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三文詩人 さんのレビュー一覧 

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     2021/04/20

    1箇所、致命的な誤植が残念でならない。『群衆の中を求めて歩く』第4行は
    「どこへでも流れてゆくひとつのさかんな意志と愛欲のぐるうぷだ」
    となっていて「ぐるうぷ」には傍点が付してある。なぜ傍点?何の group ?だいたい普通に猫が鳴く声を「おわあああ」などと写してしまう変態が、こんな普通な詩句で満足する筈がない。
    と、初めて見た時から疑問に思っていた謎は、復刻版で氷解した。「ぐるうぶ」と書いてあったのだ。group ではなく groove 、つまり朔太郎という詩人は1923年の時点で ”Groovyeee!” とヘコヘコ踊っていた訳だ。レッド・ガーランド ”Groovy” でさえ録音は1956年、いくら何でも時代を先取りし過ぎで案の定、三好達治以下フォロワー共には、その変態ぶりが全然理解されなかった。おそらく三好の流れを引く気取った解説が付いているけれど、的外れも良いところ、破り捨てた方が良い。下半身で歌っている詩も多く収録するのに、なんで通じないのだろう?歌えも踊れもしない詩人などあるものか。

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     2021/04/17

    お値段は張るものの、注文すれば新刊が入手できるとは有難い限り。萩原朔太郎の全集でさえ、ひっそりと消えてしまった今となっては奇跡的かも。
    惜しむらくは「日本語への翻訳」であって、「日本語の詩」にはなっていない。これはしかし、我々に残された宿題といったところか。小生含め、これからブレイクを訳そうという詩人にとって、本書は一定の指針となろう。
    全集があるのだから、版元はこれを元に各詩集を分冊して出すことができるはずで、もう少し商売して良いのではないか。『ピカリング草稿』とか。

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     2021/04/13

    素晴らしい翻訳をして下さった広中平祐氏には申し訳ないのだが、この邦題は良くない。もっと解り易く人を驚かせる、例えば『分砕次元の容貌(いろかたち)』などとすべきであった。著者はそういうアピールをこそ望んだに違いないので。
    数学者マンデルブロの主著にしてカオスへの扉を開いたこの本を、著者はエッセイと称する。エッセイとは思想を伝える文章であり、この本は分数次元という新しい思想を喧伝するものであるから。
    従ってこの名著が販売終了などという由々しき事態に対して、思想界は挙って声を上げなければなるまいに、思想家連中は何を見ているのやら。詩を作るだけが能の小生には、能天気の理由は理解できない。
    根っからの文系である小生にとって、本書は完全に理解の埒外だが、だからこそ放り出す気にはなれない。そもそも他人様の考えが、本1冊ちょろっと読んだ程度で理解できるようなら、誰も人生に苦労はしない。まして、それまで世に無かった新しい概念である。他ならぬ著者が、飛ばし読みを薦めている本である。単純な数式で描かれたという美しい図版を見るだけでも、バチは当たるまい。北斎の傑作『神奈川沖浪裏』が、周知のものとして紹介されるのも嬉しい。
    冒頭部分に当たる5章では、海岸線の長さというものが細かく測れば測るほど際限なく延びていく不思議が語られ、結論として3/2次元という聞いた事のない世界に導かれるのであるが。有限の事物に無限を見るのは、昔から詩人の追求するところでもある。

    ウィリアム・ブレイク『無垢なる兆し Auguries of Innocence』(拙訳)より

    一握の砂に見るは世界を
    野に咲く花には天国を、
    あなたの掌(てのひら)握るは無限を、
    1時間のうちに永久(とこしえ)を。
    To see a world in a grain of sand
    And a heaven in a wild flower,
    Hold infinity in the palm of your hand,
    And eternity in an hour.

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     2021/03/19

    車中に流していたこの録音を聞いた従姉たちが「好い声!」と称えたのが、ケルビーノ役のトロヤノス歌うアリア『恋とはどんなものかしら』だった。我が事のように嬉しかったのと同時に、何故か1種の敗北感を覚えた……
    カール・ベームという指揮者は、あれだけ怖い顔をしながら、こういう軽妙な音楽が得意だったように思う。『ドン・ジョバンニ』のような短調のオペラではフルトヴェングラーさんに及ばないにしても、長調のモーツァルトを飽きず典雅に聴かせる指揮者はそう居ない。この人がブルーノ・ワルターから教わったモーツァルトは『センチメンタルではなくロマンティック』だったというが、まさにこの録音が堂々たるロマンティックなコメディそのもので、もはや我々の時代以降には求めようがないのかもしれない。
    この名盤が販売終了とされてしまったのは驚くべき悲しむべき事態で、関係者の努力と再発を祈る。

