ブルックナー (1824-1896)

CD Sym.4: Celibidache / Munich.po

Sym.4: Celibidache / Munich.po

商品ユーザレビュー

星5つのユーザレビュー > すべてのユーザーレビューを見る

レビューを書いてみませんか?

レビューを書く

検索結果:22件中1件から15件まで表示

  • ★★★★★ 

    ゆっきー  |  千葉県  |  不明  |  2021年03月20日

    チェリビダッケの死後出回った数々の演奏記録はどれも水準が高い。内容もそうだが不思議と音の良いものが多い。レコーディングを頑なに拒否していたので、自分の演奏がどのような形で残っているのか気にしたことなどないと思うのだが。この点実に不思議だ。ただ、残響音は特に気にしていたようだ。音が消えるタイミングで次の楽器を鳴らすというようなことを・・・。それゆえに音の重なりで響きが濁ることもないし、ワンフレーズ、ワンフレーズが美しく響く。もっともっと評価されていい指揮者だ。

    0人の方が、このレビューに「共感」しています。

    このレビューに 共感する

  • ★★★★★ 

    みたけ  |  不明  |  不明  |  2012年07月08日

    チェリビダッケのブルックナーは確かに遅い。はまればもうこれしか無い!と思わせられるだけのものはあります。ただ、受け付けられない人も確かにいることでしょう。しかし当盤はちょっと違う視点で見てみたいと思います。それは終楽章なんですけど、出だしはまぁチェリビダッケです。遅く丁寧にやっていまして、4番の美感にばっちりはまっています。非常にこのアプローチはこの曲に合いますね。他の指揮者の演奏が妙にセカセカした物に聞こえてきます。他のチェリのブルックナーと比べても成功しているものの一つに挙げられると思います。で、その美感にど〜っぷり浸かって、「ああ〜チェリのブルックナーって美しいなぁ〜〜〜」と心穏やかに聞き続けておりますと・・・。16分あたりから少々趣が変わってきます。不穏な空気を漂わせたかと思うと、17分8秒あたりからのフレーズが「ちょっと何これ???」な感じになりまして、17分50秒あたりでしゃくり上げるような表現になります。背中をつつつつつっとなぞっては・・・・、な感じです。あの〜〜〜、スクリャービンの4番じゃないんだから、こんなことして良いの????です(笑)。ブルックナーでこんな赤面の仕方をさせられたのは初めてでした。

    1人の方が、このレビューに「共感」しています。

    このレビューに 共感する

  • ★★★★★ 

    sunny  |  兵庫県  |  不明  |  2012年04月24日

    これ以上のブルックナー4番は、あり得るとは思えない。細かい神経、各楽器のバランス、気合い、命のはいった全力のホルン、凄みのある支えとなるヴィオラの刻み。何より、人間の神なる道を歩み求める崇高な姿を、試行錯誤しながらこれ程的確、見事に表現した演奏を、他に知らない。是非とも、多くの人に聴いて欲しい、強くそう思う、演奏。

    0人の方が、このレビューに「共感」しています。

    このレビューに 共感する

  • ★★★★★ 

    ワルター・メンゲルベルク  |  不明  |  2008年04月18日

    補足です。“悟り”といっても、決して空虚ではありません。いや寧ろ、物凄く理詰めをしています。特に響きの構成。正確無比な音程とハーモニーを駆使し、実際に音としてホールに放たれてから消化されるまでのプロセスを熟知し、それに見合ったテンポ設定をしています。単にテンポが遅いと批判出来ない明確な理由があるのです。憑依した人間がここまで出来るはずはありません。一言で言えばチェリビダッケは“理知的な宗教家”タイプだと思います。

    1人の方が、このレビューに「共感」しています。

    このレビューに 共感する

  • ★★★★★ 

    ワルター・メンゲルベルク  |  不明  |  2008年04月18日

    敬虔なカトリックの信徒であったブルックナー。彼の曲は全て信仰告白です。そしてブルックナーを十八番とするチェリビダッケもまた、仏教的感性を有しています。つまり両者とも、超越的で宇宙的な境地に到達する術を心得ている訳です。ここに聴く《ロマンティック》は、そんな法悦に至る壮絶なプロセスが刻まれています。特に終結。一歩一歩踏みしめるように、さらなる高みへ、前人未到の涅槃の境涯へ到達しようとする如くです。決して憑りつかれているのではありません。これは“悟り”なのです。だから、こういう話が胡散臭く思えるような無神論者タイプの方は聴かないほうが良いです。

    0人の方が、このレビューに「共感」しています。

    このレビューに 共感する

  • ★★★★★ 

    奇矯収集家  |  東京湾  |  不明  |  2008年01月19日

    これはチェリを聴く録音だ。4楽章の盛り上がる個所が違う。ベクトルを変更してある。おかげで論理的には破綻している。しかしチェリの狙いはそこには無い。この録音を聴くことでチェリが、ブル9の3楽章に代表される、シンメトリー構造を利用した音の絵画(イコン)を描く前人未到の境地にどうしても到達したかっただろうということ、チェリのテンポと響きが何を求めていたか、わかる。求道の険しさがわかる人には落涙モノの演奏だ。え?私の意見は妄想?笑止。この演奏の存在こそ、証明そのものだ。あの改変には明確な意味があるのだ。

