術陣が酷いミスをして、全部本番の演奏を使いたかったが、不可能だった」という可能性。放送用の録音とEMIの録音はマイクも収録機も別だったのかもしれない。EMIからバイエルン放送にテープを貸してくれ、とお願いをするのは屈辱的すぎたのかもしれない。 もう一つの仮説はやや当て推量だけど、ウォルター・レッグの妻のエリーザベト・シュヴァルツコップが何らかのリクエストをした、ということ。自分の声の状態か音程かアンサンブルの精度かで、「ゲネプロの方が出来がよかった」と強く思ったとしたら、プロデューサーの夫に圧力をかけたかもしれない。だって、歌った本人なら、LPが出たときに音源が差し替わったことぐらい、すぐにわかったのではないか? でも、もう時間が経ちすぎて、EMIの編集に関与した人物や家族の証言が出てこない限り、真相は藪の中かもしれない。

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  • ★★★☆☆ 

    無能不能  |  兵庫県  |  不明  |  2021年12月23日

    実際に購入し聴いてみて、まさしくボクちゃんさんのおっしゃる通りであったと痛感致しました。「(音に)過度な期待は禁物」「雑音が常時付き纏う」音の悪さと、雑音に再生装置を点検し、音の出所を発見するため辺りを見回した程です。 「アーカイブとしての価値を見出されない方は、購入する必要はない」というご意見に賛成です。演奏自体にケチをつけるつもりは毛頭なく、自分にとって最高の演奏であることに変わりはありませんが、期待が高かったことの反動で、評価を3としました。

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  • ★★★★☆ 

    ysk  |  広島県  |  不明  |  2021年12月23日

    10歳頃から有名なバイロイトの第九のみを愛聴してきた身としては、あのリズミカルな一楽章のティンパニ(天才的と言ってる批評家もいた)や弾力感がある最終コーダのシンバルとかが絶妙だと思ってて、これがフルトヴェングラーのスタイルなんだと刷り込まれていたんですが、後年ルツェルンや54年バイロイト、53年ウィーンフィルとかを聴いて何だかどっしりとしてるなあと思っていました。今回スウェーデン盤を聴き、第一楽章からああやっぱりこの踏みしめるように進んでいくスタイルがフルトヴェングラースタイル何だなと気づかされました。ためを作るというか。昔からのバイロイトの第九はどこかリズミカルな感じがあって、それがもう絶妙という感じだと思うんですがそれが通常スタイルではなかったわけですね。  あとこの劇場特有の響きが好きなんですが、これは54年と同じく放送録音だから顕著には感じられないのでしょうか?この点はもしかしたらあるかもしれないというEMI盤のノーカット音源が聴ければ、特有の響きで聞けると思うのでそれを待つ楽しみもあります。  星評価はヘッドホンが壊れててネットカフェで急遽聴くことになり、音量もそこまでなく周囲の雑音がかなりあったのであまり良く聴けなかったので現時点では4つにさせて頂きます。コンポ、パソコンで聴けるようになったら評価が上がるかもしれません。しかし、ノーカット盤あってもフルトヴェングラーの表現の素晴らしさは随所にあり、フルトヴェングラーの他の第九より抜きん出ていることに変わりはないです。やはりこの音源も名演です。

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  • ★★★★★ 

    椋代 能行  |  大阪府  |  不明  |  2021年12月21日

    音質がすばらしいのは、演奏会の始終を一切のカットを拒絶して完全収録する復刻に当たってのBIS側の信念に照らし合わせても謂うまでも無い事だが、更に本盤が優れて居るのは、普通のplasticケースでは無く、と謂って扱い難いデジパック仕様と謂うでも無く、昔のレコードの様な表紙裏表紙合わせて見開き4頁の薄くも堅牢な厚紙の、豪華な、昔のLPの様に厚みとしての場所を取らないパッケージングで、CDは3-4頁目の間のslipに紙製のパッケージに包まれて収納されて居る。CDのパッケージングにはよく有るCD-Rの様に紙製ケースの一部をplastic製にする事も慎重に避けられて居る。私はこの配慮に感動した。これからの歴史的復刻は、私達の時代に相応しい、このBIS盤の様な仕様と復刻方針が望ましい。私は、1950年1月28日、29日(この日付の丁度5年前が同じくViennaでFurtwaenglerの戦時中最後の演奏会で在った)にViennaで行われたShostakovich交響曲no.9を含む演奏会や、1948年のSalzburger Festspieleで行われたStravinsky PetrushkaとR. StraussのEin Heldenlebenを収録した、共にORFの倉庫に長く仕舞われて居たと推察し得る録音の完全復刻を望みたい。同様に、1947年5月25日の歴史的復帰演奏会もSoviet Armyと駐留米軍が放送を完全収録した、と私は考えて居り、これらが今後、今回のBIS盤の様な演奏会自体の完全収録の形で復刻され、私達の目前に、日の目を見る日を待ち遠しく待って居る身で在る。