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     2021/03/11

    確か当初はKing Crimson名義ではなくDisciplineとして活動再開し、すったもんだの末アルバムタイトルになったと記憶する。しかし聞いて年来のファンは驚愕したものだ。
    「何故!キング・クリムゾン(まで)が、フュージョン演ってる?」
    クロスオーバーとかAORとか呼ばれたあの辺の音が大体「フュージョン」とまとめられ、jazz もロックンロールもへなへなにつまらなくなった当時、裏切られたような思いをした青二才も少なからず。
    ところがその辺の有象無象がすっかり何処かへ消えた後、改めて聞くと。これが中々かっこいいではないか?「こんなのKing Crimsonじゃない」という衝撃が消えてはいないのに、洒落にならない超高水準の演奏で「こんなのKing Crimsonしか有り得ない」という驚愕も思い出し、まあ時代を先取りし過ぎたのだろう。
    だいたい昔からオールスターチームのようなバンドだったが、メンバー全員が作曲し、それに詞を付けて歌えるエイドリアン・ブリューのお陰で多様性は増したとも見える。バンドというよりロバート・フリップのプロジェクトと呼んだ方が実情にあっている気がしてならないKing Crimsonなればこその1枚には違いない。

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     2021/03/04

    ウェストミンスター・レーベルで出ていたペーター・リバールのLP レコードは、乏しいなりに贅を尽くし高級感のあるジャケットだった。せっかくのCD復刻がこんな安っぽいものでは残念でならない。
    今ではヴァイオリン初学者の課題曲となり、滅多に上演されなくなったヴィオッティのヴァイオリン協奏曲にあって。ブラームスがいたく愛好したが故に、22番ばかりは有名であった。ブラームス自らピアノを弾き、友人ヨアヒムにヴァイオリンを弾かせ、その度に涙を流して大感激しては2度3度と再演を強請り、しかもこれを幾度となく繰り返したものだから、ヨアヒムにはいい迷惑だったようだが。
    悲劇のお姫様が静々と出てくるような第1楽章から、嫋嫋と歌う緩徐楽章、技巧を究めつつも品位を失わない終楽章と、そう言われてみればブラームスが想いを寄せた人に似ていたのかもしれない。リバールの慎ましい演奏が、この曲に似つかわしい。
    というところでネタばらしをすると、某局某番組のテーマ音楽であったりしたので、某局にも優雅な時代があったのだなと…

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     2021/03/04

    鍛え過ぎた骨皮筋右衛門よろしく筋骨逞しい音楽を志向するあまり『ミスター・メトロノーム』の渾名を頂戴し、シカゴ響の音楽監督に就くや否や楽団員の首ことごとくを挿げ替えた首切り魔フリッツ・ライナーが、ベーラ・バルトーク晩年の技巧を極めた名曲を指揮した恐怖の1枚。1955年というステレオ録音草創期にあって、45/45方式の開発元でもあったRCAの専属ゆえに、既にして立体感のある音で聞けるのがまた恐ろしい。
    渡米したバルトークは、ピアニストとして生計を立てる積もりだったらしく、作曲はせず。それが心身共に行き詰まってリサイタルもできなくなった癖に、生来の潔癖症ゆえか、ヨーゼフ・シゲティやライナーほか友人たちからの支援も受け取らなかった。突き返された支援金を適当な団体名義で贈ると、色々調べた末に「架空の団体から受け取る理由がない」として全額払い戻しまでしたという。そりゃ鬱にもなるはずだ…
    頭を抱えた友人たちが、クーセヴィツキー財団からの委嘱ということにして(無理やり)作曲料を受け取らせ。遂に奮起したバルトークが、3ヶ月程で書き上げたのがこの曲。その事情を知るライナーだからか、意気込みも半端でなく。タクトの代わりにナイフを振るかの、身も引き締まる壮烈さ。真冬のお化け屋敷もかくや。
    至難の曲ゆえに新人指揮者の試金石ともされ、ということは第1楽章終わり近くに地獄の哄笑のように金管が奏でる逆行カノンといい、逆立ちしたゴブリンが並んで踊ってみせるような間奏曲といい、こんな化け物と比較されることになる駆け出しの若手には気の毒な限りである。

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     2021/03/03

    この連中、フロリダ出身とかでアラバマなんぞ行ったこともないくせに、当てつけがましく「アラバマ・ソング」を作ったら、何故かこれがウケ。そしたら当のニール・ヤングがこれを歌ったりしたという、プロレスなやり取りの方が曲自体よりもロックンロールな2nd アルバム”Second Helping” の中でも、好きなのが ”Workin’ for MCA” 。アメリカンな質より量的ぎっしりサウンドが特徴なこのバンド、この曲でも冒頭からガツガツずっしり仕掛けてくるギターs につい踊ってしまう。ところが歌詞は酷いもので、愛だの恋だのは一言もなく。フロリダからはるばる音楽産業ひしめくナッシュビルへやってきた田舎者が、大手レコード会社MCAと契約するという、てめえらの事情そのままな業界ソングで、ご丁寧にも社長だか誰だかに言われたらしい、契約をせっつく台詞そっくりそのままリフレインしてある。

     ホレ、今日すぐ署名しな。
     お前らガッポリ稼げるんだからよ。
     MCAにお勤めだぜぇ!

