【コラム】Akira Kosemura第32回 細い糸に縋るように Akira Kosemuraへ戻る

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2012年3月13日 (火)

連載コラム『細い糸に縋(すが)るように』
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小瀬村 晶 / AKIRA KOSEMURA

1985年生まれ。東京在住の音楽家、音楽プロデューサー。
これまでに国内外の音楽レーベルから作品を発表しているほか、TVやWEBのCM音楽、ファッションブランドのサウンドデザインなど、様々な分野で活動を展開。
2007年より自身が手掛けるレーベルSCHOLE RECORDSを主宰し、これまでに数多くの若手音楽家を発掘、作品のプロデュースも行っている。
2011年4月に自身5枚目となるソロアルバム「how my heart sings」を発表。



キミホ・ハルバート演出・振付「MANON」UNIT KIMIHO 10周年公演が無事に終了しました。

この舞台の劇伴のお話を頂いたのは、去年の八月の末。
舞台本番が3月10日、11日だったので、約八ヶ月もの間、抱えていたプロジェクトでした。
実制作期間は、合計してもおそらくひと月半〜ふた月程度だと思いますが、他の仕事をしているときでも、やっぱり頭のどこかでこのプロジェクトの存在はあり続けていたし、最後の四ヶ月に至ってはこの劇伴の存在が僕の生活の大きな部分を占めていたように思います。
本当に大切な出来事となったこの舞台のことを、自分のためにアーカイブしておくこと。それを今回のコラムのテーマにしたいと思います。

キミホさんとの最初の出会いは、2009年。
ダンサー・振付家・演出家として多方面で活躍されているキミホさんが、自身で主宰するダンスグループである「UNIT KIMIHO」の公演「White Fields」の頃に遡ります。
この公演は青山円形劇場で上演されていたのですが、その「White Fields」のなかで、僕の楽曲を大々的にフィーチャーしてくださることになったのがキッカケとなってご連絡を頂き、公演を拝見させて頂いたのが最初でした。その際に、キミホさん、そしてキミホさんのお母様であり、岸辺バレエの岸辺光代さんと初めてお会いして、次回の公演の際には、書き下ろしのオリジナル楽曲で舞台を作り上げたいということ、そこに至るまでの想いをお話してくださいました。

それから二年が過ぎた昨年の夏、ちょうど僕が中国ツアーを終えて帰ってきた頃に、キミホさんから連絡があり、次回の公演についてのご相談をしたいということで、三軒茶屋で最初の打ち合わせをしました。
それが今回の公演「MANON」でした。

「MANON」というのは、18世紀に出版されたフランスロマン主義文学に位置づけられている名作「マノン・レスコー」(アベ・プレヴォー原作小説)のことで、これまでにバレエやオペラ、映画としても上演されてきた古典作品のひとつです。
長年取り組んでみたかった作品だったという「MANON」を、キミホさん自身で主宰するダンスグループ「UNIT KIMIHO」の10周年公演の題材として舞台を創作すること、そしてそのための音楽をオリジナル楽曲で作り上げて欲しいということ、それがキミホさんから頂いたご相談でした。

そして翌週に早速、僕はまずこの公演のテーマ曲となる楽曲のデモを作り始めます。
一幕・二幕合わせて1時間半に及ぶ、一つのダンス作品としては大作となる今回の作品の、クライマックスとなるシーンで使用する楽曲。このテーマ曲は、舞台の善し悪しを大きく左右する曲になります。そのために、まずキミホさんがどういった演出をするつもりなのかを言葉ではなく感覚で共有するために、ざっと15曲分のモチーフを作りました。
それをキミホさんに聴いてもらい、そこから二人で話し合って煮詰めていく。こうして今回の劇伴制作がスタートしました。
キミホさんは、ダンサーであると同時に、振付家・演出家であり、「UNIT KIMIHO」公演に至ってはすべて、キミホさん本人で統括しています。それはつまり、配役の設定から、キャストのオーディション、舞台の演出全般と、ダンサーの皆さん一人一人の細かい振付、そして主演までを、すべてキミホさんがこなしているわけで、そこには並々ならぬこだわりと情熱が存在します。
台詞の存在しないダンス公演において、音楽というのはとても大きなウェイトを占めているものなので、その音楽についてのこだわりも本当に並大抵のものではありません。
テーマ曲はもとより、一つ一つのシーンにおいても、音楽を作り上げていくことは、ほとんど戦いのようなものだったと思えます。舞台の演出や、ダンサーの振付と違い、音楽は目に見えないものなので、キミホさんが想像しているイメージに近づけるために、お互いに多くの意見を交換し合いながら、作曲しては消え、また作曲しては消え、の繰り返しでした。

