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ベートーヴェン(1770-1827)

CD 交響曲第9番『合唱』 フルトヴェングラー&ベルリン・フィル(1942/ヒトラー誕生日の前夜祭演奏会)

交響曲第9番『合唱』 フルトヴェングラー&ベルリン・フィル(1942/ヒトラー誕生日の前夜祭演奏会)

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    mimia  |  石川県  |  不明  |  2021年12月03日

    「ヒトラーの第九」という呼び名は本当にやめてください。  シュタイナーさんの意見に大賛成です。  ナチスが政権を取って以来、ユダヤの人たちや、ナチスに批判された人たちを守る努力を続け、公然と異議を唱えた唯一の文化人だったのがフルトヴェングラー だった。にもかかわらず、戦後も一部の激しい攻撃を受け続け、不条理な10年間を生きなければならなかった。  亡くなってやがて70年にもなるというのに、まだ誤解を招くような書き方をされたのでは、ご本人に代わって嘆きたくなる。  勿論悪気で付けたネーミングではないとは理解している。CDケース内蔵のブックレットには、中川右介さんの要点を押さえた論説が掲載されていて、これを読めばフルトヴェングラー の事情に詳しくない方でも、ヒトラーとの関係を理解してもらえるだらう。  だが、オビだけではなくケースの背表紙にまで「ヒトラーの第九/フルトヴェングラー 」と表記されていては、店頭で見ただけの人には誤解を与えるだろう。何より、このネーミングが一人歩きして欲しくない。  ( ついでだが、今だに言われ続けている「ウラニアのエロイカ」もやめましょう。フルトヴェングラー にとってピッチの狂ったレコードは我慢ならなかった。本来の音程とテンポの演奏記録は、戦時下のエロイカ、あるいは、1944年のウィーンフィルによるベートーヴェンの交響曲第三番、で良いのではないでしょうか?)  ブックレットの内容についてもう一つ書きます。  この演奏についての宇野功芳さんの過去の批評が掲載されています。宇野さんらしい激賞、劇評でちょと笑ってしまいますが、一点同意出来ない事がある。  この演奏と比較して、ほぼ一か月まえ、1942年3月の演奏を、「問題にならない」と切り捨てている。  3月の演奏は当時のベルリンフィルの充実度、気合のこもった激しさなど、決して4月19日の演奏に引けを取らない。さらに静謐な気品さえ感じさせるものだ。録音の良さを含めると、戦時中の第九として、どなたかに薦めるとしたら、断然こちらになる。  宇野さんが、あくの強い主観一本の批評を書くのは自由だし、私も愛読していたが、CDのブックレットを読んだ方が、それによって3月のかけがえのない演奏を無視されないよう、反論を書かせて頂きました。  販売元に苦言を書いてしまいましたが、KING INTERNATIONALさんには感謝する事が多い。特にtahraの音源を復刻して下さっているのはありがたい。最近も、スウェーデン放送音源を発掘する貢献がありました。フルトヴェングラー ファンには、なくてはならないレコード会社です。 ありがとうございます。  さいごに、このCDの音楽的内容について。  フルトヴェングラー の戦時中のライブ録音は、当時ドイツのメーカーによって大幅に改良された磁気テープによって、驚くほど良い音で残された。その中でこの録音は、なんで?と思うほど良くない。けれど真剣に聴き続ければ、そこそこのものが聴こえてくるから不思議だ。演奏に力があるからだろう。特に第四楽章に入ると、十分とまで思えてしまう。 ただ、やや高音が強調された音なので、第四楽章出だしのティンパニーが会場をつん裂くように突き刺さってくる。それも、物凄いという印象を与えている要因だと思う。物凄いには違いないが、ものすごく爆発しちゃっているように聴こえるのだ。同年3月の演奏をtahra盤で聴くと(ベルリンフィルレーベルのSACDもあるが、この曲に関してはtahra盤の方が力強い音だ)やはり物凄いが、爆発はしていない、ティンパニーの音がする。 このCDの一番の良さは特別なライブ感だ。  開始前の会場音は、観客のマナーの悪さを想像させる。当然ながら、ナチス党員が大半だっただろうし、なかには傍若無人な者もいたかもしれない。フルトヴェングラー も、騒然とした音が止むのを待っているような気配をかんじるが、 やがて指揮棒を静かに下ろし始める(多分)。  音楽が始まれば、全てを忘れ音楽だけに没頭する。  ベートーヴェンが第九に込めた思い、特に第四楽章で伝えたかった思想はヒトラーの考えとは対極にある。あなたたちは、このベートーヴェンをどう聴いているのか?という思いがよぎったとしても。  終演後の拍手は整然としている。 私は妄想してみる。  ナチス党員の全てがヒトラーに傾倒していたわけではなかった。組織内からの暗殺計画は多数あり、1944年には失敗したとはいえ、実行にうつされている。  1942年のあの日、フィルハーモニアの会場にいた誰かがその暗殺実行者の中にいなかっただろうか。  ベートーヴェンは、そしておそらくフルトヴェングラー も 、芸術の力が人間性を高めると愚直なまでに信じられる人間だった。  1945年1月、フルトヴェングラー はついに亡命を覚悟し、スイスへとのがれる。ゲシュタポがいよいよフルトヴェングラー の逮捕を決定した情報を知らせてくれたのはナチスの高官だった。少なくともその瞬間、芸術の力がヒトラーを、政治を超えたのだ。  このCDの最大の価値はやはり歴史的ドキュメントの記録だという事にある。  できるだけよい状態で世に送り出そうとしてくれたメーカーさんにあらためて感謝です。  それにしても、こういう音源が発掘され、さらに再発される。フルトヴェングラー ならではの事だろうか。ずっと聴き継がれてほしい。  ナチス政権下でドイツに留まり演奏を続け、戦後には、巨匠とか、孤高の天才とか、帝王とか言われるようになった指揮者は他にも何人かはいる。  しかし、公然とナチスと対立し、多くの命を守る努力を続け、稀有の名演奏を残した指揮者は、フルトヴェングラー ただひとりだった。    