    と容赦なく契約を迫られ、結果

     MCAにお勤めだぜぇ!

    と言わされる、地味に情けない歌なのだ。ろくに歌うようなことも無いからと言って、これはない。ないと思うのだけど、この手の内輪ネタばらし的なものが困ったことに、深紫な湖上の煙的に名曲だったりするので、ロックンロールの出来栄えは歌詞とはあまり関係ないらしい。詩人としては大変悩ましい。
    このレイナード・スキナードを聞いて『サザン・ロック』と覚えてしまったので、他のどんな南部バンドを聞いてもサザン・ロックに聞こえないというおまけ付きで、レッド・ツェッペリンの次くらいには好きなバンド、好きなアルバム。
    ともあれ、ハードロックをかけて踊る詩人を見かけたら「ネタに困ってるんだな」と内情を察して頂きたい。一緒に踊るのは多分、無理だ。

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     2021/02/26

    ロバート・フリップがアルバム”red”について「明確なヘヴィメタルである」と語ったのが気になっている。後にはレッド・ツェッペリンもヘヴィメタルに区分されたりするのだけど、1974年当時のヘヴィメタルとはこのバンド、このレコードだったのではあるまいか。何せ1曲目がRed & Black、LPレコードだとRed面とBlack面に分かれていたくらいだ。両バンドのファンであれば立ちどころに解ったであろう。
    と思いきや、誰もそんな話をしていないのが不思議でならない。キング・クリムゾンが”red”で1つの終わりを迎えるのに対し、ブルー・オイスター・カルトはこれが出発点の1つとなるのだが、いずれもロックンロール・バンドとして「昔は良かった」的言われ方をしてしまうのがまた、業の深いところである。

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     2021/02/26

    詩人にとって「うたう」とは、自分の中にあるものを書き表して形作ることなのだけれど。こうして本物の歌手が歌を歌うところを聞いていると、別にオリジナルでなくとも、人に聞かせる歌の力というものはまた格別であると感じ入ってしまう。
    例えば5曲目 Fear a Bhata はスコットランド古謡、歌詞はゲール語と来てはさっぱり聞き取れないのに、静謐な深い水面を覗き込むような、その上に雪の花が散っているような、底知れぬ感動を覚える。
    このように優れた歌手が、さっぱり知られていないのがまた、小生にとっては驚くべき事実で、本物の才能は世界に理解されにくい運命にあるのだろうか。音楽好きの友人に教えてみたらやっぱり知らなかったらしく、手持ちのCDをコピーして布教活動中、皆さんCD買って音楽家を応援しましょう。惜しむらくは録音が少なく、これを含めて数えるほどしか出ていない。

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     2021/02/26

    『ワルキューレ』全曲が消えるように終わり、そのとき聴衆は息を飲んで物音を立てなかった。ややあって誰かが手を叩き始め、やっと夢から醒めたように拍手が広がり、大歓声となった。
    というように非常に美しい演奏であって、その雰囲気の伝わるのがライブ録音の良いところ。ライブ録音にしては極めて見透しのよい音で、聴衆の嘶き囁きもない、セッション録音の立場がなくなりそうな優秀盤。実は『指環』四部作がワゴンセールで叩き売りされていたから気の毒になって買ったのだが、これならもっと早く買っておくのだった…
    歌手も息のあった歌を披露して、此処が彼処が聞き取れないなどということもなく、居合わせた聴衆の方々はさぞ幸せな時間を過ごしたことであろう。蚊取り線香にしか見えない舞台装置は別として。
    もっとも年来の『指環』マニアな好みには合わないかもしれない。なんと言っても主役になるはずの、スーザン・ブロック歌うブリュンヒルデが、初々しく可愛らしいのだ。どう聞いてもエーファ・マリア・ウェストブロークのジークリンデより歳下で、「人の娘を憐れむ神の使い」ではなく「道ならぬ恋に身を落とした姉様の世話を焼こうとする妹分」の趣。「こんなのブリュンヒルデじゃねえ」と目を剥く人の気持ちも、まあ解らないでもないが、小生にはたいへん新鮮で面白く聞けた。
    という訳で、その手のマニア以外にお勧めの1枚ならぬ4枚である。

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     2021/02/14

    なんか凝ったジャケットの聞いた事のないインディーズレーベルな1枚がアウトレットに出ていたので、怖いもの見たさに買ってみたら中々の傑作。野生集団を名乗る割には、テクノな音と練習を欠かさない(らしい)安定した演奏技術は、日曜日の昼下がりにラウンジで鳴っても(かろうじて)安心して聞けそうな落ち着きぶり。
    #1の鳴き声は楽器の演奏のようだけど、合わさると「なんかクレ」と要求されているようだし、#2はSundayという目出度い曲なのに出だしは「つらいサンディ」としか聞こえないし、パッケージを開けてCDを取り出すと御対面できるメンバーは風采の上がらないこと十把一絡げに売る野菜か工務者にしか見えない子供たちのようだし、販売終了が残念でならない。

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