キミホさんは本当に、素晴らしい演出家だと思います。

キミホさんは最初の打ち合わせで僕にこのように話してくれました。
「この舞台を作る為には絶対に小瀬村さんの音楽が必要なんです。だからどうしてもお受けして頂きたい。他の人では絶対にだめなんです。」
僕はこの言葉を聞いて、もちろんとても嬉しかったし、こんなに愛を持って僕の音楽に期待してくれていることに感動を覚えました。ですが、それとは別に、キミホさんが、僕という作曲家が今回の劇伴を担当することが、この舞台を作り上げるために絶対不可欠な条件であると“確信”していることに、正直、少し不安を感じました。
なぜ、キミホさんはここまで僕の音楽に確信しているのだろう、その自信は一体どこからきているのだろう、それが僕の疑問でした。
そして、劇伴の制作が始まってから、キミホさんと、そして自分自身との戦いが始まりました。
キミホさんは、常にとてもはっきりとしたビジョンを持っていて、シーンの構成と同様に、音楽の構成まで頭のなかに完璧に出来上がっていました。なので、違うものは違う、正しいものは正しい、惜しいものは惜しい、とはっきりと伝えてくれました。
それを踏まえて、僕なりの解釈で音楽を作っていくわけですが、シーンによっては、どうしてもお互いのイメージが擦り合っていかず、三度、四度と作り直しているうちに、お互いに遠慮が抜けてきて、厳しい意見を言い合うようなこともありました。なかなか迷路を抜けられずにいると、僕のなかでもやはり、キミホさんのあの最初の確信が間違っていたのではないか、僕よりももっとうまくやれる適任者がいたのではないか、と自問してしまう日もあり、ぎりぎりのところでなんとかアイディアを出して繋いできた部分もあります。

年末にさしかかり、録音の日程が正式に決まると、いよいよ少ない時間のなかで間に合わせなくてはならない重圧も重なって、ほとんど戦いのようになっていたと思います。意見を伝えた後で、ちょっと厳しく言い過ぎたかな、と思いながら、それでもオブラートに包んでうまく伝わらないよりは、厳しい言い方であってもストレートに伝えたほうが良い、と自分に言い聞かせました。なによりも、最高の作品を作り上げなくてはいけない。お互いに想いは同じだったからこそ、それが可能だったのだと思います。

ようやくすべての音楽の作曲と編曲が終わって、1月31日の録音日を迎えます。
演奏家の方を始め、スタジオの方、エンジニアの方々に支えられて、18時間掛けてなんとかすべてのシーンに必要な録音を録りきることができました。これには本当に、感謝しかありません。録音のときはいつもそうですが、自分が思い描いていた音楽が形になっていくのを感じるときの喜びは、本当に貴重なもので、他のどんな喜びでもその感動を補うことはできません。そして、今回はそれを実現させるために、関わってくださった皆さんが、限られた時間のなかで個々の持っている技術のすべてを出し切って協力してくださったことに、深い感謝の念を感じずにはいられません。誰一人欠けても完成できなかった録音でした。この場を借りて、皆さんにもう一度、お礼申し上げます。尽力頂き、本当にありがとうございました。

すべての音楽のミックスダウンを終えたのが3月1日、大雪の朝でした。
家に持ち帰ってからファイルをまとめて、キミホさんと音響担当の方にお渡ししました。

そしていよいよ、本録音の完成データを使った稽古を見学に、青山劇場リハーサルルームへ。
ここにきてようやく、僕はキミホさんの演出と振付を目にしました。
そこで感じたものは、一片の曇りもない、キミホさんの圧倒的な想像力、そしてそれを具現化する振付と演出。
キミホさんの振付にはほとんどアドリブがないようで、細かい動きや立ち位置はもちろん、表情まで事細かに演出されていました。
音楽を頼りに、すべてのダンサーがその圧倒的な世界を一つ一つ形にしていく。衣装も照明も舞台装置もないにも関わらず、僕は一瞬でその世界に引き込まれ、稽古にも関わらず、涙を浮かべてしまいました。
小説を原作とした古典文学作品を、台詞のないダンス公演でどう演出するのか、その答えは確かにそこに在って、僕はそのあまりの完成度に、本当に深く感動したのです。

