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ベートーヴェン(1770-1827)

SACD 交響曲第9番『合唱』 ヴィルヘルム・フルトヴェングラー&バイロイト(1951 スウェーデン放送所蔵音源)

交響曲第9番『合唱』 ヴィルヘルム・フルトヴェングラー&バイロイト(1951 スウェーデン放送所蔵音源)

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  • ★★★★★ 

    mimia  |  石川県  |  不明  |  2021年11月30日

    論争決着。 2007年に日本フルトヴェングラー センターから、後にORFEOから発売されたバイロイトの第九は衝撃だった。それまで多くの人に愛されてきたEMI(HMV)の演奏と別バージョンだったからだ。 戦後復活したバイロイト音楽祭のオープニングコンサートの第九は本番の前に、聴衆を入れて通しのリハーサルがおこなわれた。EMI盤とセンター盤のどちらが本番なのか?という謎が生まれた。当たり前に考えれば、演奏会をLive放送したバイエルン放送局が収録したテープをCD化したセンター盤が本番だと考えられる。  ところが、従来のEMI盤を本番だとかたくなに主張する評論家の方々もいて、その理由は、聴いた印象からという曖昧なものがほとんどで、愛着からの主観に過ぎない。だが決定的な物証が無いので結論は闇の中のままだった。  この、初めてリリースされたスウェーデン放送の録音テープからのCDが信頼にたるものであるなら、二種ある録音のどちらが本番のものかの、かなりの物証になる。  はたして、予想通りセンター版と同じ演奏であった。しかもラジオ放送された時のアナウンスや、楽章間のインターバルもそのまま収録されているので、信頼性は高い。  ただ、これもまた悪意のある編集だと言い出す者が現れるとも限らないが、BISというスマートなレーベルがそんな小賢しい細工をしてリスクを犯すとは思えない。  これで、センター及び ORFEO盤が本番、EMI盤がリハーサルの収録と確定したとして良いと考えられる。 しかし私は、EMI版が価値を失ったと考えているのではない。リハーサルといっても、聴衆が入った会場で全曲通しの演奏をするにあたって、フルトヴェングラー が気の抜けた演奏をするはずがない。 ソプラノを担当したシュワルツコップの回想によると、この日は出演者の緊張は大変なものだったという。それは本番よりも先に演奏された通しリハーサルの方が強かったかもしれない。そして、実際に多くの人が認めるように、通しリハーサルの演奏は非常な名演なのだ。  では本番の演奏はどうか。このBIS版とORFEO版をあらためて聴き返して、紛れもなく名演だと確信した。本番の方が丹精に聴こえる。これは勿論どちらがより良いというものではない。どちらかはもういらないという事でもない。    フルトヴェングラー の第九は現在、13種(1951年のバイロイトを2種とする)聴くことができる。このうちの1937年ロンドン、1942年4月ベルリン、1954年バイロイトは録音状態が良くないので、その真価は伝わり難いが、(1954年のバイロイトに関しては、現地で実際に聴いた、吉田秀和さんが、『私が彼から受けた最も深刻な感銘はバイロイトできいたベートーヴェンの第九交響曲の演奏からきたものである。あれはすごかった。』と書き残している。この批評家は感性も文章も信じられるので、さぞかしすばらしい演奏だったのだろう。)フルトヴェングラー の指揮による第九は全て名演として良いと考える。  これまでEMI盤の第九が特別扱いされてきたのは十分に理解できることではある。なにしろ、70年近く前、フルトヴェングラー による第九のレコードが初めて紹介されたのが、この演奏で、多くの人が夢中になったのだ。私だって聴いたのは70年代だったけど、当分の年月の間、これでなくてはならなかった。    ところでこのBIS盤とORFEO盤を比べてみる。  演奏は勿論同じ。  録音状態はORFEO盤が良い。BIS盤はSACDのメリットもあまり感じさせない。多分テープの保存状態もORFEOの方が良いのだろう。第四楽章など、EMI盤と比べても目の覚めるような音になっている。 しかし、BIS盤はラジオ放送のすべてが収録されていて、あの日の一大イベントの臨場感いっぱいというのが嬉しい。 楽章間のインターバルもそのまま残っていて、第一楽章と第二楽章間が一分近くもあって、フルトヴェングラー の第九観がうかがえるかもしれない。  純粋に曲と演奏に浸りたいひとはORFEO盤を、歴史の瞬間を疑似体験するならBIS盤がお勧めです。フルトヴェングラー が好きで仕方のない方は両方を。こういうレアで残したいCDは買って下さいとお願いします。レコード文化を絶滅させたくないのです。 少し気になる事があるので蛇足をお許しください。  国内仕様盤は平林直哉氏による日本語解説付きです。という予告があったので、危惧していることがある。  平林さんはご自身の著書「フルトヴェングラー を追って」のなかで、おそらくORFEO盤がリハーサルだとしている。その理由としては、ORFEO盤の出だしが何となく演奏者の気持ちが乗っていないという印象で、EMI盤は最初から最高の燃焼度を示している、というもの。私の印象は全く違っているのだが、そもそもフルトヴェングラー の第九の演奏は、戦時中のものを例外として、だいたいが力を抜いた感じで始まってくる。勿論、楽団員の気が乗っていないというのとは違う。全体の構成を考えての演出である。 私の印象はともかく、平林さんの判断はただの個人の印象からだけにすぎない。 これに関連してもう一つ、1953年5月30日と31日の第九の演奏に言及しておられる。二つの盤に違いのある箇所を四つ五つ取り上げて解説しているのだが、この結果だと二つは別の演奏という事になるはずなのに、平林さんの判断は、誰かがなんらかの目的で加工した音源で、30日の盤はほぼ31日と同じものという事だった。飛躍しためちゃくちゃな論理だ。  私が二つの演奏の第三楽章で、第一主題部、第二主題部、変奏部などに分けタイムを実測してみたことがある。一日違いとは思えないほどの違いがあった。聴いた印象も別物と判断した。  BIS盤で平林さんはどんな解説をするのだろう。

