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2014年1月23日 (木)
連載 許光俊の言いたい放題 第229回恐怖の「未完成」
たいへんな音源が眠っていたものである。昨年末、チェリビダッケとスウェーデン放送響のベートーヴェン交響曲集は必聴と書いたが、またもや驚くべきライヴ録音が発売された。1970年代中頃、パリでのあるコンサートの記録だ。
この頃、チェリビダッケはフランス国立放送管弦楽団を繰り返し振っていて、すでに彼らの演奏のいくつかは世に知られていた。が、今度の演奏は圧倒的である。しかも音質が抜群で、ストレスなく聴ける。
特にすごいのは「未完成」。第1楽章の実にシャープな悲劇性。展開部の整然とした、覚醒しきった狂気。デモーニッシュという言葉すら突き抜けている恐ろしい冷たさ、酷薄さ、容赦のなさ。「未完成」は私見ではシューベルトの作品中でもっとも狂気を感じさせるもののひとつと思うが、この演奏だとそれが実によくわかる。ここでのチェリビダッケは決して説明的ではなく、むしろ淡々としている。それがいっそう怖い。この第1楽章は、まともな人間が書ける音楽ではないだろう。こんな音楽が書けてしまう、書いてしまうとは、呪われているとしか言いようがない。そう作曲家に同情させてしまうような演奏なのである。
第2楽章ではこの頃最高を極めていたチェリビダッケの精密を尽くした演奏が聴ける。これまた感傷を一切含まない超辛口だ。この楽章を、微細な音色の変化や楽器のバランスで聴かせるという超ユニークな解釈である。ピアノ線の上につま先立ちするかのようなバランスと緊張感を保持する音楽。フランスのオーケストラをここまで徹底的に自分流にコントロールした例は、空前にして絶後に違いない。
そして、このような演奏を知ってしまうと、他の指揮者の演奏が実におおざっぱで、何も考えていないように聞こえてしまうというのもまた否定できない事実なのである。ゆえに、チェリビダッケの音楽とは、後戻りができない迷路のようなものなのだ。いったん入って前へ歩き始めたら、もう戻れない。当時、チェリビダッケでなければ音楽を聴く気が起きないという極端な信者が多数発生したのもそれが理由だ。
この「未完成」に不満があるとしたら・・・もし私が楽員なら、こんなにしんどく、こんなに暗くて残酷な音楽は2度とやりたくないと思うだろう。そして、とんでもなくすごい演奏をしてしまったと思うと同時に、まったく楽しくない仕事だったとも思うだろう。
「未完成」とは反対に、ベートーヴェンの第7番の第1楽章は、まるでベンチプレスだ。弦楽器奏者には同情してしまうほどのものすごい力業。ドイツのオケみたいな重い響きや踏ん張るようなリズムをパリの楽団から出そうとしているのだろう。これまた私が楽員なら、本当にこんなことをやらせるのかと信じられないに違いない。軽やかな音を出すのに慣れていたヴァイオリンなど壊れたりしなかったか、今更だけど心配してしまうほどだ。
第2楽章で精密にパートの動きを見せるのはいつものチェリ流。スケルツォは実に運動性に富んでいる。フィナーレはまたもや超体育会系。後半まさに火事場の馬鹿力みたいな感じで異常に盛り上がる。オーケストラはこの1曲で1年分の汗をかいたのかも。聴衆が頭に血が上ったように熱狂するのも当然だ。何しろ録音で聴いていても最後どんなことになるのかとどきどきさせられてしまう。いやはや、これがチェリビダッケ芸術のもっとも代表的な例とは言えないが、ぜひともライヴで聴いてみたかったものだ。熱演が好きな人は絶対聴いて損はない。
チェリビダッケは小曲が実にうまかった。この録音でもそれがよくわかる。スラヴ舞曲でのあまりにも鮮烈な音色やリズム。ラヴェルでのまさに夢か幻かという響き。ストラヴィンスキーの前衛っぽい感じ。「さあ、お客さん、これはどう?」、そうやって一皿ずついろいろな味を出してくる料理人のようだ。そして、このデザートが4曲も準備されていたというのもすごい。チェリビダッケは案外サービス精神旺盛なのである。
それにしても、このコンサートの仕込みにいったい何日が費やされたのだろう。
ミケランジェリとの「皇帝」も発売された。気むずかしげな顔写真が多いミケランジェリだけれど、この演奏は異様に開放的である。バリバリ、イケイケのグイグイ。考えてみれば、このふたりが、よりによってこの曲を何度も演奏していたのも不思議なことだが、この演奏を聴くと、その理由がわかるかもしれない。釣られてオーケストラにも妙な熱気がある。
第2楽章が精神的というより感覚美に傾くのがフランスの楽団らしい。
(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学教授)
評論家エッセイ情報ブロンズ・ゴールド・プラチナステージの場合です。
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