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2015年3月24日 (火)

連載 許光俊の言いたい放題 第242回

 私が普段ショスタコーヴィチの曲を楽しむことはまずないのだけれど、スヴェトラーノフの交響曲第5番東京ライヴは立て続けに繰り返して聴いてしまった。1995年、つまり全盛期は過ぎたかもしれないが、いまだ十分な力を誇っていたロシア国立響、いや、この呼び方はやはりしっくりこない、かつてのソヴィエト国立響の魅力が存分に味わえる。
 スヴェトラーノフとこの楽団は繰り返して来日していた。彼らにとってこの日の演奏が特別な何かであったという可能性は低いだろう。だからこそ、普段のクオリティの高さがわかるのである。特にマッシヴな一体感は昨今なかなかお目にかからない類のものだ。目の前にそびえたつ巨大な建物を見るかのような圧倒的な存在感に、思わずひるんでしまう。弦楽器が時々荒れるが、ピントがあったときの量感、質感はまったく独特だ。コンクリート造りの巨大建築が文明の象徴であった時代にふさわしい重みと大きさ。
 スヴェトラーノフは、晩年には異様にロマンティックで美しい演奏をした。が、ソヴィエトの社会主義リアリズムをもっともよく体現した指揮者というのがやはり本来の姿ではないか。ヨーロッパのカラヤン、アメリカのゴージャスなオーケストラ、そして、スヴェトラーノフが、1960−70年代の、姿こそ違えど、大衆化されたオーケストラ演奏の典型ではなかったかと私は考える。誰もが驚く大音量、唖然とするようなテクニック、圧巻のクライマックス、巨大志向・・・要するに聴衆を直接的に熱狂されるわかりやすい音楽ということだ。資本主義だろうが、自由主義だろうが、社会主義だろうが、おもしろいことにつまるところ美的には大衆主義にほかならなかったのだ。しかし、彼らとてその大衆主義を突き抜けてしまうときがある。その瞬間がいいのだ。
 そういう理屈は別にして、具体的な話をしよう。ショスタコーヴィチのさまざまな演奏が聴けるようになった現在、スヴェトラーノフの大きな特徴は、くっきりした輪郭だったことがよくわかる。主題を歌う旋律の実にきっちりはっきりしていること。これは技量の問題ではないし、ソヴィエトの演奏だからということでもない。フェドセーエフはもっとソフトフォーカスでにじみがあるし、コンドラシンは複雑だし、ザンデルリンクはドイツ風の抑揚をする。いい悪いでなく、スヴェトラーノフがまったく独特だということだ。実は、まるで固形物のようなこのきっちりぐあいが好きになると、ほかに聴くべき演奏があまりない。
 スヴェトラーノフのおもしろさのひとつは、このように固体化したような明瞭な音が、爆発的な力と勢いで走り回る点にある。

 会場は東京芸術劇場だ。ホールが保存していた記録録音ということだけれど、音質はまず十分。第1楽章のクライマックスなど、ダイナミックレンジが狭めとはいえ、迫力が伝わって思わず緊張させられれる。あのホールにはステージ脇にごく少数の席があるが、当夜そこにすわれた人はまさしく忘れられない一夜を過ごしたのではないだろうか。
 そのクライマックスからあとの冷え冷えした感じも、昔は当たり前のように聴いていたが、当時のソヴィエトの感性だ。
 そして、この録音では、思いのほか細かなニュアンスがよく聴き取れるのが実に嬉しい。ちょっとした音量の変化や音の追い込み方など、スヴェトラーノフが決して大味でもなければ機械的でもなかったことがよくわかるし、オーケストラも人間が弾いているのであって、機械ではなかったのだ。
 第3楽章でゆっくりと音楽が高揚していくところの緊密さがすばらしく美しい。ここに限らずとにかく抑揚が見事だ。テンポの動きも若干あるが、なめらかだし、弦楽器、管楽器とも表情豊か。若いころのひたすら一直線のスヴェトラーノフにはなかった豊かな味わい。
 フィナーレではもちろんいきなりティンパニが大活躍でニヤリとさせられる。そこに音をはしょったような金管楽器がかぶさる。高らかに叫ぶトランペット。猛スピードで回転する工場機械のようなヴァイオリン。勘所ではここぞとばかりに打ち込まれる強烈な打楽器。今までのコントロールされた洗練の美は何だったのか不審な気持ちになるほどの突然エンターテインメント化だ。
 曲尾、温度が一気に上がる。曲尾、これはスヴェトラーノフお得意の技として大いにファンを喜ばせたものだが、強烈な音がえんえんと引き伸ばされる。聴衆を喜ばせるサービスという一面もあったろう、しかし同時に、最後には革命が成就し、歴史が追わることの表現でもなかったか。革命を夢見た時代が終わったあとでのこの音楽。案外その虚しさが、作曲家の感じていたそれに通じるのかもしれない。