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  • ★★★★★ 

    drrob  |  東京都  |  不明  |  2021年11月30日

    Bis輸入盤(以下B盤)が本日到着し,早速開封.パッケージは二つ折りの筒状紙ケースに15pの解説書と紙カバーに入ったディスクが収められた簡素なもの.解説書の最初に,コンサート当日の実況放送を丸ごと収め,一切音源を編集していないことで放送当日のラジオの前にいる様な雰囲気を再創造した旨明記されている.結論から言うと事程左様に70年の時をさかのぼって当日のラジオ中継を聴いている気分になれること請け合いのソフトである.演奏だが,会場ノイズやソロ楽器の細かな瑕疵,アインザッツの乱れ具合からみて全楽章ともOrfeo盤(以下O盤)と同一のパーフォーマンスと思われる.各楽器の音量バランスもほぼ同一のようだ.O盤は比較的鮮明な音で会場の咳ノイズなどがナマナマしく聞こえる一方装置によっては中高域の張り出しでやや聴きづらさがあったのに比べ,B盤は鮮明さでは劣るがバランスの良い音で聴きやすい.特に第3楽章の弦の美しさは絶品.ただし持続的な波打つような低域ノイズとパチパチジリジリといった中高域ノイズがわずかに混入しているが鑑賞の妨げになるほどではない.遠隔地からの実況放送の録音にしては驚異的なクオリティといっていいだろう.強音でのひずみも許容範囲.一つ気になったは音量レベルの問題.B盤では1楽章の開始部空虚5度の部分は消え入りそうなピアニッシモで始まるがO盤では明らかにこの部分の音量が大きい.かといって1楽章の最強音部(B盤でトラック3の10’28”前後)は両盤ともあまりレベルに違いはない.これは想像だがB盤の方が実際の演奏の雰囲気をよく伝えているのではないか.また第2楽章は両盤ともあまり音量は違わないが,第4楽章は明らかにB盤の方が音量レベルが低い.なお2楽章の終了後歌手(合唱も?)入場のインターバルや終演後の拍手と怒濤のような足踏み?も収録されている.縷々書いてきたがこの演奏の鑑賞の選択枝が増えたことを素直に喜びたい.O盤が本番のライブ録音であることがほぼ判明した意義も大きい.さらに欲を言えばO盤のもとになったバイエルン放送のテープで全部入りのノーカット盤を再マスタリングしてほしい.(なおCD層を聴いての感想です.)

