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遊悠音詩人 さんのレビュー一覧 

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     2007/12/24

    同姓同名(一人二役?)の諸氏にお願いですが、宜しければお二方(?)のお薦めを対論として挙げたほうがよいかと思います。批判は結構ですが、では、どういう演奏を理想とし、誰の演奏を好むのかを提示するべきではないでしょうか。そうすれば、第三者がこのレビューを見た際に、聴き比べることも可能かと思います。

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     2007/12/23

    P.N.まもるさんの“濁流”という一言に思わず吹き出しそうになりました。この《ライン》は氾濫していて、ひいき目に見ても偉大なる大河の形相ではありません…こうも肩肘張る必要はないはずですよね。まあ単なる標題音楽に留まらないだけまともかも知れませんが。シューマンは確かに文科系の人間です。とても筆まめな人で、神経質で、内向的な性格の持ち主です。晩年には精神を病んでしまうわけですが、バーンスタインの演奏はクララと結婚した翌年(1841年)に作曲された《春》でさえ、精神的苦痛を感じるような大袈裟ぶりです。まさか、シューマン晩年の精神病みの姿を、得意のマーラーとシンクロさせて演奏しているのかとも思える程です。

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     2007/12/22

    確かに面白い現象だと思う。「まぁ、可もなく不可もなく」というような曖昧な評価ではなく、好き嫌いが真っ二つに割れているのだから、買うか否か迷ってレビューを参照した人はますます迷う羽目になるだろう(苦笑)。それだけカラヤンは良くも悪くも存在感のある人なのだ。ファースト・チョイスにカラヤンを選ぶ人が多いのも頷ける。カラヤンを批判する文献が未だ上梓されている一方で、来年の生誕100年に向けて復刻盤が大量に生産されているという事実…うーん、難しい。個人的には「アンチ・カラヤンを自称しレビューに苦言を呈し持論をまくしたてたくなる程に存在感のあるウザイ指揮者」という位置付けにしておきます。暴言多謝。

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     2007/12/17

    追記。シェリングの70年代の録音がいかなるものか。興味のある人は当盤の他、TDK復刻の1976年来日公演におけるバッハや、ORFEOから出ている1979年ザルツブルクのライヴを聴くがよい。ありのままのバッハが、ベートーヴェンが、ブラームスが響く。如何せん昨今は、作曲家その人らしさを踏みにじってまで驚きや面白さを求める人が多い(一例として、「極めて中庸を得た速さで」と指示されているラヴェルの《ボレロ》で思い切りテンポを揺らしまくるマゼールと、彼を好むタイプ)。そういう人からはつまらないとか地味だとか言われよう。だが、真に音楽を味わいたい人は、これが地味でなく滋味であることに気付くだろう。奇を衒う演奏からは本当の感動は生まれないことや、当たり前のことを当たり前にやるこ

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     2007/12/17

    筆舌に尽くしがたい程の素晴らしさ!バッハやブラームスなどのドイツ物を得意とするシェリングだけあって、このベートーヴェンはあらゆる録音を押し退け、間違いなく名盤の筆頭格だ。甘さと渋さか絶妙に調和した音色や、歌に溢れた息遣いなど、シェリングの美点が遺憾なく発揮されている。苦渋に満ちたベートーヴェンの人生の中の、束の間の春の情景を、憧れと一抹の不安を交錯させながら描き切っている。しかも過度にロマン的にならず、知的なコントロールで程よい温かみを引き出している。少しの奇の衒いもなく、まことに中庸を得ており、最近のテクニック一辺倒の演奏とは明らかに一線を画している。シェリングはのちにハイティンク/コンセルトヘボウ管をバックに再録音し、最近復刻盤が廉価で登場している。音質としては再録音盤が一歩有利だが、シェリングの気迫やオケの彫りの深さなどはイッセルシュテットと録音した本盤の方が素晴らしい。もっとも、シェリングに興味のある人は聴き比べも面白いであろう。過剰な誇張や独り善がりな誇示すらも“個性”として持ち上げられるような昨今のヴァイオリン界の中にあって、向こう受けする演奏やテクニックのひけらかしなどから最も離れた芸風を持っていたシェリングの演奏は、まさしく永遠のスタンダードと言えよう。

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     2007/12/17

    シェリングはいわゆる個性派ではないので、聴く人次第では地味で面白みがないと考える人もいるだろう。しかし、個性を尊重しすぎた挙げ句、独善的な誇示や悪趣味な誇張すらも“個性”とみなしてしまうのが昨今のヴァイオリン界の悪しき風潮である。そんな中、表面的な面白さや向こう受けを狙った演奏とは離れて、ありのままのベートーヴェンを表すシェリングの演奏は素晴らしい。もっとも、個人的にはイッセルシュテット盤を第一に、ついで当盤を推薦する。何故ならイッセルシュテット盤の方が、オケの彫りが深いし、シェリングのヴァイオリンも壮年期ならではの気迫に溢れているからだ。当盤の場合、集中より拡散に向いているので、演奏に迫力を求める向きにはやや物足りないだろうが、純粋に音楽を味わおうとするに

