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シューマン、ロベルト(1810-1856)

CD 交響曲第2番、『マンフレッド』序曲、『ゲノヴェーヴァ』序曲 アバド&モーツァルト管弦楽団

交響曲第2番、『マンフレッド』序曲、『ゲノヴェーヴァ』序曲 アバド&モーツァルト管弦楽団

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検索結果:7件中1件から7件まで表示

  • ★★★★★ 

    brainforum  |  千葉県  |  不明  |  2014年03月01日

    アバド初めてのシューマンが2番!チェリビダッケが最高だった私にとって、アバドがこんな演奏をするなんて。素晴らしい!ご冥福を祈ります。

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  • ★★★☆☆ 

    ほんず内閣総理大臣  |  北海道  |  不明  |  2014年01月23日

    アバドさん、お亡くなりになったとのこと。追悼の気持ちを込めて、最近入手したばかりのこのディスクを聴きました。アバドさんはこれまでシューマンの交響曲のレコーディングはなく、80歳にして初の録音というのもまた話題であります。さて、ここまではほぼ絶賛の嵐のような状態でありますが、私は、どうも良い印象を持ちませんでした。例によって繊細な姿勢で曲を扱い、特に楽器のバランスなどで独自な処理が聴かれるようです。それが何かシューマンの音楽をいささか人工的なものとし、美しさや自然な感興を減退させているように感じます。序曲はまあ普通。ある時期からアバドさんは楽譜の選択や音楽の処理に関して妙に「理」に走る傾向が出てきたように思いますが(ブレイン集団がいたんですな)、このシューマンでもやや「理」が先に立ったのかもしれませぬ。悪くはないですが、よいとも言い難いという感想です。最晩年の一つのチャレンジであったのかもしれませんが、もっと前に自然体で臨んだ方がすばらしい成果になったかとも思われます(勝手な想像)。追悼文らしからぬ評となりました。アバドさんが真価を発揮したもっと別なディスクにて、あらためて彼の功績については明らかにしたいと思います(上から目線ですみません)。来日公演でのマーラーはホントにすばらしかったですし、私個人はアバドさんの指揮者としての立派さを大いに評価しているものであります。

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  • ★★★★☆ 

    司那夫金  |  所在地  |  不明  |  2013年12月11日

    期待しすぎていたせいか、普通な演奏に感じられる。この演奏を一言で表すなら「明確」という言葉が適当だろう。よく明確と評されるセルの演奏でこの曲を聴き憶えた私だが、それでもこのアバドの演奏に比したら、まだまだセルのほうが幻想性のある(悪く言えば)解かりづらい演奏だった。 「見通しのよいシューマン」とも言えるこのアバドの演奏が、リスナー各自がシューマンに求めているサウンドと合致する場合は、よい効果を発揮するだろう。 そんな感じの印象を受けた。ただし上記は交響曲に関する評。《マンフレッド序曲》は、この曲に対するポインツを大いに上げる名演だと思った。ベルリンフィル時代以降のアバドに漲る特徴のひとつである「音の勢い」みたいな感じが実に見事で、思わずノリノリになってしまう。《ゲノフェーファ》は初めて聴く曲だが、曲そのものにさほど魅力を感じなかった。

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  • ★★★★★ 

    harekazuya  |  東京都  |  不明  |  2013年09月20日

    セル、サヴァリッシュ、シノーポリなど定評のあるものを聴いてもどうも正体がつかめないような、手からするりと抜け出てしまうような、とらえどころの無い感覚を持っていました。この演奏ではじめてシューマンの交響曲の素晴らしさに出会えました。夢幻的な表情と現世的ともいえるような音の運動性が波状的にやってきて、渦にまきこまれます。行方も知れず流れに身をまかすと、一切の束縛を離れた一つの究極の到達点へと誘われます。柔らかく、暖かく、胸が熱くなるような世界です。交響協曲を構造物としてみた場合には欠陥のある世界であり、アンサンブルずれを指摘できる演奏かもしれまん。けれどこの微妙な音がもたらす豊かなニュアンスこそ今のアバドがもとめるものであり、それによってアバドはこの世では稀にしか到達できない世界の住人になっていると感じます。そして聴く私たちにも生きることの素晴らしさとして、その一滴を受け取ることができます。アバドはいったいどこまでいけるのでしょうか。

