ミュンヘン・フィルの1995/1996年のシーズンは、チェリビダッケの指揮するブルックナーの交響曲第9番で9月に幕を開けました。ヴァント指揮するブルックナーの第5番は、それから約2ヶ月の後におこなわれた演奏会を収録したもので、チェリビダッケのもと、極度に遅いテンポで演奏していたミュンヘン・フィルの面々が、ヴァントの快速テンポを楽しんでいる様子がよくわかるような演奏となっています。
ちなみにチェリビダッケとの第5番の演奏は90分近くかかることもあったほどで、1993年に録音されたEMIのCDでも87分40秒を要しています。ヴァントはこのとき74分35秒で演奏しているので、その差、実に13分。同じくハース校訂による1878年稿を用いていながらこの差は驚異的です。もっとも、実際に極端な開きがあったのは第2楽章のアダージョだけで(56%)、あとは第1楽章が9%、第3楽章が4%、第5楽章が8%速くなったという感じです。
とはいえ、録音で聴くと少々弛緩した印象もあったチェリビダッケ盤に較べ、ここでのヴァントの勇壮なオーケストラ・ドライヴには、聴き手を興奮させずにはおかない劇的な展開の巧みさと迫力が確かに備わっており、ミュンヘン・フィルの明るく流麗で色彩的、かつ俊敏なサウンドがそうした解釈と面白いマッチングをみせて素晴らしい聴きものとなっています。随所で決まるティンパニも見事で(ペーター・ザードロ?)、第1楽章展開部など効果的でした。
なお、ヴァントは交響曲第5番を第9番とともにブルックナーの最高傑作と評しており、長い音楽家生活の節目をそのつど第5番の名演で飾ってきたことでも知られています。今回登場するミュンヘン・フィルとの第5番がそうした一連のヴァントの5番の中でも優れたものとして存在を主張しうるものであることは疑う余地の無いところでしょう。
引き締まったサウンドを好んだヴァントが、チェリビダッケによって厳しく訓練され、高い適応力を備えていたオーケストラとの共同作業から手に入れたのは、美しくしかもパワフルなサウンドだったのです。
この公演から約一ヶ月の後にはベルリン・フィルに客演して第5番を指揮するヴァントですが、リハーサル回数の問題もあったのでしょうか。ヴィルトゥオジティはともかく、指揮者の解釈がより深く楽員に浸透したのは、どうやらミュンヘン・フィルの方だったようです。(HMV)