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  • ★★★☆☆ 

    ボクちゃん  |  東京都  |  不明  |  2021年12月13日

    結論としては、アーカイブとしての史料的価値はあるが、SACDだからと言って、過度な期待は禁物ということです。事実として明らかとなったのは、レッグが加工したEMI(足音や話し声入り)は信憑性に欠け、フルトヴェングラーセンターが発掘し、Orfeoでも発売になった録音が、本当のバイロイトの第9であることが判明したことです。SACDの価値は、最初のアナウンスから、最後の拍手まで全て入っている点で、演奏終了後しばし拍手は出ず、熱狂的な拍手までには間があったこと、当時のラジオからはこのような音が聞こえたのだろうなということです。センターやOrfeoが音源としたバイエルン放送との間に違いが大きく、音源に起因すると思われる雑音が常時付き纏い、本SACDの音源であるスウェーデン放送のマスターテープの音源劣化が進んでいたのではと推察されます。ちなみに、バイエルン放送はコピーテープで保存したために、ここまでの劣化を防げたのだと思います。当日の雰囲気を味わいたいマニア向けの録音と言え、70年前の実況録音に、今日的な音質を求める人向けの商品ではありません。平林氏の解説によると、当日招待席にいるはずのエリザベート夫人と息子は遅延のため空席だったにも関わらず、当コンサートを聴いたことから、プログラム上はないもう1つのバイロイトがあったのか、通しのゲネプロがあったのか、明らかにすべき真実は残っているとのことです。とはいえ、EMIがもう1つだとしても、レッグの加工が別演奏にしたことだけは事実でしょう。以上、センター盤がより優れた音質になっていますが、同じ録音ですので、Orfeo盤を所有する方で、アーカイブとしての価値を見出されない方は、購入する必要はないように思います。

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  • ★★★★★ 

    シュタイナー  |  千葉県  |  不明  |  2021年12月05日

    幾度となく「復刻」を重ねられた「名演奏」ですが、今回のCDはどちらかと言うと「音質改善」と言うよりも、「資料的価値」が大きいと思います。 いずれにせよ、フルトヴェングラー好きには堪らない「少し早いクリスマスプレゼント」になりました。 此れで私が20代の頃、レコードの「帯」に書かれていた「足音入り」は完全に「作り物」である事が証明された訳ですね。 それにしても、今は無き「東芝EMI」は罪な事をしたものです。 此れからは、「音質重視」の方は、「Gland Slam盤」を、「初出レコードの想い出」を大切にしたい方は「2019年ワーナーの復刻盤」、そして演奏会当日の生々しい雰囲気に浸りたい方は、この「BIS盤」と分けて楽しめば良いと思います。 楽しみ方がこれ程多様な録音は、他には無いのではないでしょうか? それにしても、フルトヴェングラーの「ベートーヴェン・第9」は、他にも「ルツエルン」「ウィーン芸術週間」、其れに今年改めて音質が大幅に改善され再販された「1942年4月19日」と、どれを聴いても「此れ以上の演奏は有り得ない!」と思えてしまうのだから不思議です。 SPはおろか、LPすら知らない「CD世代」の数は増えても、その様な若い世代にも「フルトヴェングラー・神」と思わせてしまえる此の不世出の芸術家の偉大さを改めて感じる次第です。

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  • ★★★★★ 

    フォアグラ  |  愛知県  |  不明  |  2021年12月01日

    リスナーとしては2種のバイロイト(EMIとオルフェオ、BIS)を楽しめばいいということだろう。それでもウォルター・レッグは倫理的にどうよ、っていう疑問がどうしても残る。フルトヴェングラー没後に勝手に編集、偽の足音、拍手を追加。エンディングまで…。ショルティがレッグは信用ならない人物と自伝に書いていたが、はからずも録音から70年後に証明された感がある。その意味でもBIS盤はエポックメーキングなものだと思う。