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  • ★★★★★ 

    フォアグラ  |  愛知県  |  不明  |  2021年12月01日

    リスナーとしては2種のバイロイト(EMIとオルフェオ、BIS)を楽しめばいいということだろう。それでもウォルター・レッグは倫理的にどうよ、っていう疑問がどうしても残る。フルトヴェングラー没後に勝手に編集、偽の足音、拍手を追加。エンディングまで…。ショルティがレッグは信用ならない人物と自伝に書いていたが、はからずも録音から70年後に証明された感がある。その意味でもBIS盤はエポックメーキングなものだと思う。

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  • ★★★★★ 

    jin  |  長野県  |  不明  |  2021年11月28日

    スウェーデン放送局に眠っていた「バイロイトの第九」放送音源だと言われても、それが本当に本番かどうかわからない、ゲネプロ音源にアナウンスを加えて70年間倉庫に眠らせていたのかもしれない、そういう疑念、危惧は置いておいて新たなバイロイトの第9を聴ける歓びが全てです。国内盤でどんな解説が付くのか気にはなりますが先に手に入る輸入盤を購入しました。ジャケットによるデータによると第1トラックの4か国語のアナウンスは1分57秒、第2トラックのプログラム紹介とアプローズが2分19秒、第1楽章が18分01秒、第2楽章が11分46秒、第3楽章が19分13秒、第4楽章が24分56秒、第7トラックのアプローズと2か国語のアナウンスが2分44秒です。第1楽章から第3楽章のインターバルもしっかり録音されています(本物かどうかは別として)。しかし第3楽章から第4楽章はすぐに続きます。ソリスト入場が無かったのでしょうか?ちなみにライナーノートには第9やフルトヴェングラーについての記載はありますが、この録音発見のいきさつや真偽については一切記載がありません。また聞いてみた印象ではエンジェル(EMI)盤ともバイエルン放送協会盤ともかなり印象が異なるものでした。皆さん、お楽しみが増えましたよ!私個人としては第1楽章が今一つなのに比べ、第2楽章の迫力がスゴイ!でした。なお、第1楽章から会場ノイズ(咳払いなど)がハッキリ録音されているので他の盤(録音)との比較検証が容易で、こちらの楽しみも期待できます。

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  • ★★★★★ 

    8マン  |  東京都  |  不明  |  2022年01月25日

    音質改善の期待はしていませんでしたが、当時の放送録音としては予想以上でした。この盤(BISSA9060)は記念碑的な演奏を記録した言わばTondokumentであり、歴史的価値の面からずっとそばに置いておきたいディスクです。

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  • ★★★★★ 

    椋代 能行  |  大阪府  |  不明  |  2021年12月21日

    音質がすばらしいのは、演奏会の始終を一切のカットを拒絶して完全収録する復刻に当たってのBIS側の信念に照らし合わせても謂うまでも無い事だが、更に本盤が優れて居るのは、普通のplasticケースでは無く、と謂って扱い難いデジパック仕様と謂うでも無く、昔のレコードの様な表紙裏表紙合わせて見開き4頁の薄くも堅牢な厚紙の、豪華な、昔のLPの様に厚みとしての場所を取らないパッケージングで、CDは3-4頁目の間のslipに紙製のパッケージに包まれて収納されて居る。CDのパッケージングにはよく有るCD-Rの様に紙製ケースの一部をplastic製にする事も慎重に避けられて居る。私はこの配慮に感動した。これからの歴史的復刻は、私達の時代に相応しい、このBIS盤の様な仕様と復刻方針が望ましい。私は、1950年1月28日、29日(この日付の丁度5年前が同じくViennaでFurtwaenglerの戦時中最後の演奏会で在った)にViennaで行われたShostakovich交響曲no.9を含む演奏会や、1948年のSalzburger Festspieleで行われたStravinsky PetrushkaとR. StraussのEin Heldenlebenを収録した、共にORFの倉庫に長く仕舞われて居たと推察し得る録音の完全復刻を望みたい。同様に、1947年5月25日の歴史的復帰演奏会もSoviet Armyと駐留米軍が放送を完全収録した、と私は考えて居り、これらが今後、今回のBIS盤の様な演奏会自体の完全収録の形で復刻され、私達の目前に、日の目を見る日を待ち遠しく待って居る身で在る。