キミホさんは本当に、素晴らしい演出家だと思います。

僕は稽古をみて、心の底からそう感じました。キミホさんはなぜ僕の音楽にあれほど確信を持っていたのか、度重なる厳しいやり取りのなかでその疑問は正直ずっと残っていましたが、稽古を観て、その疑問は一瞬で吹っ飛びました。
ようやく、キミホさんの想像していた世界にたどり着けたのだということ、そして、キミホさんは最初からずっと、確信を持って僕をそこへ導いてきてくれていたのだということ。

舞台の本番、カーテンコールでキミホさんに手を引かれて壇上に上がったとき、総勢33名のダンサーの皆さんの晴れ晴れしい姿と、そして一杯に埋まったさくらホールの客席から鳴り止まない拍手を体感したとき、僕は心から思ったのです。
ああ、ここにたどり着けて本当に良かった。ここまで導いてくださって、本当にありがとう。







小瀬村晶が劇伴を担当した舞台
「MANON」(キミホ・ハルバート演出・振付)
  「MANON」オフィシャルHP

  http://www.akirakosemura.com/
  http://www.scholecultures.net/

※現在scholeでは東日本大震災支援プロジェクト『SCHOLE HOPE PROJECT』が発足。
 詳しくはレーベルサイト http://www.scholecultures.net/にて。




 Akira Kosemuraの「今月のオススメ」






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  Akira Kosemura  『how my heart sings』

    [ SCH018 / 2011年04月11日 発売 / 通常価格 ¥2,310(tax in) ]





音楽は歌うように。
小瀬村晶、ピアノアルバム。

これまでに発表してきた4枚のソロアルバムを始め、様々な音楽家とのコラボレーション、TVやWEBなどへの楽曲提供、ファッションブランドへのサウンドデザインなど、小瀬村晶はデビュー以降、様々な手法で自身の音楽と向き合い、それを発信し続けてきた。
今作「how my heart sings」は、そんな彼が最も愛する楽器である「ピアノ」と向き合い、昨年の春から秋に掛けて、歌うようにして紡いできた音楽の記録である。
秋の夕刻、鈴虫が歌う初秋に、大倉山記念館にて録音された本作品には、昨年春のピアノコンサートツアーのために書き下ろされた楽曲やコンサートアレンジに加え、荒木真 (saxophone) と白澤美佳 (violin)を演奏家に迎えた楽曲、そしてツアー後に自宅スタジオで作曲された楽曲が収録されている。
この作品はなによりも、小瀬村晶という一人の人間が、自分の心に映っては消えていく旋律をピアノという楽器を用いて歌うようにして紡いできた、とてもプライベートな音楽である。そして時折、心を寄り添うようにして演奏される二人の音楽家によるハーモニー。

芽吹の春から、静謐な秋へ。音楽は歌うように。

  『how my heart sings』SPECIAL SITE




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  paniyolo   『ひとてま』
    [ SCH022 / 2012年04月11日 発売 / 通常価格 ¥2,100 (tax in) ]

日々の生活の中に散りばめられた、小さな幸せが織り成す、ある1つの物語。
ギタリスト『paniyolo』待望の2ndアルバム

1stアルバム『i'm home』より3年越しとなる今作。温かいアコースティックサウンドを奏でるギタリストpaniyolo(高坂宗輝)による2ndフルアルバムが2012年4月11日、SCHOLEからリリースされる。この間にもレーベルメイトの作品やライブにて、サポートギターとして参加してきた彼が、ゆっくりと自分の音楽に向き合った今作は、本職とも言えるアコースティックギターによるメロディを軸に構成される。自身の追求する音楽へのこだわりの強さから生まれるギターサウンドはさらに深みを増し、弾き手の息をすぐそこに感じさせながら、どこかラウンジ感も持ち合わせ、抵抗力無く耳にフィットする心地良さ。弾き手と聴き手の間に、電子的な音の隔たりがまるで無いかの様に真っ直ぐに伝わる音空間。1本のギターと共に佇む彼の姿が伝わってくる、人間味溢れた作品となっている。

パーカッショニストの三沢泉と今作のミキシングも担当している大場傑がピアノで参加しているほか、数多くの本の装画、題字を手がける切り絵作家の辻恵子がアートワークを担当。

誰かの暮らしにそっと寄り添う様に、1歩1歩その足どりを確かめながら進んできたpaniyolo。日々の生活の中にある小さな幸せを感じ、そこから産まれた楽曲が織り成す物語は、paniyoloの代表作と呼ぶにふさわしい。



次回へ続く…(4/10更新予定)。


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