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  • ★★★★☆ 

    yk  |  京都府  |  不明  |  2021年11月30日

    一つの演奏についてEMI、ORFEO,そしてBIS・・・と3種の”正規録音”というのは、“ヤレヤレ”と言う気もするが、フルトヴェングラー・ファンとしては黙って観ていると言う訳にもいかずやはり早速入手。聴いてみたが、録音クオリティと言う点では演奏音の周波数レンジは8kHz位までしか伸びていないし(AMラジオの録音?)、100Hzあたりにハム音が入り所々録音レベルの変動、音割れプチ・パチ・ノイズなどもあり、4楽章では短い音飛びもある・・・と色々欠点はあるが、その範囲での音としては意外なほど綺麗な音が録れていて鑑賞には差し支えない範囲にある。肝心の演奏だが主な会場ノイズなど基本的にはORFEOが出したバイエルン放送のものと同じものの様である。コレが”放送用テープ”ではなく”実況放送の録音テープ”と言うことであれば、この演奏が1951年7月29日祝祭劇場再会当日の演奏と言うことになる(様である)・・・が、不思議なことに私はこの録音を聴いて何故かEMI盤の演奏を思い出す・・・やはり、刷り込みと言うのはなかなか消し難い。いずれにしても記録としての価値は十分あり、BISのデジタル・トランスファーも良質・良心的で、私個人としては結構満足の出来るSACD/CDではあった。

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  • ★★★★★ 

    mimia  |  石川県  |  不明  |  2021年11月30日

    論争決着。 2007年に日本フルトヴェングラー センターから、後にORFEOから発売されたバイロイトの第九は衝撃だった。それまで多くの人に愛されてきたEMI(HMV)の演奏と別バージョンだったからだ。 戦後復活したバイロイト音楽祭のオープニングコンサートの第九は本番の前に、聴衆を入れて通しのリハーサルがおこなわれた。EMI盤とセンター盤のどちらが本番なのか?という謎が生まれた。当たり前に考えれば、演奏会をLive放送したバイエルン放送局が収録したテープをCD化したセンター盤が本番だと考えられる。  ところが、従来のEMI盤を本番だとかたくなに主張する評論家の方々もいて、その理由は、聴いた印象からという曖昧なものがほとんどで、愛着からの主観に過ぎない。だが決定的な物証が無いので結論は闇の中のままだった。  この、初めてリリースされたスウェーデン放送の録音テープからのCDが信頼にたるものであるなら、二種ある録音のどちらが本番のものかの、かなりの物証になる。  はたして、予想通りセンター版と同じ演奏であった。しかもラジオ放送された時のアナウンスや、楽章間のインターバルもそのまま収録されているので、信頼性は高い。  ただ、これもまた悪意のある編集だと言い出す者が現れるとも限らないが、BISというスマートなレーベルがそんな小賢しい細工をしてリスクを犯すとは思えない。  これで、センター及び ORFEO盤が本番、EMI盤がリハーサルの収録と確定したとして良いと考えられる。 しかし私は、EMI版が価値を失ったと考えているのではない。リハーサルといっても、聴衆が入った会場で全曲通しの演奏をするにあたって、フルトヴェングラー が気の抜けた演奏をするはずがない。 ソプラノを担当したシュワルツコップの回想によると、この日は出演者の緊張は大変なものだったという。それは本番よりも先に演奏された通しリハーサルの方が強かったかもしれない。そして、実際に多くの人が認めるように、通しリハーサルの演奏は非常な名演なのだ。  では本番の演奏はどうか。このBIS版とORFEO版をあらためて聴き返して、紛れもなく名演だと確信した。本番の方が丹精に聴こえる。これは勿論どちらがより良いというものではない。どちらかはもういらないという事でもない。    フルトヴェングラー の第九は現在、13種(1951年のバイロイトを2種とする)聴くことができる。このうちの1937年ロンドン、1942年4月ベルリン、1954年バイロイトは録音状態が良くないので、その真価は伝わり難いが、(1954年のバイロイトに関しては、現地で実際に聴いた、吉田秀和さんが、『私が彼から受けた最も深刻な感銘はバイロイトできいたベートーヴェンの第九交響曲の演奏からきたものである。あれはすごかった。』と書き残している。この批評家は感性も文章も信じられるので、さぞかしすばらしい演奏だったのだろう。)フルトヴェングラー の指揮による第九は全て名演として良いと考える。  これまでEMI盤の第九が特別扱いされてきたのは十分に理解できることではある。なにしろ、70年近く前、フルトヴェングラー による第九のレコードが初めて紹介されたのが、この演奏で、多くの人が夢中になったのだ。私だって聴いたのは70年代だったけど、当分の年月の間、これでなくてはならなかった。    ところでこのBIS盤とORFEO盤を比べてみる。  演奏は勿論同じ。  録音状態はORFEO盤が良い。BIS盤はSACDのメリットもあまり感じさせない。多分テープの保存状態もORFEOの方が良いのだろう。第四楽章など、EMI盤と比べても目の覚めるような音になっている。 しかし、BIS盤はラジオ放送のすべてが収録されていて、あの日の一大イベントの臨場感いっぱいというのが嬉しい。 楽章間のインターバルもそのまま残っていて、第一楽章と第二楽章間が一分近くもあって、フルトヴェングラー の第九観がうかがえるかもしれない。  純粋に曲と演奏に浸りたいひとはORFEO盤を、歴史の瞬間を疑似体験するならBIS盤がお勧めです。フルトヴェングラー が好きで仕方のない方は両方を。こういうレアで残したいCDは買って下さいとお願いします。レコード文化を絶滅させたくないのです。 少し気になる事があるので蛇足をお許しください。  国内仕様盤は平林直哉氏による日本語解説付きです。という予告があったので、危惧していることがある。  平林さんはご自身の著書「フルトヴェングラー を追って」のなかで、おそらくORFEO盤がリハーサルだとしている。その理由としては、ORFEO盤の出だしが何となく演奏者の気持ちが乗っていないという印象で、EMI盤は最初から最高の燃焼度を示している、というもの。私の印象は全く違っているのだが、そもそもフルトヴェングラー の第九の演奏は、戦時中のものを例外として、だいたいが力を抜いた感じで始まってくる。勿論、楽団員の気が乗っていないというのとは違う。全体の構成を考えての演出である。 私の印象はともかく、平林さんの判断はただの個人の印象からだけにすぎない。 これに関連してもう一つ、1953年5月30日と31日の第九の演奏に言及しておられる。二つの盤に違いのある箇所を四つ五つ取り上げて解説しているのだが、この結果だと二つは別の演奏という事になるはずなのに、平林さんの判断は、誰かがなんらかの目的で加工した音源で、30日の盤はほぼ31日と同じものという事だった。飛躍しためちゃくちゃな論理だ。  私が二つの演奏の第三楽章で、第一主題部、第二主題部、変奏部などに分けタイムを実測してみたことがある。一日違いとは思えないほどの違いがあった。聴いた印象も別物と判断した。  BIS盤で平林さんはどんな解説をするのだろう。