 実はつい先月、私はケルンでインバルとWDRケルン放送響が演奏する同じ曲を聴いたばかりである。さすがインバルは、この曲がソヴィエト音楽だということがよくわかっていた。そこからは、明らかにこのスヴェトラーノフと通底する匂いが強くしてきた。同じ美意識が共有されていた。社会主義様式の建物や、軍事パレードを鮮やかに思い浮かべさせる演奏だった。こうしたことは、もしかしたら冷戦を知らない世代には、肌ではわからないことかもしれない。
 今、ある本のためにちょうどショスタコの交響曲をあれこれ聴いているところなのだが、あまりにも個性的なムラヴィンスキーとコンドラシンを除き、カラヤンとベルリン・フィルの第10番、バーンスタインとシカゴ響の第7番、そしてスヴェトラーノフの第7番という、つまりはソヴィエトが存在した時代の指揮者とオーケストラの演奏を典型とみなせば話はほとんど尽きてしまうのではないかと思った。もちろん現代にもすぐれた楽団は複数あるけれど、技術をどう用いるかという目標・目的がかつてほど明快ではない。そして、現代の人間の柔らかな個人主義では届かない部分が明らかにショスタコにはある。
 もしかしたら、ショスタコーヴィチの演奏は、20世紀で終わってしまったのかもしれない。と、これはやはりつい先日、ネルソンス指揮コンセルトヘボウの第10番をドイツで聴いたときに思ったことでもあった。

 同時に演奏された「火の鳥」も収録されている。こちらは、いっそうあでやかだ。やわらかな響きで色とりどりの楽器が溶け合う。やや長めの1945年版なので各ソロの妙技がたっぷり楽しめる。点描的な色彩の対比など、実にうまいものだ。ホルンのいかにも民族音楽のような音色など、曲にぴったりである。「火の鳥」が、あるいはストラヴィンスキー作品がロシアの大地に根差したものだとこれくらいわからせてくれる演奏もそうはないに違いない。たぶん20世紀初頭のパリの人たちも、「火の鳥」「春の祭典」を聴いてこのような強烈な異国情緒を感じ、衝撃を受けたのだろう。
 しかもバレエの経験も豊かなスヴェトラーノフらしく、舞台音楽らしい臨場感もある。まるでロマンティック・バレエのような甘美な瞬間も多々ある。「王女たちのロンド」の陶酔的な夢の世界から野蛮でグロテスクな「カスチェイの踊り」まで一気にジャンプする幅の大きなこと。思わず、やったと叫びたくなる。
 最後も、いかにも平和な大団円が訪れたという感じがする。小学生の感想みたいだけれど、本当に、ほかの演奏などより段違いにするのだ。先日サロネンとフィルハーモニア管のすばらしい演奏を東京で聴いたが、やっぱり本道はこっちなんだなと思う。
 とにかく、聴いていてすばらしく楽しい「火の鳥」だ。
 ああ、20世紀が懐かしくなってきた・・・

(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学教授)

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ショスタコーヴィチ:交響曲第5番『革命』、ストラヴィンスキー:組曲『火の鳥』1945年版 スヴェトラーノフ&ロシア国立響(1995年東京ライヴ)

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