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    シュタイナー  |  千葉県  |  不明  |  2021年11月21日

    メーカーはいい加減帯から「ヒトラー」を外した方が良いと思う。 抑も、1942年4月19日の此の演奏の場に彼は居なかったのだから。 此のCDに関しては、やれ「音が聴くに堪えない」とか、「演奏そのものがフルトヴェングラーじゃないのではないか?」等、悪評ばかりである。 確かに冒頭の演奏開始前の会場ノイズは酷い。 だが、其れも「歴史的記録」の一部(会場の雰囲気・緊張感がダイレクトに伝わる)なのである。 然し、演奏は紛れもなくフルトヴェングラー節全開である。 あの有名な1951年のバイロイト盤のラストで加速するスタイルが既に此の時点で表れている。 演奏全体の印象を一言で言い表すならば、真に「壮絶」である。 ティンパニは荒れ狂い、弦楽器は弦も裂けよとばかりである。金管の咆哮、そして合唱は「一球入魂」、兎に角「凄まじい演奏」の記録である。 帯の「ヒトラーの」と言う文字に「脊髄反応」して、此の演奏を虚心に聴く事が出来ない人は実に気の毒である。 此れは、フルトヴェングラーの数ある「第9」の中でも、バイロイト盤に勝るとも劣らない「名演」だと思う。 近頃、買っても「期待外れ」のCDが多い中で、此のCDは久方ぶりに「買って良かった」と心から納得できる演奏だ。 迷っている方、絶対に買うべきです!

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  • ★★★★☆ 

    ユローヂィヴィ  |  大阪府  |  不明  |  2015年03月09日

    あまりにも歴史的というか政治的な先入観が入りすぎて純粋に音楽だけを聴くことが出来ない。 フルトヴェングラーの理想とする第9番の演奏は果たしてこのようなものなのだろうか? 雷が何度も落ちるような激しさや打楽器の嵐のような響きに圧倒される。

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