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  • ★★★★★ 

    drrob  |  東京都  |  不明  |  2021年11月30日

    Bis輸入盤(以下B盤)が本日到着し,早速開封.パッケージは二つ折りの筒状紙ケースに15pの解説書と紙カバーに入ったディスクが収められた簡素なもの.解説書の最初に,コンサート当日の実況放送を丸ごと収め,一切音源を編集していないことで放送当日のラジオの前にいる様な雰囲気を再創造した旨明記されている.結論から言うと事程左様に70年の時をさかのぼって当日のラジオ中継を聴いている気分になれること請け合いのソフトである.演奏だが,会場ノイズやソロ楽器の細かな瑕疵,アインザッツの乱れ具合からみて全楽章ともOrfeo盤(以下O盤)と同一のパーフォーマンスと思われる.各楽器の音量バランスもほぼ同一のようだ.O盤は比較的鮮明な音で会場の咳ノイズなどがナマナマしく聞こえる一方装置によっては中高域の張り出しでやや聴きづらさがあったのに比べ,B盤は鮮明さでは劣るがバランスの良い音で聴きやすい.特に第3楽章の弦の美しさは絶品.ただし持続的な波打つような低域ノイズとパチパチジリジリといった中高域ノイズがわずかに混入しているが鑑賞の妨げになるほどではない.遠隔地からの実況放送の録音にしては驚異的なクオリティといっていいだろう.強音でのひずみも許容範囲.一つ気になったは音量レベルの問題.B盤では1楽章の開始部空虚5度の部分は消え入りそうなピアニッシモで始まるがO盤では明らかにこの部分の音量が大きい.かといって1楽章の最強音部(B盤でトラック3の10’28”前後)は両盤ともあまりレベルに違いはない.これは想像だがB盤の方が実際の演奏の雰囲気をよく伝えているのではないか.また第2楽章は両盤ともあまり音量は違わないが,第4楽章は明らかにB盤の方が音量レベルが低い.なお2楽章の終了後歌手(合唱も?)入場のインターバルや終演後の拍手と怒濤のような足踏み?も収録されている.縷々書いてきたがこの演奏の鑑賞の選択枝が増えたことを素直に喜びたい.O盤が本番のライブ録音であることがほぼ判明した意義も大きい.さらに欲を言えばO盤のもとになったバイエルン放送のテープで全部入りのノーカット盤を再マスタリングしてほしい.(なおCD層を聴いての感想です.)