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  • ★★★★★ 

    mimi  |  兵庫県  |  不明  |  2013年07月10日

    まず自分はロマン派交響曲を日常的に聴く人間でないし、Schumannの2番は過去、Sinopoli,Bernstein,Kubelikなど含め4-5種類しか聴経験が無いので、客観的に比較批評する資格を持ちません。それでも、この演奏はいままでのどの演奏とも違うように思います。実は感じるものが大き過ぎて、どこが違うかまだ冷静に書けないのですが、とにかくこの曲でこんなにも感動してしまうとは予想外でした。言い換えれば、この曲が真価を現した時に、こんなにも凄い曲であることを、恥ずかしながら初めて知りました。Abbado/Orch.Mozartの演奏、とにかく美しくない瞬間、意味のない瞬間が一瞬たりともありません。まるでこの曲の中の宝物を、どんな小さなものでも決して逃すまいとするかのように、時にはゆっくりと時には軽快に、音楽を確かめながら一歩一歩進んで行きます。そのため全体の印象として、決してスマートとか見通しが良いとかでは、ありません。ただこのように全ての細部を一つだに無駄にせず、着実に積み上げて行くことで、いつしか今まで見た事も無いような深く大きな音楽の姿が現れて行きます。とにかく、演奏者全員がこんなにも曲の全てに寄り添って、曲と、Schumannと一体となっていく姿は、自分はSchumannの管弦楽曲では(Kempff晩年のピアノ協奏曲など少数を除いて)ほとんど見た事がありません。Abbadoの、オーケストラのこの姿は、もはや「解釈」などという次元を完全に越えて、「この曲と共に生きている」としか言い様がないのではないでしょうか。第2楽章の有名な警句もここでは諧謔を越えた深い歌ですし、第3楽章のどこまでも美しい深遠への沈潜はBeethoven第9の3楽章をも凌駕しています。おそらく演奏史上でもごく稀にしか起らない、Schumannの交響曲への心の底からの共感と献身によって、初めてこの曲の深く大きい真価が明らかになったのではないでしょうか。第4楽章が終わった時は、正直、よもやこの曲でここまで自分が涙することになるとは思ってもみませんでした。どう書いてもうまくは言えませんが、もはやこの演奏はAbbadoの、Schumannの、希望と絶望、挫折と再生の人生の歌そのものなのかも知れません。Berlinを自ら去って以降のAbbadoの中で、疑いなく最も心に残る演奏の一つと思います。

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  • ★★★★★ 

    yukiyasu  |  三重県  |  不明  |  2013年06月23日

    これは新しい音楽の誕生だ。とてもインパクトがあった。 二つのことについて、述べたい。一つは、この演奏はMozartの交響曲第42番と呼ぶにふさわしいと思う。シューマンではなく、これはモーツァルトの音楽だ。ブラームスの第1番がベートーベンの第10番と称されたように、モーツァルトが生きていて続きの交響曲を書いていたら、このような交響曲になっていただろう。とても面白い試みだ。それを可能にしたアバドの指揮はとてもイマジネーションに富んでいる。このようなシューマンの第2番はこれまで聴いたことがない。シノーポリのものがとても有名だが、それを覆す演奏に始め驚いた。こういうアプローチもあるのだなと感心してしまった。   二つ目は、80才を迎えたアバドの指揮は明らかに停滞している。80相応の演奏といえるかもしれない。そういう耳で聴くと、なるほどと思うのだが、例えば、ヤルビィやヤンソンスが演奏すると、もっと爽快なものになるのだろう。ヤルビィの第2番は出ているが、シノーポリの路線で行っているので、新しめは残念ながら無いのだが、曲は颯爽としている。アバドの指揮は停滞している。音と音の間がとても気になる。これは仕方のないものだろう。それを差っ引いて聴かなければならない。だから、例えば、アバドの指揮する「リング」はもういらない。というか、聴きたくない。シューマンの他の交響曲はいいだろう。試しに聴いてみてもいいかもしれない。どんなものになるだろう。あまり期待はしていないが。「ライン」あたりの目の覚めるような演奏に遭遇できないだろうか。

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  • ★★★★★ 

    G.v.Eisenstein  |  栃木県  |  不明  |  2013年06月17日

    幸運にもこのコンサートに居合わせる事が出来ました。シューマンはアバドのキャラクターに合っている作曲家だと思うのに、意外にも録音無かったんですね。実際のコンサートではシューマンは前半のプログラムでしたが、メインのメンデルスゾーン(スコットランド)の印象を薄くしてしまうような大変素晴らしい演奏でした。モーツァルト管の若いメンバーたちの、特に第三楽章での憑かれたようにうねる弾きぶりがとても印象的でした。

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