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  • ★★★★★ 

    シュタイナー  |  千葉県  |  不明  |  2021年12月05日

    幾度となく「復刻」を重ねられた「名演奏」ですが、今回のCDはどちらかと言うと「音質改善」と言うよりも、「資料的価値」が大きいと思います。 いずれにせよ、フルトヴェングラー好きには堪らない「少し早いクリスマスプレゼント」になりました。 此れで私が20代の頃、レコードの「帯」に書かれていた「足音入り」は完全に「作り物」である事が証明された訳ですね。 それにしても、今は無き「東芝EMI」は罪な事をしたものです。 此れからは、「音質重視」の方は、「Gland Slam盤」を、「初出レコードの想い出」を大切にしたい方は「2019年ワーナーの復刻盤」、そして演奏会当日の生々しい雰囲気に浸りたい方は、この「BIS盤」と分けて楽しめば良いと思います。 楽しみ方がこれ程多様な録音は、他には無いのではないでしょうか? それにしても、フルトヴェングラーの「ベートーヴェン・第9」は、他にも「ルツエルン」「ウィーン芸術週間」、其れに今年改めて音質が大幅に改善され再販された「1942年4月19日」と、どれを聴いても「此れ以上の演奏は有り得ない!」と思えてしまうのだから不思議です。 SPはおろか、LPすら知らない「CD世代」の数は増えても、その様な若い世代にも「フルトヴェングラー・神」と思わせてしまえる此の不世出の芸術家の偉大さを改めて感じる次第です。

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  • ★★★★★ 

    John Cleese  |  静岡県  |  不明  |  2021年11月27日

    以下は、スウェーデン国営放送が最近発見した音源によるBISレーベルからリリースのSACDに関するレヴューです。 早速通しですべて聴きました。これが実際の、全く編集のないバイロイト・ライブそのものであるとすれば、従来EMI=ワーナーで聴かれてきたバイロイトの第九における「足音」「フルヴェン先生がオケに話しかける二言三言」は何だったのだろう?何処へいったのだろう?という疑問が生じます。収録マイクの位置が異なるのでしょうか、まったく聴こえません。これらのアンビエンス音は、大変な話題となったSACD化のリリースや、最新の「フルヴェン商業用レコード録音全集」のBOXセットに至るまで、バイロイトの第九には一貫して存在してきた音です。また終演後の拍手も違っているような・・・ここで聴かれる拍手は、例の凄い追い込みで最後の音が消えたのち、やや間があって、最初は一瞬少しまばらに始まりますが、やがてホール全体の熱狂的な拍手に拡大してゆく様が手に取るように分かり、従来聴かれた間髪入れずに始まるやや不自然な大喝采とは全く異なります。従来から編集による演出の噂が囁かれていましたが、これはやはり・・・しかしバイロイト祝祭劇場内であることに間違いはないと思います。熱狂した観客の木造の床を踏み鳴らす独特の音はどちらでも聴こえてきます。私自身もここ数年はコロナ禍で行っておりませんが毎年ではないものの30年以上通い続けているホールですし、それは間違いないと感じます。 さて、肝心の楽曲部分の音質は、モノラルでもやはりBISレーベルですね、やや音像が遠目で、収録レベルが大きくないので、かなり音量を上げての再生でないとよく聴こえません。特に優美な音になっているSACD層では、楽曲開始が分からないほど小さい音。しかし最新録音にも通じるBISレーベルの美質がよく出ています。従来のフルヴェン先生のバイロイト第九における現状の個人的なベストは、平林直哉先生の38pオープンリール起こし最新盤(足音も拍手もなし)ですが、ティンパニの豪快な迫力などは平林盤に譲りますものの、本盤は、とくに高弦に艶やかな美質が感じられる点で大変気に入りました。モノながらDレンジも広大。半面、気になるのはテープ音源であるにもかかわらずパチパチというスクラッチ音が聴こえるのはどういうわけだろう?特に第二楽章の出だしがひどい。また全体を通して正体不明のモーター回転音のような低周波が聴き取れます。しかしそれらは聴いているうちにさほど気にならなくなるレベルでして、それらを以てしてこの貴重な音源をファンの方々に推薦しないといこうことはあり得ません。私は非常に満足しております。最後にパッケージ。フルヴェン先生のあまたある写真をテキトーにフィーチャーしているだけのリリースが多い中、これは先生の横顔の木炭か鉛筆で描かれた精細な絵で、たいへん品のあるジャケットになっております。