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     2007/12/16

    このようなパガニーニ演奏もあるものなのだ。ヴァイオリン界きっての鬼才・パガニーニ。彼の作品は、難解極まる超絶技巧に彩られている。従って多くのヴァイオリニストは、この曲を自らの演奏テクニックを誇示するように弾く。ところが、シェリングは違う。勿論技術的な素晴らしさもあるが、それ以上に気品や格調を重んじている。シェリングは、得意なバッハやブラームスなどをやる時と同じ姿勢でパガニーニに向き合っているのだ。これを聴くと、パガニーニが思いの外メロディアスであったことに気付く。オーケストレーションは、ショパンの協奏曲と同じように控えめであるが、これがかえってシェリングの美しいヴァイオリンを際立たせているから凄い。録音もよく、オケの分離も程よい。この素晴らしい演奏を廉価で聴けるとは、何と有り難いこと

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     2007/12/13

    評論家や音楽ファンからよく推薦されるハイフェッツだが、この演奏のどこが評価に値するのだろうか。拙速で、粗っぽく、歌心に欠け、気品がない。特に各曲の終楽章は、これでは単なるテクニックのお披露目ではないか。やたらと荒々しくせかせかしていて、例えばシベリウスの気高さやグラズノフの壮麗さといったものが少しも伝わってこない。第一、音色自体が煩雑で、耳を覆いたくなる程だ。こんなに汚い音でも、弓や指が早く動けば巧いヴァイオリニストと呼べるのだろうか。あるいは、証拠不十分の精神論を持ち出して「あのハイフェッツが、テクニック一辺倒であるはずがない」などと主張する人もいるだろうが、ならばもっと情感が演奏に表れていてもおかしくないではないか。今までベートーヴェンやブラームス、チャイコフスキーやブルッフ、更には数多の小品も聴いてきたが、何れもこのような有様で、もはや“アンチ・ハイフェッツ”の域まで到達し、ハイフェッツと名のつくCDは全て売り払ってしまった程である(何と無駄な!)。自身の苦い経験からも、全くお薦めは出来ない。

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     2007/12/13

    評論家一同が推薦する盤だが、一体この盤のどこがそんなに素晴らしいのだろうか。余りに拙速で、そっけなく、歌心に欠けた演奏ではないか。ブラームスの、美しい秋の夕映えを思わせるような暖かさはどこへ消えたのだろうか。特に第三楽章は、ガシャガシャとやたら粗っぽく過ぎ、聴くに堪えない。チャイコフスキーは一段とダメだ。ヴァイオリン協奏曲の中でも一際メロディアスな曲にも拘らず、ハイフェッツはそんな曲想などどこ吹く風といった有様で、インテンポでそっけなく通り過ぎる。こんなチャイコフスキーなど、二度と聴きたくない程だ。第一、ハイフェッツは音色自体が粗く汚い。勿論最近のパールマンやズーカーマンやシャハムのような、甘ったるく媚びたような音色は嫌いだ。だが、こうも煩雑な音でまくしたてられては、耳が痛くなる。まさかとは思うが、たとえ音が粗くても、指や弓が早く回れば“巧い”と勘違いしてはおるまいか。こういう演奏を聴くと、シェリングのブラームスやオイストラフのチャイコフスキーがしきりに恋しくなる。

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     2007/12/13

    「バッハやブラームスなどのドイツ物を得意とするシェリングに、シベリウスやプロコフィエフなぞ合うものか」と仰る人もいるだろうが、さすがはシェリングで、ここでも素晴らしい演奏を聴かせてくれる。安易な民俗色にもたれず、常に格調や気品を重んじており、従って甘すぎず渋すぎない中庸を得た演奏となっている。音色自体も非常に美しいが、それに媚びることなく引き締まった弾き方をしているのはさすがである。シェリングは所謂個性派ではないため、人によっては彼を地味なヴァイオリニストと誤解するだろう。しかし、個性を尊重しすぎた挙げ句、独り善がりな誇張や誇示すらも「個性」とみなしてしまうような昨今のヴァイオリン音楽界の中にあって、そうした安売りから最も離れた芸風を持っていたシェリングの存在は大きい。すなわち、正統派と言う名の真の個性を持ったヴァイオリニストと言えないだろうか。本盤に収録された2曲からも、そうした彼の芸術の粋の一片を垣間見ることが出来よう。