    0人の方が、このレビューに「共感」しています。

    このレビューに 共感する

  • ★★★★★ 

    clara  |  北海道  |  不明  |  2007年12月28日

    音楽は作曲家の手を離れた瞬間から、作曲家の意図とは無関係に歩みだす。演奏という行為によって、聴衆を失望させることもあれば、時には作曲者さえ予想もしなかった新たなる生命を見出すこともある。このチェリの演奏は正に後者のような演奏だ。この一般的に「遅いテンポ」から禅宗徒のチェリは天から降り注ぐ眩い神の光を現出させた。それは以外にも極めて教会的であり、オルガン的である。これこそ一般的なブルックナーらしくないアプローチにより最もブルックナーらしさを獲得できた数少ない名演のひとつと思う。

    0人の方が、このレビューに「共感」しています。

    このレビューに 共感する

  • ★★★★★ 

    ゆーさん  |  埼玉某所  |  不明  |  2007年09月19日

    ここまで宇宙的な気宇壮大さのある《ロマンティック》は皆無だ。一音一音極限まで研ぎ澄まされ、悠久の世界を眼前に表してくれる。これはチェリビダッケが禅に深い造詣を示したことも影響しているのだろう。ブルックナーの交響曲に対し、ある評論家は「仏教的な法悦すら感じる」と述べているが、それはそのままチェリビダッケの精神性にも通じると思う。「変ホ長調による“聖音”」と銘打った冒頭のホルンからして、悟りの境地すら感じる。チェリビダッケの指揮は極端に遅いが、これに慣れてくると他の演奏が忙しなく思えてくる。空“emptiness”の世界に聞き手を誘うような、神秘的色彩をも感じ得る名演である。なお、この曲のファースト・チョイスとしては余りにも強烈な為、他の演奏を耳にしてから改めて本盤を選んでくれたら幸いである。

    0人の方が、このレビューに「共感」しています。

    このレビューに 共感する

  • ★★★★★ 

    I&W  |  JAPAN  |  不明  |  2007年09月08日

    21’56/17’35/11’04/27’53

    0人の方が、このレビューに「共感」しています。

    このレビューに 共感する

  • ★★★★★ 

    たか  |  東京  |  不明  |  2007年08月23日

    7番では打楽器を追加したチェリだが4番は純粋なハース版のようだ。このスローテンポが成功した理由はそこにある。人間の感覚は相対的なのでノヴァーク版のようにテンポを動かすと遅い部分が実際以上に遅く聞こえてしまう(熱めの風呂でもじっとしていれば耐えられるのに動くと熱いのと似ている)。テンポを揺らさないハース版の方が遅いテンポに持ちこたえやすい。ちなみに楽譜にはBewegt(生き生きと)としか書いてないので実際にどのようなテンポをとるかは完全に指揮者に委ねられていると言える。こういう曲こそチェリの土壇場だろう。

    0人の方が、このレビューに「共感」しています。

    このレビューに 共感する

  • ★★★★★ 

    為朝  |  京都府  |  不明  |  2007年01月08日

    多くの聴衆はチェリのブルックナー(特にこの4番や8番)を全く誤解している。尋常ならざる遅さは、ブルックナーの語法が神の啓示を刻印しているため、極めて的確なのである。ただ、これはブルックナーでも4番や8番にのみ該当する手腕である。

    0人の方が、このレビューに「共感」しています。

    このレビューに 共感する

  • ★★★★★ 

    J.T.Kirk  |  北海道  |  不明  |  2007年01月01日

    続き… 彼の手に掛かると、非常に解り易く聞こえて来る。並々ならぬ集中力と迫力があって非常に良かった。『毒を以って、毒を…』の言葉が、まさに当て嵌る一例だろう。

    0人の方が、このレビューに「共感」しています。

    このレビューに 共感する

  • ★★★★★ 

    J.T.Kirk  |  北海道  |  不明  |  2007年01月01日

    素晴しい。驚くほどのスローテンポには、1フレーズ1フレーズを丹念に聴かせてくれ、まるで僧がやる『説教』そのものだ。……『説教テンポ』とでも命名した方が良いかも知れない。彼が『禅宗』の宗徒である。と、言う事は良く知られた事であるが、その影響を大いに受けて上での演奏なのであろう。90年に来日した際の『8番』の映像も所有しているが、それもやはり『説教テンポ』。 どちらかと言うと、8番は長大で、回り諄いメロディラインが多く、初心者には、なかなか取っつき難い面も有るのだが、彼の手に掛かると、非常に解り易く聞こえて来

    0人の方が、このレビューに「共感」しています。

    このレビューに 共感する

  • ★★★★★ 

    水野哲行  |  名古屋市  |  不明  |  2006年08月14日

    所要80分近いテンポに、当初は懐疑的だったが、従来のテンポでは聴こえなかった声部や管弦楽法に仰天した。ブルックナーは自己の創作に没頭するあまり、当時の音楽環境から良い意味で逸脱したのだろう。作曲当時、スコアを読んだ音楽家たちは、当惑したのではないか?

    0人の方が、このレビューに「共感」しています。

    このレビューに 共感する

  • ★★★★★ 

    たか  |  東京  |  不明  |  2006年08月04日

    チェリは88年はまだ立って指揮していたはずで、遅いテンポの中にも厳しさが満ち溢れている。この指揮者がたどり着いた最高の境地と言える。この演奏と比較すると(いくつかの素晴らしい例外はあるが)90年代以降の録音はやや遅すぎで、70年代以前の録音はあっさりしすぎる。チェリを聴いたことのない人、なじめない人はシューマンの3番/4番など80年代の録音から聞いてほしい。

    1人の方が、このレビューに「共感」しています。

    このレビューに 共感する

検索結果:22件中1件から15件まで表示