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  • ★★★★★ 

    no music no life  |  奈良県  |  不明  |  2022年02月25日

    自分が高校生の時に初めて出逢ったフルトヴェングラー指揮EMI盤1951年バイロイト祝祭管弦楽団の「第9」。その時の興奮は今も忘れることなく私の中に決定的な何かを遺し現在に至る。あれから30年以上、演奏としてはなんと70年が経ち、ようやく今、本物のライブ録音が化粧無しの生々しい姿で甦り登場した。 再生装置によって印象が違うかと思うが、私はSONYのNW-S14でノイズキャンセリングをかけ、記録されたすべての音を漏れなく拾い堪能することにした。 結論から申せば、このBIS盤の演奏の唯一無二の価値は、2点。 1点目はノイズを含め、一切の編集をしなかったこと。これの何が凄かったかというと、高音域に多く存在するノイズがカットされずに残った部分に、音の最表面に生じるエッジ、力感、感情の発露(言葉でいう子音の摩擦音のようなもの)と言った演奏の魂の「尋常ならざる部分」が一緒に混ざっていたこと。これが演奏全体に明らかに生気を与え、例えば第1楽章再現部の盛り上がりの迫力は、他を圧しているし、金管楽器の咆哮も狂気の沙汰で壮絶な魂の叫びを伝えている。第3楽章や第4楽章のVnの温かく艶っぽい表情も、非常に肌触りが生々しい。そしてダイナミクスも例えば第1楽章の出だしの最弱音が、あれほど宇宙の彼方で鳴っているような微かな音量で始まり、cresと共に巨大に膨れ上がり爆発する、あの部分をちゃんと再現したのは、数多くの彼の第九の中でもこの盤だけではないかと思う。ノイズカットがかかると、どうしても少し音像が奥まって聴こえ臨場感も失われる部分は否めない。 2点目は登場シーンから楽章間や拍手までノーカットでCD化したこと。これも他の方も記載の通り、1楽章と2楽章間の間があれほど長いのも興味深いし、第4楽章最後激しいアッチェレランドで昇天して弾け飛んだ後、あの8秒ものその場の全員が呆気に取られ余韻に浸ったような長い沈黙。その後の我に返ったようにパラパラと拍手が鳴り始め、フルトヴェングラーが振り向いたタイミングで、熱狂的な拍手とブラボーの声、壇上の団員や合唱団からの足音を踏み鳴らしてフルトヴェングラーを讃える姿をそのままCD化してくれて、当時の聴衆のナチス後の戦後初のバイロイト音楽祭開幕に寄せた正に歓喜が伝わってくるところなどは、歴史的なドキュメントとして価値も含めて、唯一無二である。 Orfeo盤は本番と同じ演奏とはいえ、全く情報量が違うし、指向が違う。Orfeo盤は、ノイズをカットし、高音域を慣らして、更にダイナミクスも調整され聴き易くなっており、むしろ耳障りの良い音作りでEMI盤と同じ指向性である。BIS盤は音量レベルが低めで、ノイズが気になる向きには耳障りで聴き劣りがするかもしれないが、ちゃんと音量を出して聴くと、上記の理由で眼前に迫ってくる切迫感また楽章間の間や拍手もカットされているため、おそらくバイエルン放送の録音の方がオリジナルに近かったであろうに逆にEMI盤と遜色がない出来になってしまった嫌いがある。ゲネプロの演奏の編集であることが明確になった長年ファンに愛されたEMI盤も、とはいえ紛れもなくフルトヴェングラー他による演奏であり、一般的なGPと本番の違い同様、部分的にBIS盤やOrfeo盤よりも優れた点もある。 久しぶりにフルトヴェングラーの魔力と戦後間もない当時のドイツの人々の熱気に触れ、感動した。「苦しみから歓喜へ」を強い共感と共に地で行ったこの演奏を、やはり人類の至宝として後世に遺すべき芸術遺産であることを改めてここに記録として記させて頂きたい。Vielen Dank!

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