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     2007/12/04

    素晴らしい一枚だ。シェリングのヴァイオリンは、美しく、格調高く、気品に満ち、何より歌心があり温かい。ブラームスとベートーヴェンに関しては、ルービンシュタインとの録音がよく知られている。ルービンシュタインは、単なる伴奏とは異なり、明確な味付けがある演奏をしている。対する本盤のトッコのピアノには、そこまでの自己主張は感じられないが、これがかえってシェリングの美しいヴァイオリンの響きを際立たせているから凄い。シェリングは晩年でも決して技巧を落とさず、しかも深みや情感を加味し、ゆとりある演奏を展開している。これを聴いたら最後、ドイツ・オーストリアのヴァイオリン曲はシェリング以外では聴けなくなる。勿論ライヴゆえの若干のミスは致し方ないが、そんな些事などこの素晴らしい演奏の前ではどうでもよいことだ。録音も、ホール残響をよく捉えている。勿論終演後の拍手までしっかり収めてくれているので、臨場感にも優れている。ヴァイオリンを愛する人なら外せない一枚だ。因みに同じくORFEOから出ているブラームスの協奏曲のライヴも最高なので、同時購入を強力に推薦しよう。

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     2007/12/01

    シェリングの美点が随所で聴かれる、とっておきの一枚だ。クライスラーの小品は、どれも甘美な雰囲気を持っていることで知られる。クライスラーの自作自演を聴くと、濃厚なポルタメントと独特のテンポ・ルバートを駆使し、甘ったるい程に優雅に奏でているのが分かる。一方、シェリングはごく自然な弾き方で曲の魅力を引き出している。彼はブラームスやベートーヴェンをやるときと同じように、常に端正で上品な演奏を心がけている。しかし時折覗く洒落っ気が何ともチャーミングである。勢いに任せて弾くような感じではないので、安心して曲に浸っていられる。録音も優秀で、ヴァイオリンの厚みのある美音が響く。ヴァイオリンを愛する人なら必携の一枚だ。

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     2007/11/30

    絶賛の嵐だが、果たしてそこまで名演か疑問だ。バーンスタインの熱血過ぎた指揮が仇となり、シューマン特有の湿り気を帯びた内省的なロマンティシズムが掻き消されている。勢いに任せているだけのように聞こえてしまうのだ。まるでマーラーを振る時のような大袈裟ぶりだ。だから、他のコメントにもあるように、どれだけ魂の共感が込められているか疑わしい。更に、勢い余った挙げ句アンサンブルが乱れ気味である。だが、ここまで生命力に満ちた演奏だと、やはり圧倒させられてしまうのだろうか。しかし、それはあくまで“圧倒”であって“感動”ではないはずである。因みに、一応「ライヴ録音」と銘打っているが、少しもライヴらしくない。某辛口批評家によると、殆どセッションで録音していても、一部でもライヴ収録されたものが切り貼りされていれば「ライヴ録音」と名乗れるそうな。このやり方を率先したのが、何を隠そうバーンスタインだったとか。注意して聴くと(耳の良い人は軽く聴いていても)明らかに編集されたと思われる箇所が散見される。従って、演奏・録音ともに良い評価は付けられない。

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     2007/11/28

    追記。「このプログラムはまったく主観的」であればある程、この曲にチャイコフスキー自身の人生観が滲み出ているはずではないか。個々の解釈に委ねるとした最大の理由は、《悲愴》というタイトルがつけられたことによって、これを単なる標題音楽とみなされたくなかったからではなかろうか。ただし、いくらタイトルを謎としたとは言え、《悲愴》と付けること許容したチャイコフスキーの心情も察しなくてはならない。つまり、標題音楽ではないにせよ、描かれた世界はまさしく悲愴感に満ちた作品なのである。肉親や頼りにしていた人との別れの後で、悲嘆に暮れないはずがないではないか。そもそも、アダージョに始まりアダージョで終わるということ自体、どう考えてもポジティヴな曲ではない。例外的に明る

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     2007/11/28

    「悲しみをひた隠そうとしている」ことこそ、最も悲しいことはないではないか。例えばモーツァルト晩年の作品を聴けばよく分かるが、表面的には天使の微笑みを浮かべつつも内面では悲嘆に暮れているからこそ、胸を締め付けられるような悲しみを味わうのだ。チャイコフスキーは、この交響曲を作曲している頃、兄弟の死やフォン・メック夫人の一方的な援助打ち切りなどに苛まれている。慰めに旅行しても少しも傷は癒えず、ホテルに戻れば泣いてばかりだったというのだ。だから、そうした心情が少なくとも作品に影響しているはずなのだ。その証拠にチャイコフスキーは「この曲は人生の縮図である」とも証言している。チャイコフスキーはそのメロディアスな曲想のために、見掛け上は非常に華美であるが、それはモーツァルトの

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