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  • ★★★★★ 

    jin  |  長野県  |  不明  |  2021年11月28日

    スウェーデン放送局に眠っていた「バイロイトの第九」放送音源だと言われても、それが本当に本番かどうかわからない、ゲネプロ音源にアナウンスを加えて70年間倉庫に眠らせていたのかもしれない、そういう疑念、危惧は置いておいて新たなバイロイトの第9を聴ける歓びが全てです。国内盤でどんな解説が付くのか気にはなりますが先に手に入る輸入盤を購入しました。ジャケットによるデータによると第1トラックの4か国語のアナウンスは1分57秒、第2トラックのプログラム紹介とアプローズが2分19秒、第1楽章が18分01秒、第2楽章が11分46秒、第3楽章が19分13秒、第4楽章が24分56秒、第7トラックのアプローズと2か国語のアナウンスが2分44秒です。第1楽章から第3楽章のインターバルもしっかり録音されています(本物かどうかは別として)。しかし第3楽章から第4楽章はすぐに続きます。ソリスト入場が無かったのでしょうか?ちなみにライナーノートには第9やフルトヴェングラーについての記載はありますが、この録音発見のいきさつや真偽については一切記載がありません。また聞いてみた印象ではエンジェル(EMI)盤ともバイエルン放送協会盤ともかなり印象が異なるものでした。皆さん、お楽しみが増えましたよ!私個人としては第1楽章が今一つなのに比べ、第2楽章の迫力がスゴイ!でした。なお、第1楽章から会場ノイズ(咳払いなど)がハッキリ録音されているので他の盤(録音)との比較検証が容易で、こちらの楽しみも期待できます。

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  • ★★★★★ 

    John Cleese  |  静岡県  |  不明  |  2021年11月27日

    以下は、スウェーデン国営放送が最近発見した音源によるBISレーベルからリリースのSACDに関するレヴューです。 早速通しですべて聴きました。これが実際の、全く編集のないバイロイト・ライブそのものであるとすれば、従来EMI=ワーナーで聴かれてきたバイロイトの第九における「足音」「フルヴェン先生がオケに話しかける二言三言」は何だったのだろう?何処へいったのだろう?という疑問が生じます。収録マイクの位置が異なるのでしょうか、まったく聴こえません。これらのアンビエンス音は、大変な話題となったSACD化のリリースや、最新の「フルヴェン商業用レコード録音全集」のBOXセットに至るまで、バイロイトの第九には一貫して存在してきた音です。また終演後の拍手も違っているような・・・ここで聴かれる拍手は、例の凄い追い込みで最後の音が消えたのち、やや間があって、最初は一瞬少しまばらに始まりますが、やがてホール全体の熱狂的な拍手に拡大してゆく様が手に取るように分かり、従来聴かれた間髪入れずに始まるやや不自然な大喝采とは全く異なります。従来から編集による演出の噂が囁かれていましたが、これはやはり・・・しかしバイロイト祝祭劇場内であることに間違いはないと思います。熱狂した観客の木造の床を踏み鳴らす独特の音はどちらでも聴こえてきます。私自身もここ数年はコロナ禍で行っておりませんが毎年ではないものの30年以上通い続けているホールですし、それは間違いないと感じます。 さて、肝心の楽曲部分の音質は、モノラルでもやはりBISレーベルですね、やや音像が遠目で、収録レベルが大きくないので、かなり音量を上げての再生でないとよく聴こえません。特に優美な音になっているSACD層では、楽曲開始が分からないほど小さい音。しかし最新録音にも通じるBISレーベルの美質がよく出ています。従来のフルヴェン先生のバイロイト第九における現状の個人的なベストは、平林直哉先生の38pオープンリール起こし最新盤(足音も拍手もなし)ですが、ティンパニの豪快な迫力などは平林盤に譲りますものの、本盤は、とくに高弦に艶やかな美質が感じられる点で大変気に入りました。モノながらDレンジも広大。半面、気になるのはテープ音源であるにもかかわらずパチパチというスクラッチ音が聴こえるのはどういうわけだろう?特に第二楽章の出だしがひどい。また全体を通して正体不明のモーター回転音のような低周波が聴き取れます。しかしそれらは聴いているうちにさほど気にならなくなるレベルでして、それらを以てしてこの貴重な音源をファンの方々に推薦しないといこうことはあり得ません。私は非常に満足しております。最後にパッケージ。フルヴェン先生のあまたある写真をテキトーにフィーチャーしているだけのリリースが多い中、これは先生の横顔の木炭か鉛筆で描かれた精細な絵で、たいへん品のあるジャケットになっております。

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